15 初めての狩り
退室するガレット・デロワを見送った後、ある思いが頭をかすめた。
そういえば私の戦闘力って、この世界だとどれくらいなんだろう?
デロワ曰く、この辺りの魔物は30レベルパーティーが適正らしい。
「それなら後衛職の私でも危険はないはずよね」
ゲーム時代と違って、痛い思いまでしてまでレベル上げをしようとは思わない。
でも安全に試せるのなら、この世界で生きていくことを考えると戦闘を経験しておくべきなのかも?
思い立ったが吉日、そう思った私はさっそく狩りに出かけることにしたんだ。
城を出た私は、まずゲームの機能の一つである地図を開いた。
これは城での検証で解ったことなんだけど、どうやら私が通った場所の半径10キロが自動で記載されるみたい。
ゲーム時代はエリアに入ると以降はその土地の地図が表示されるようになっていたけど、現実であるこの世界では流石にそこまで便利というわけではないようだ。
「でもこの地図の存在に気が付いていたら、もっと早くここにたどり着けただろうなぁ」
これのおかげで逃げて来た道のりが解ったんだけど、今見ると結構蛇行してるのよね。
森の木を避けながらあてもなく走ったからなんだろうけど、この近くの山脈を見つけてそれを目指すまではホントフラフラしているんだ。
だからフライングソードで走った時間に対して、進んだ距離はたいしたことない。
でもまぁ、あの神殿からこの城までは50キロ近く離れてるけどね。
それともう一つ、検証してみて解ったことが。
この地図、最小表示の範囲なら、そこにいる動物や魔物、人なんかが表示可能なんだ。
それも、それが敵か味方かまで色分けされて解るようになっている模様。
その上ある程度まで近づいたことがある魔物は、名前まで表示されるという親切機能付きと来たもんだ。
「まぁこれはゲームでも同じだったから、それを準拠に顕現された私の機能としては当たり前なんだけどね」
でも今の私にとってはこの機能は本当にありがたい。
だって魔物を探して森の中をうろうろする必要が無いんだから。
「さてさて、どれにしようかなっと」
フライングソードを使って5分程度で辿り着ける範囲内にいる、ある程度の強さをもつ魔物はどうやら以下の3種類の模様。
地図にはジャイアントボア、クレイジーブル、ブレイヴシープという名が表示されていて、その中でも一番近くにいるのはどうやらジャイアントボアみたい。
「これでいいか、近いし」
というわけで最初の獲物はジャイアントボア君に決定!
早速フライングボートを出してそこに向かったんだけど……。
「なに、あれ。でかっ!」
ボアってことはイノシシよね?
前に飼育されてるのを見たことあるけど、イノシシって豚と同じくらいの大きさだったはず。
なのに遠くに見えてるジャイアントボアと来たら、なんと軽ワゴンより大きいのよ。
「ジャイアントって名前ではあるけど、これはちょっと大きすぎでしょ」
そんなジャイアントボアだけど、調べてみたところ確かに30レベルパーティーが相手にするにはちょうどいい強さみたい。
それなら確かに、私が怪我をする心配は無さそうではあるのよね。
「ここまで来たんだ。ちょっと怖いけど、とりあえずやってみよう」
ゲーム時代はこれよりもはるかに大きな魔物とも戦ってきたんだ。
数値が正しければ、安全に狩れるはず。
ある程度近づいてからフライングボードを降り、思い切ってジャイアントボアの前に立つ私。
さぁ来い! って覚悟を決めたんだけど……。
「ピィッ!」
私を見て大慌てで逃げだすジャイアントボア。
それを呆然と見送る私。
……そうか、そりゃそうだよね。
魔物だって死にたくはないだろうから、自分よりはるかに強い敵が現れたら逃げ出すのは当たり前か。
「そういえばゲームでも、弱すぎる魔物はこちらに気が付くとすぐに逃げて行ったっけ」
さっきまで緊張して握りしめていた杖をだらりと下げながら、私はしばし遠い目をする。
だからといって、いつまでもこんなことをしている訳にもいかないよね。
ってことで、気を取り直して次の獲物探し。
「残るはクレイジーブルとブレイヴシープか。名前からして、この二種類は逃げ出さずに向かってきそうね」
狂った猛牛と勇敢な羊だもの、きっとさっきのイノシシのように一目散に逃げ出すなんてことは無いだろう。
ではどちらに行こうかと考えたところ、あることに気が付いた。
「クレイジーブルの方は、大きな群れでかたまっているみたいね」
いくら狂ったと名が付いているとはいえ、そこは牛だ。
群れ単位で行動するというのは変わらないらしい。
対してブレイヴシープの方はというと、こちらも群れてはいるんだけど最小単位が3匹と少ない。
おまけに、1匹だけ少し離れているものまで居るんだよね。
「弱いとはいえ、流石に10匹以上固まっている牛の群れに飛び込む勇気はないなぁ」
そんな訳で、次の獲物はブレイヴシープ君に決定。
最小単位の、それも1匹だけ少し離れた所にいる個体が居る群れの元へとフライングソードを飛ばす。
さっきの失敗を踏まえて、今度はブレイヴシープが見えてきても止まることなく突貫!
