20 航空機が無いんだから仕方ないのかもしれないわね
「さて。旅立つのはいいとして……城の外での立場、どうしようかなぁ?」
人に尋ねられても、流石にフェアリーガーデンのクランマスターですと答える訳にはいかないし。
「賢者って職業も、言葉だけ聞けばかなり特殊だしなぁ」
そう言って近くの鏡を見ると、そこにはまだ幼さの残る少女の姿が。
この見た目で我は賢者であるぞ! なんて名乗ったら、頭大丈夫か? なんて言われそう。
そんな訳で、これも却下だ。
「なら魔法使いとか? いや、それだと冒険者くらいしかなれない気がするし」
わざわざ好き好んで戦いの毎日に飛び込もうとは思わない。
ここはゲームの世界じゃないんだから、私としては平穏でのんびりとした毎日を送りたいんだよね。
「となると、生産スキルを使った職業を名乗るのがベストっぽいわね」
私が持っている生産スキルは鍛冶、皮革、裁縫、木工、錬金術、魔道具、料理の7種類。
その中で鍛冶と木工、皮革は専用の設備がある工房が無いとできないから除外。
料理人も仕込みやらなんやらで大変そうだからパス。
「あとは裁縫と錬金術、それに魔道具かぁ」
魔道具はこの世界でどれくらいのものが出回っているか解るまでは作れないわよね。
あとは裁縫と錬金術だけど、裁縫は店を持つまでが大変そう。
「元々メインにしていたんだし、錬金術師を名乗るのが一番かな。あくせくしなくても生活できそうだし」
魔法がある世界だし、森には魔力を含んだいろいろな薬草が生えていたから魔法薬がないなんてこともないだろう。
この世界の薬草からでも私の錬金術でポーションが作れたしね。
流石にこの見た目で最高レベルの蘇生薬やMP回復薬なんかを持ち込んだら出所はどこだと大騒ぎになるだろうけど、下級ポーションなら売っても問題ないんじゃないかな。
「この城の周りだとハイポーション以上に使う薬草しか生えてないけど、ここにたどり着くまでには下級ポーション用の薬草も生えてたし」
自動作成で作ったから最高級品はないけど、本当に作れるか試した物が結構な数ストレージに入っているんだよね。
中級や高級は出さずに、ノーマルのものだけを売っていればそれほど目立つこともないだろう。
「あっ! 念のため、各種簡易ユニットは持って行こうかな」
高位のアイテムは家に設置する専用のユニットがいるけど、自動作成で作れるものならこれだけで作れるもの。
簡易錬金台以外は使わないかもしれないけど、一応ストレージに放り込んでおくとしよう。
「あとは名前か」
ぼんやりと思い出すと、私をこの世界に呼んだお爺ちゃんたちにはみんな苗字が、ファミリーネームがあったのよね。
一番偉そうな人はもしかしたら貴族かもしれないけど、流石にあそこにいた人全部がそんなはずないもの。
ならばこの世界の人にはファミリーネームがあるということだろう。
「どうしよう? 本名を名乗るのも変だし」
アイリス・ホンゴウ……なんか胡散臭い響きよね。てなことで却下。
「う~ん考えるのも面倒だし、この城の名前もキャッスル・オブ・フェアリーガーデンにしたから苗字もそれでいいか」
アイリス・フェアリーガーデン……なんとなく響きもいいし、これで決定!
