13 だから召喚ではなく顕現なのか
食料のことは解った。
しかしここで、重要な疑問が私の中に生まれたのよ。
「ねぇミルフィーユ、お酒は? 酒類も食糧庫にあるの?」
「いえ、ございません」
これを聞いた私はがっくりすると同時に、やっぱりかと思ってしまう。
だってウィンザリアでは、ギルドでも自販機でも酒類は売ってなかったもの。
しかし、ミルフィーユから発せられた次の一言で事態は一変する。
「お酒をご所望でしたら、二階にある娯楽室に行かれたら良いのではないですか?」
「娯楽室?」
そう言われて思い出したけど、この城の二階は図書室などのいろいろな施設があり、その中には娯楽室というものもあったっけ。
「そこに行けばお酒があるの?」
「はい。バーカウンターが併設してありますので」
それを聞いた私は、一目散に二階へ走る。
そのままの勢いで娯楽室の扉を開くとそこは30畳くらいの広い部屋になっていて、その隅には確かにバーカウンターが!
「というか、これってカウンターというより大型のバーじゃないの」
一方の壁一面がすべてカウンターになっていて、その奥にはビンが並べられた扉付きの棚や樽がずらり。
それによく見ると居酒屋やビアガーデンで見かける、ジョッキを置いてボタンを押すと自動的にビールが注がれる機械までがいくつか置いてあるじゃないの。
「ファンタジー要素、まるでないわね」
地下のお風呂でも思ったけど、ここの設備って私になじみのあるものが具現化されているって感じがするなぁ。
多分だけどこの世界のお風呂にはミストサウナなんて物はないだろうし、ジェットバスや岩盤浴なんてものも無いと思う。
それどころか、シャワーもないんじゃないかな?
それに脱衣所には大型の鏡やドライヤー、それにマッサージ椅子なんてものまであるんだから規格外を通り越して非常識よね。
そんなことを考えながらバーカウンターへ。
「えっと、見たことがあるお酒がずらっと並んでるけど、これって本物?」
見慣れた四角いビンのウイスキーや、苗字や地名が名前になっている高級ウイスキーシリーズ、それにお酒のディスカウントショップで見かける洋酒などが扉付きの棚にずらりと並んでいる。
「よく見ると、日本酒や焼酎なんかもあるんだ」
それらを見ていて気が付いたんだけど、ここにあるのって私が飲んだことがあるものばかりだ。
中には試飲で小さなプラスチックカップにちょろっとだけ入っているのを舐めた程度のものも混ざってるけど、多分間違いない。
だって社員旅行に行った先で一度だけ上司に飲ませてもらった、1本1万円以上する日本酒まであるもの。
「これ、もしかして私の記憶から再現されたとか?」
それに気が付いた瞬間、私はフードのおじいちゃんたちが言っていた言葉を思い出した。
『夢ではない。われらがお前を顕現させたのだ』
そう、あの時確かに召喚ではなく顕現と言っていたよね。
ということはもしかして今の私って、あの神殿に溜まっていた魔力で作られた存在なの?
なんとなくだけど、そう考えると辻褄が合う気がする。
3Dゲームではあるけど、立体化できるほどのデーター量はないはずのアイリスというキャラクター。
それを現実世界に呼び出すなんて、本来ならできるはずないもの。
「ということは、今の私もコピーされた人格ってことか」
なるほど、よくよく考えてみると、これまでにもおかしな点はあるのよね。
だって私、天涯孤独ってわけじゃないもの。
両親や兄弟は当然として、仲のいい友達や同僚だっている。
それなのに、現実に帰りたいと今の今まで一度も考えなかったのは流石におかしくない?
「でも本当の私は日本にいると考えれば、それも納得できる」
アイリスのデーターを元に体を作り、それに命を吹き込むために私のデーターを入れた。
それならば私はあの場で生まれたってことですもの。
現実に戻りたいなんて、考えるはずがない。
「言ってみれば、悪の秘密組織によって作られた人造人間ってところかな」
そう表現すると、まるでニチアサヒーローの元祖であるバッタの改造人間みたいだ。
脳改造(隷属)される前に逃げられたってところもそっくり。
「それが解っても、悲壮感なんてまるで湧いてこないけどね」
こうなってしまったのなら仕方がないし、コピーならいなくなって親兄弟を悲しませるなんてこともない。
それならこの心と体で異世界生活を満喫するとしよう。
「そうと決まれば、このバーの探索を再開するとしますか」
まだ壁の棚しか見ていなかった私は、その他の設備に目を向ける。
「カウンターの裏側や、棚の下にもいろいろなものがあるのね」
どうやら座っている客から見える棚には見栄えのするビン類を置いて、その下に冷蔵庫なんかが並んでいるみたい。
となるとこちら側からではよく見えないので、回り込んでカウンターの奥へ。
するとあるわあるわ、宝の山が。
「温度管理付きの大きなワインセラーに、各メーカーの缶ビールが満載の冷蔵庫。あっ、ジンとかウォッカも冷やしてあるのね」
その他にも炭酸水やトニックウォーターなどの割材、それに氷が大量に入った冷凍庫も完備。
その上ジョッキやグラスを冷やす専用の冷蔵庫まであるのよ。
「わぁ、このビールサーバー。ボタンでいろいろなビールを選べるんだ。それにこっちは数種類のハイボールやジンソーダまで入ってる!」
それにお酒の飲めない人も大丈夫。
各種ソフトドリンクもそろっていて、まさに死角なしって感じね。
「地下には大浴場、バーにはほぼすべての種類のお酒。ここって天国!?」
食糧庫の食材が魔素で自動補修されるというのなら、当然ここにあるお酒も同じようにいくら飲んでも補充されるのだろう。
高級なものから見慣れたものまで、まさに選び放題飲み放題だ。
「凄い、凄い!」
興奮冷めやらぬ私は、冷蔵庫から冷えたジョッキを取り出して早速サーバーにセット!
そのままスイッチを押そうとしたんだけど、
「アイリス様、いけません」
なぜかミルフィーユにとめられてしまった。
「どうしたの?」
「どうしたのではありません。アイリス様は未成年ではありませんか。お酒はまだダメです」
これにはびっくり! だって私、28歳の社会人よ。
だから当然反論をする。
「私、大人なんだけど……」
「何を言っているのです。まだ14歳ではないですか!」
そうか、転生でも転移でもなく顕現なのだからゲームの開始時の設定年齢である14歳とミルフィーユは認識してるのね。
「この世界の成人が何歳かは解りませんが、14歳が大人とみなされるとは到底思えません。ですからダメです」
「え~、でもさっき『お酒がご所望なら』って言ってたじゃないの」
「それはお料理に使われるのかと思ったからです」
さっき聞いた通り、食糧庫には酒類はない。
だからこの城の料理人たちも、必要な時はここまで取りに来るそうな。
「とにかく、成人まではお酒を飲むことは許しません」
「そんなぁ~」
宝の山を前にお預けをくらった私。
そのあまりのショックに、私はうなだれながらさめざめと涙を流した。