17 スローライフ、それは夢の言葉
初めての狩りから数日後、私はある究極の考えにいたることができた。
ラノベではよく主人公が軽く夢だったと語っているけど、現実では生活に追われてそんな生活など一部の裕福層にしか実現できない人生の理想。
それが夢の生活形態であるスローライフ。
「よく考えれば、今の私は衣食住に何の心配もないのよね」
城の主に収まり、そこでは働く多くの者たちに囲まれ、食べる物も周りに魔素がある限りは無限に生み出される。
そう! 私があくせくしなくても豊かに生活できる環境が今ここにあるのだ。
それならばもしかして、夢のスローライフが送れるのでは?
多くのスローライフ系ラノベ主人公が苦労して得た環境。
それがすべてそろっている今なら、何の苦労もなく夢の生活が送れるはず!
と、そう思った瞬間、ある懸念が頭をもたげたのよ。
「この城で畑を耕したり、DIYを楽しんだりは……流石にできないわよねぇ」
空にそびえる白亜の城、その庭を耕す作業着に身を包んだ私。
うん、間違いなくミルフィーユあたりにとめられるわね。
でも、私のスローライフへの野望はそんなことでは止められない。
「そうだ、ジビエがあるじゃない! 魔物を狩って、その肉を食す。それもまたスローライフ」
ゲーム時代は狩りをするのが当たり前だったし、ガレット・デロワの話ではフライングソードで遠出しなくてもこの辺りに魔物はいるそうだもの。
それならその魔物を狩って、その肉でお料理をしましょう!
そんな訳で、私は再び狩りへと出かけよと考えたの。
でも、ここで一つ問題が。
「この間の狩り、黙って出て行ったからミルフィーユからすごく怒られたのよね」
ゲーム時代は、この城の入口には留守番の一人であるミルフィーユが立っていた。
でも現実になった今では、玄関横には誰も立っていないでしょ。
だから、私が城にいないと気が付いてミルフィーユがかなり慌てたらしいのよ。
「ホウレンソウは大事。もう、二度とあんな時間はすごしたくない」
お説教という名の苦行が身に染みた私は、許可をとるためにミルフィーユの元へ。
向かった執務室では、山と積まれた書類に囲まれるミルフィーユとパルミエの姿があった。
「何よ、この書類の山」
「城の移転による問題の洗い出しや、周辺の地理などを調べている者たちからの報告書です」
いきなりよく解らない場所へ飛ばされたのだから、今までと同じというわけにはいかない。
細かい問題や弊害は当然出てくるから、それを解決するためにミルフィーユたちはとても忙しいみたいなのよ。
「えっと、何か手伝おうか?」
「いえ、城の管理は私たちの仕事なので」
話を聞くと、この手の作業は素人の私が口を出すとかえって仕事が増えるらしい。
それなら他のNPCたちに手伝ってもらえばいいのではと思ったのだけど、どうやらそちらも別の仕事があるようで。
「エクレアとオランシェットは城の周りの整地を。ガレット・デロワとクラフティは城の警備をする者たちのレベルアップ業務についております」
「そっか、みんな忙しいのね」
ミルフィーユ曰く忙しいのはしばらくの間だけで、落ち着けばいつもの状態に戻るそうな。
でも流石に今の状況は、ちょっと大変すぎる気がする。
「解ったわ、でも無理はしないように。ちゃんと休みは取るのよ」
「解っております。我々が倒れたら、城の業務が滞りますからね」
いや、そういう意味じゃないんだけど。
まぁ、ちゃんと休むというのなら問題ない。
私がここにいるとじゃまになりそうだから、退散することにした。
「それじゃあ私はちょっと狩りに行ってくるから」
「はい、行ってらっしゃいませ」
書類から顔をあげたミルフィーユたちに見送られて、私は狩りへと出かけることにしたんだけど、
「そうだ! アイリス様。この辺りの素材はすでにかなり集まっているので、解体ではなく素材分解でお願いします」
パルミエのこの一言で、私のやる気は0に。
「お肉とか、余ってるの?」
「はい。ガレット・デロワたちが積極的に指導をしているため。少々飽和状態です」
私は別に狩りがしたいわけじゃない。
狩ったものを自分で調理して食す、そんなスローライフを楽しみたいんだ。
でもそれをとめられてしまったわけで……。
「やっぱり部屋に戻る」
すっかり意気消沈した私は、トボトボと自室へと向かう。
その途中でふと気が付いたのよ。
「待って。肉があるなら、それを料理すればいいじゃない」
別に狩りにこだわる必要はない。
ジビエ料理を作ってそれを食す、それだって立派なスローライフだ。
そう考えた私は行き先を調理場へ変更。
意気揚々と向かったんだけど、そこでは料理人たちが忙しそうに働いていた。
「それはそうよね。この城、多くの人が働いてるし」
流石にこの光景を見て、厨房の端を貸してとは言えない。
作業のじゃまだろうし、何よりこの人たち、もう私よりも料理の腕が上だからちょっと恥ずかしいのよね。
この城がここに建った時点では、警備の人たち同様料理人たちも30レベルだったそうなの。
でもこの城ってとても広いから、それをカバーするために今100人以上が働いているのでしょ。
その食事を朝昼晩、それに夜勤の人用の夜食や仕事の合間につまむお菓子まで作ってるんですもの。
それに食事の中で一番量の少ない朝食でさえ、パン、スープ、サラダ、卵料理と4種類もついているんだよ。
それを100食以上、たった3人で作っているのだからレベルも上がろうってものよ。
「これもレベル制の恩恵なんだろうけど、現実の料理人が見たらその成長速度に驚くでしょうね」
このペースなら、あと数か月でカンストの120レベルに達するんじゃないかしら?
そんな猛者たちの前で料理など作れるはずもなく、心が折れた私はまたトボトボと自室へ。
しかし、私のスローライフを求める心の灯はまだ消えていなかった。
「そうよ! キャンプがあるじゃない」
この城の前にはきれいな湖、そのほとりで焚火をしながらゆったりとコーヒーを飲む。
まさにスローライフって感じよね。
そう思った私は、早速城を出て湖のほとりへ。
そこにストレージから椅子と、部屋の暖炉からくすねて来た薪を置いて焚き火の準備。
それが整ったところで、早速火をつけてゆったりとした時間を過ごそうと思ったのよ。
でもここは城のすぐ近くであり、私がそんなことを始めればすぐに気付かれるわけで。
「なんだかなぁ」
私の後ろにはお着きのメイドさん、少し離れた所では料理人がバーベキューコンロで何やら調理をしているのが見える。
「アイリス様、肌寒くはありませんか? 宜しければひざ掛けをお持ちしますが」
その上、忙しいはずのミルフィーユまでが傍らにいると来たもんだ。
こんなのスローライフやキャンプどころか、グランピングですらない。
「まるでお嬢様の優雅な避暑地遊びじゃないか」
そうつぶやきながら、入れてもらった紅茶を一口。
「ああ、おいしい……」
おいしいけど、なんか違う。
私は別にお嬢様扱いをして欲しかったわけじゃないんだ。
湖の向こうに沈みゆく夕陽を眺めながら、心の中でさめざめと涙を流す。
こうして私のスローライフは、ことごとくNPCたちの手によって阻止されたのであった。