22 逃げる狼と心の中で泣く私
固まる周りに、やってしまったとあわてる私。
その空気に耐えられなかったから、つい大声で叫んでしまう。
「馬車を襲う邪悪な獣たちよ。この私を恐れぬのなら、かかってらっしゃい!」
あまりのことに焦ってしまい、先ほど同様にどこかで聞いたことのあるセリフと共に決め顔でポーズをとる私。
いけない、友達に誘われて参加していたコスプレイベントの癖がこんなところで。
最初に参加した時とても楽しかったから、その後何度も参加したからなぁ。
悲しいことに、注目を集める=決めポーズという流れが体にしみ込んでいるようだ。
そんなさらなる墓穴を掘る私をよそに、そのセリフで狼たちは我に返った模様。
私に向かって一斉に唸り声を……、
きゃいんきゃいん。
あげることなく一目散に逃げ去る狼たち。
……うん、解ってた。
だってさっき蹴飛ばした銀色の狼、城の近くにいたジャイアントボアって言うイノシシの魔物より弱かったもん。
魔物とはいえ、それに率いられていた一回り小さい狼たちが、殺る気満々の私に向かってくるはずないよね。
狼たちが逃げ去って、静寂を取り戻す街道。
いや、最初から静まり返っていたか。
その中で決めポーズを決めたまま、居たたまれず心の中でさめざめと涙を流す私。
そんな私に、護衛であろう冒険者らしきお姉さんが話しかけてきた。
「えっと、助太刀ありがとう。危ない所だったから、本当に助かった」
こんな怪しいやつに声を掛けるのは、さぞ度胸がいっただろう。
そんな彼女に、私は何事も無かったかのように笑顔で返す。
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
うん、解ってる。いまさら繕っても、もう遅いよね。
でも、人には解っていてもやらないといけないこともあるんだよ。主に世間体という意味で。
そんな心の中で涙を流しながら笑顔で返す私に、冒険者のお姉さんもまた何事も無かったかのようにふるまってくれた。
なんていい人だ。
「あの狼たち、組織だって馬を狙っていたからな。反撃もできず消耗戦になるところだったんだ」
「狼たちからしたら、人なんかより馬の方が獲物としては良さそうですものね」
護衛の冒険者を雇うだけあって、馬車は大きくそれを引く馬もかなり立派だ
もしその馬を殺されてしまったら、たとえ狼たちを撃退できたとしてもここで立ち往生してしまったに違いない。
「でも、あなたはなぜこんなところに? 街から街への移動にしては何も荷物を持っていないし、何より軽装だ。何か特殊な依頼でも受けている途中ですか?」
「依頼?」
私がそう言って首をかしげると、冒険者の女性も同じように首をかしげて聞いてくる。
「冒険者ギルドからの依頼ではないのですか?」
「違いますよ。そもそも、冒険者ですらないし」
その返事に驚くお姉さん。
「冒険者じゃない!? ならあなたはもしかして、どこかに仕官している騎士か何かなのですか?」
「いえ、通りすがりの錬金術師です」
……再び訪れる静寂。
「錬金術師?」
そう言いながら、視線を別の方に向けるお姉さん。
私もつられて見てみると、その先には横たわる大きな銀狼。その顔には私の足形がくっきりと。
というか、見事に陥没してるね。ちょっと強く蹴りすぎちゃったかな。
「冗談よね? シルバーウルフはCランクの魔物、それもタフな部類に入るんだけど」
「いや、本当に錬金術師ですよ」
そう言って私は腰のカバンから出すふりをしながら、先ほど採取したばかりの薬草をストレージから取り出して見せる。
彼女はそれを見てもまだ半信半疑だったようだけど、今の状況がそんな悠長なことをさせてくれなかった。
「リーダー、シェリーの傷が深い。早く血止めを」
「えっ?」
その声に反応してそちらを見ると、先ほどの狼の魔物に噛まれたのであろう太腿からかなりの血を流す女性の姿が。
「錬金術師のお嬢さん、頼む。その薬草を譲ってくれ。ただ縛るだけでは、あの血は止まらない」
「そうね。でも、それならもっといいものがあるわよ」
私はそう言うと腰のカバンに手を突っ込みながら、ストレージから下級ポーションを取り出す。
そしてそのまま駆け出すと、栓を抜いて傷口に振りかけた。
ホントは飲んだ方が効き目はあるんだろうけど、振りかけてもこの程度の傷なら完治するだろうと思って。
その考えは正しかったらしく傷口はみるみるふさがっていき、破れた先に見える素肌はまるで何事も無かったかのようにきれいに治っていた。
「傷はふさがったけど流れた血まで戻ったわけじゃないから、しばらくは安静にしていてね」
貧血状態ではあるだろうから横になった方がいいと言おうとしたんだけど、何やら周りの様子がおかしい。
なんと言うかなぁ、ぽかんとしているというより驚きかたまっているって感じだ。
「どうしたの? まさかここにはマジックポーションが存在しないなんて言わないでしょうね」
「あっ、いや、そんなことは無いんだけど……まさかハイポーションを使ってもらえるなんて思わなかったから」
ん? ハイポーション?
そう言われた私は、ほどんど空になったビンを見る。
中に少しだけ残っているポーションの色は青、ということは間違いなく下級ポーションよね。
「何を言ってるの。これは下級ポーションよ。さっき見せた薬草と同じ物から作ったんだから」
「えっ!? それじゃあ、ハイクオリティー品だったの!?」
これを聞いた私はびっくり。もしかして間違えて上級を使ってしまったのかと思って、慌てて調べたんだけど。
「普通等級だ。ってことは、私が間違えているわけじゃないわよね」
そう言ってあざとく頭をこてんと倒す。
こうすればきっと勘違いに気が付いてくれるであろうとの計算でやったんだけど、それに対して帰ってきたのは驚くべき言葉だった。
「そんな等級のポーションで、あの傷がこんなにきれいに治るはずないでしょ!」
「ええっ!?」
叫ぶお姉さんと、驚く私。
どういうこと? もしかしてこの世界って、錬金術のレベルがものすごく低い世界だったりするの?
そう考えてプチパニックになる私。
と、そこにさらなるパニックの火種が。
「お嬢様、いけません」
馬車から聞こえる叫び声、それにつられてそちらを見ると開け放たれた扉からきれいなドレスを着た女性が飛び出してくるところだった。
見た目からして15~6歳くらいかなぁ?
背は160センチくらいの少し長身で、整えられた髪やその服装を見るといいとこのお嬢さんって感じだ。
そのいいとこのお嬢さんが、ずんずんって感じでこちらに迫ってくるのだからその迫力と来たら半端ない。
「えっと、何か御用でしょうか?」
オタクで小市民な私は、こんなお嬢様と対峙したことなど当然ない。
だから恐る恐るそう聞いてみたんだけど、そんな私にそのお嬢様は凄みのある笑顔で手のひらを上に向けて私に突き出してきた。
「その小瓶、見せてもらえないかしら?」
「いいけど、ただの小瓶だよ?」
そう言って渡すと、お嬢様はその中を覗き込む。
と同時にかすかに魔力が動いた気が。
ってことはもしかして、ラノベでおなじみの鑑定魔法?
「確かにこれ、ハイクオリティー品だわ」
どうやら私の予想は当たっていたようで、そうこともなげに話すお嬢様。
「えっ、でもこれ普通等級のものだよ。これが中級品」
そう言ってかばん(ストレージ)から取り出したポーションを渡すと、お嬢様はふたを開けて鑑定。
「なっ!?」
その顔がみるみる驚愕に染まっていくのを見て慌てる私。
……もしかして私、またやってしまった?