というわけで、ステータス画面をちょっといじることに。
ゲーム時代はできなかったけど、どうやら名前とか職業の欄は替えられるようになったみたいなのよ。
これは多分結婚して苗字が変わったり、転職して職業が変わったりするからだと思う。
特に職業はこの世界にジョブレベルというものが存在しない以上、そのくくりで名乗るより実際についている仕事名を教える方が自然だもの。
だから自由に変えられるんじゃないかなぁと私は考えているんだ。
そんなわけで、サクッと変更。
「とりあえず、旅の準備はこんなもんかな」
出先で必要なものができたら、森の中に家を出して転移ポートで城に採りに帰ればいいしね。
そんなことを考えていたら、自室の扉からノックの音が聞こえてきた。
「は~い」
「アイリス様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
そう言って入ってきたのはミルフィーユ。
その手には、何やら丸めた羊皮紙が握られていたんだ。
「どうかしたの?」
「はい。アイリス様がこの城に持ち込んだ書籍や羊皮紙を調べ終わったのでご報告に参りました」
それを聞いた瞬間、何のことだろうと首をかしげる私。
ミルフィーユはそれを見て、これのことですとテーブルの上に登山家が背負うような大きなリュックをストレージから出して置いたんだ。
「ああ、あれか! すっかり忘れてた」
私が呼び出された神殿、そこから持ってきた羊皮紙や巻物のことね。
うん、すっかり忘れていたよ。
「それで、これがどうかしたの?」
「はい。これらの文献のほとんどは宗教的なものだったり歴史書だったりと、あまり役に立たないものばかりでした。ただ、その中に地図が含まれておりまして」
宗教や歴史は、この世界を知るという意味では大事かもしれない。
ただ、生活するというだけなら別に覚えなくても問題ないものよね。
だからその報告を今までしてこなかったのは解る。
でもさ、これが周辺地図となると話は変わってくるのよ。
有益なものだし、これから外の世界に旅立とうとしている私からするとぜひ手に入れておきたいものだ。
それだけに、私は疑問に思ったのよ。
「そんなものがあったのなら、なぜ今まで持って来なかったの?」
「これが、あまりに簡略化されたものでしたので」
ミルフィーユはリュックの中からちょっと大きめの羊皮紙を取り出して、私の前に広げてくれた。
するとそこには、簡易マップもはだしで逃げだすほど簡単な地図が描かれていたのよ。
「なるほど、空撮ができないから正確な地図が作れないのか。でも突然この世界の地図ですと言ってこれを見せられていたら、流石に苦笑いしか出てこなかったでしょうね」
「はい。このようなものでしたので、現在位置とその縮尺を調べるのに少々手間取ってしまいまして」
ミルフィーユが言うには、精霊召喚士になったオランシェットが呼びだした中位精霊、シルフを使ってこの近辺を調べてもらったそうな。
そうか、現実世界では精霊にそんな使い方があるんだね。
「そうして作成したのがこちらです」
ミルフィーユはそう言うと、ストレージから大きな紙の地図を取り出した。
それは現実世界で見慣れた精巧なもので、下の縮尺表示を見るとどうやらこの城を中心に半径100キロほどを書き記した物のようね。
ただ元の地図に書いていなかったからか、それともシルフでは高すぎて越えられなかったのか、山脈の向こうは空白になっていたけど。
「これを見ると、小さな村が結構あるのね。それに街道や大きな街も」
「はい。ただ、元の地図に記されていなかったので大きな街以外は名前は載せてありませんが」
ラノベでも村というだけで名前が無いなんてことはよくあったし、ここでもそうなのだろう。
そう思いながら地図を見ていたんだけど、そこでふと頭をよぎることが。
「そういえば、その手にある羊皮紙は何?」
「ああ、これは誰かに見られても怪しまれない程度に簡易化した周辺地図です」
そう言って広げてくれた地図は、なるほど適度に簡略化されていた。
でもちゃんとしたものが頭に入っていれば、これがあることでかなり助かるだろうというレベルのものだったのよ。
「流石にこの精密地図を持ち歩くのはどうかと思いまして」
「ありがとう。確かに、これはすごく助かるわ」
私にはゲーム由来の地図があるもの。
それとこの簡易地図があれば、多分道に迷うということもないだろう。
そう考えながら、私はもう一度精密地図に目を落とす。
すると、一つの街が目に入ったんだ。
「このガイゼルって街、私が呼び出された神殿の反対側にあるし、この城から40キロ弱と距離もいい感じに離れているね。決めた! ここを目指すことにするわ」
街の横を大きな川が流れているし、近くにちょっと大きな村もある。
それに街道が通っているもの。
これならさびれて人がいないなんてこともないだろうから、この世界を知るにはちょうどいいんじゃないかな。
「ミルフィーユ。私は明日の朝、出発することにするわ」
「では、誰をお供につけますか?」
そう言われて少し考える私。
ゲームでは常に4人パーティーで動いていたけど、これから行くのはクエストでもレベル上げでもない。
それに私の6人のNPCたちはみんな忙しそうなのよね。
目の前のミルフィーユを見て、机に高く積まれた書類を思い出す私。
「いや、供はいいわ。この近くに強い魔物はいないし、街道の近くをフライングソードで走るつもりだからそう危険もないだろうしね」
「解りました。もし何かあるようでしたら、クランチャットでお知らせください。すぐに参りますので」
「ええ、その時は頼むわね」
ちょっとびっくり、この世界でもクランチャット(通信機能)が使えるのか。
そんな驚きはおくびにも出さず、私はミルフィーユに笑いかけたんだ。