一匹だけ離れた所にいるブレイヴシープに近づきながら速度を落とさずフライングソードを消し去った。
ズシャァァァ。
靴の裏で地を滑りながらブレイヴシープの前に立つ私。
「サイレント!」
そして、すかさずかけた魔法がこれ。
本来は相手の呪文を封じる魔法なんだけど、ここでは鳴き声で仲間を呼ばせないために使う。
ちなみに呪文は唱えなくても発動するんだけど、そこは気分で。
無詠唱って、味気ないじゃない。
「さて、君は名前の通り勇敢かな?」
そう言いながら杖を握りしめると、先ほどの魔法を攻撃と判断したのかブレイヴシープは怒りの目をこちらに向ける。
おお、やる気だ!
どうやら逃げ出すということはなさそう。
そんな訳で戦闘開始なんだけど……。
「さて、どうしよう」
レベル差があるから、魔法を使えばあっという間に決着はつく。
でもそれって、何の実験にもならないよね。
そう考えた私は、一見無謀な賭けに出ることにした。
「よし、ばっちこ~い!」
今にもこちらに向かって来ようとしているブレイヴシープに向かって両手を広げたんだ。
まるで新弟子に胸を貸す横綱のように。
それを見てバカにされたと思ったのか、声にならない雄たけびを上げるブレイヴシープ。
その体は先ほどのジャイアントボアより大きく、まるで5ナンバーのミニバンのよう。
「普通に考えたら、交通事故にあった時と同じように吹き飛ばされて終わりよね」
突進してくるブレイヴシープを見ながら私は左足を少し下げ、腰を落として受け止める体制に。
そして……。
ドーン!
ぶつかった瞬間、結構な音はしたものの私にダメージはなし。
質量が違いすぎるから2メートルほどそのままノックバックはしたものの、無事受け止めることができたんだ。
「う~ん、ステータス差ってやっぱり大きいんだね」
ブレイヴシープはなおも私を押し続けているんだけど、もうピクリともしない。
ただ、ここで一つ誤算が。
ブレイヴシープの足が地をこする音と砂ぼこりに気が付いて、近くにいた二匹がこっちに向かって突進してきたのよ。
こうなると悠長に構えている訳にはいかない。
「悪いけど終わらすね。アイスコフィン」
血が出る系だと受け止めてる私もかぶっちゃうから氷系単体魔法であるアイスコフィンを発動して、目の前のブレイヴシープを四角い氷の棺桶の中へとご案内。
そして残りの二匹に向かって私は土魔法であるロックランスを発動。
こちらに全力で突進してくる二匹がこれをよけられるはずもなく、地面から突き出した石の槍に自ら突っこんで倒れた。
「生き物を殺したのに、何かその実感がわかないなぁ」
実を言うとさっきブレイヴシープを受け止めた時、このまま倒しちゃっていいのかなぁって思っていたのよ。
だって私、牛や豚どころか鶏だって自分でしめたことないもん。
だから土壇場で生き物を殺すという踏ん切りが付かなかったのよね。
でも実際にやってみると、まるでゲームの中でのことのようで。
「現実の私と今の私は違うってことなのかもしれないわね」
オリジナルではなく、顕現する際に張り付けられただけのコピー人格である私。
だから生き物を殺しても、ゲームキャラクターのように何も感じないのかもしれない。
でも……。
「人を殺しても何も感じなかったら嫌だなぁ」
ウィンザリアではPVPは無かったから、ゲーム内でも人を殺したことは無い。
だから人は違うのかもしれないけど、それを想像するとちょっとだけ怖くなる私だった。