24 資格のない薬剤師の薬なんて危なくて使えないよね
話を聞いてみると、ランクタグとやらは錬金術師の免許のようなものらしい。
「じゃあ、ランクに達していないポーションは作っちゃダメってこと?」
「いえ、作ってはいけないのではなく、売ることができないのです」
なるほど、薬剤師の資格みたいなものね。
ポーションというのは、名前の通り薬だ。
力量が無いものが作った薬など、危なくて売れないということなんだろう。
ただ、数をこなさないとその力量も上がらないよね。
だから売ることはできなくても、作ること自体は禁止されていないそうな。
「普通は高位の錬金術師の下で修業をして実力を養い、ランク試験を経て錬金術師を名乗れるようになるのよ」
「ここでは独学で錬金術師になる人はいないってわけね」
ゲームと違って、現実世界の錬金術は学問だからなぁ。
誰かの指導を受けて身につける方が、一人で試行錯誤するよりはるかに効率はいいのだろう。
でも。
「試験を受けないと売っちゃダメなのか。めんどくさいからやめるかな、錬金術師」
そこに転がっている銀色の狼、あの程度でもそこそこ高ランク扱いって話でしょ。
なら適当に狩って、それをストレージで素材分解すればそれだけで食べていけそうだからなぁ。
正直試験を受けてまでポーションを売らなければいけない訳じゃないから、すでに私のやる気はゼロに近い。
ただ、それを許してくれない人がいたのよ。
「何を言ってるのよ!」
薬屋のお嬢さんは、私のつぶやきを聞いて怒り出しちゃったのよね。
これほどのポーションを作れる人が、錬金術をやめるなんてとんでもないって。
「このハイレベル品を渡した時、”これが中級品”って言ったわよね。ということはこの上に上級品があり、それを作ることができるってことでしょ?」
「そうだけど……」
「そんなもの、ハイポーションを作れる高ランクの錬金術師でも作れないのよ。それなのに、錬金術をやめるだなんて!」
なるほど、私は気付かないうちにまたへまをやらかしていたというわけか。
でも確かに、中級品ならその上があるのは当たり前よね。
そう思いながら、少々興奮気味のお嬢様を見る。
ここでその更に上のランクである最上級品ってのがあるよって言ったら、いったいどんな顔をするだろう?
そんなことが頭をよぎったけど、それはまず間違いなく特大の墓穴だからぐっと我慢する。
「気持ちは解るけど、今更師匠を見つけて修行をするのも、試験を受けるのも面倒なのよね。それにあれ」
私は少し離れた所に転がってる銀狼を指さす。
「あれ、Cランクの魔物って言ってたから、そこそこの値段で売れるんでしょ。それならお金を稼ぐのも簡単そうだし」
お嬢様の護衛をしている冒険者が苦戦をするんだから、初心者でも狩れる雑魚ってわけじゃなさそうなのよね。
正直魔物を狩って生活する冒険者になろうとは思わないけど、他にやりたいことを見つけるまでのつなぎにはなるだろう。
「でも、冒険者だってランクを上げるのには時間がかかるよ」
お嬢様へのアシストかな?
護衛のお姉さんがそんなことを言ったんだ。
でもね、私は別に冒険者になりたいわけじゃないのよ。
「別に高ランクになんかならなくても、素材は売れるんじゃない?」
「いや、それはそうなんだけど」
お姉さん、撃沈。
そりゃあ討伐依頼を受けて倒した方が多くのお金を稼げるだろうけど、素材を売るだけでもお金にはなる。
もし冒険者でなければギルドで売れないというのなら他で売ればいい。
あの銀狼、いい毛並みをしているもの。
私は皮革スキルを持ってるし、裁縫もあるからなめしてから婦人用毛皮商品にして売ればいいだけのことだ。
「すみません、説得するつもりだったのですが」
「ああ、いいわよ。先ほどの話しぶりからすると、どうやら勘違いしているみたいだから」
不甲斐なくてすみませんと謝るお姉さんの肩をポンポンって叩きながら、あっけらかんとした口調でそう話すお嬢様。
「私が何か勘違いしているっていうの?」
その中に気になるワードがあった物だから、私は聞き返したんだ。
するとお嬢様は頷きながら、ええ、そうよって。
「師匠なんて探す必要も無ければ、改めて修行をする必要も無いもの」
「でも、ランク試験を受けないといけないんでしょ? ならこの国の錬金方法を学ばないといけないじゃないの」
「やっぱりそんな勘違いをしていたのね」
お嬢様は額に手を当てながら首を振り、大きくため息をついた。
「地理や算術の学校じゃないんだから、出された問題に答える試験を受けるはずがないでしょ。作ったポーションがちゃんと合格ラインに達しているかどうか、それだけがランクをつける基準よ」
実際に効果が出るかどうかが一番大事なんだから、そんなの当たり前じゃないのって笑うお嬢様。
それはそうだ、どんな作り方であったとしても傷が治りさえすればいいんだから。
「解ったわね。それじゃあ、馬車に乗って」
「へっ?」
いきなりの展開に、間抜けな声を出す私。
「へ、じゃないわよ。ここで別れたらあなた、面倒がって試験を受けないでしょ」
「いや、そんなことは……」
ありそうだなぁと目をそらす私。
そんな私にお嬢様は満面の笑顔でこう言ったのよ。
「それにこんな有望株を前にして、商人が手放すわけないでしょ。損はさせないから、私と契約しなさい」
「ほえ?」
間抜けな声、ぱーとつー。
「いやいや、街道で出会っただけの通りすがりの錬金術師相手に何言ってるの。こんな怪しいのを一緒に馬車に乗せようだなんて」
慌ててそう言うと、私の頭からつま先までゆっくりと眺めて一言。
「怪しげ? どこが?」
「いきなり現れて、大きな狼を蹴り飛ばしたんだよ。どう考えても怪しいでしょ」
自作自演だったらどうするんだという私に、お嬢様はあきれ顔でこう言ったのよね。
「清潔で整えられた髪と肌。それに一見そうは見えないようにしているものの、よい生地を素晴らしい縫製で縫いあげた高価な衣服。あの銀狼を蹴り飛ばしたのに傷一つないところを見ると、その靴も高位の魔物の皮を使ったものでしょ? それほどの財力を持つ者が、なぜ狼を使って私たちを襲わないといけないの?」
う~ん、そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
私が着ているものは、すべてブレイヴシープの素材を使って作ったものだ。
見た目は地味にしてあるものの、見るものが見れば決して安いものではないと解るのだろう。
「ばれたか」
「これでも商会の一支部を任される立場ですもの。畑違いとはいえ、物の良し悪しを見抜く力には自信があるわ」
お嬢様は得意そうに笑うと、追加で一言。
「それにこんな小さくてかわいい子が、盗賊や野盗のはずがないでしょ」