乙女ゲームのヒロインですが、攻略対象の王子殿下たちを破滅させます。
8000字ほどの百合です。ざまぁ?メイン。悪役令嬢×聖女ヒロイン。
私は、不気味に輝きだす祭壇を前にして……右のかかとにぐっと力を込めた。
(もう、逃げられない。引き返せない)
肌を焼くような怖気を感じる。
手を出してはならない、禁断の力を前に足が竦む。
明らかにヤバイ。最悪私は……人じゃなくなるかも、しれない。
私は前に進む勇気が欲しくて、目を瞑り、決意の源に想いを馳せた。
乙女ゲーム「光に堕ちるまで」。私が大好きだったゲームだ。
いわゆるソーシャルゲームで、少ないお小遣いで課金してまでのめり込んでいた。
サービス終了したその日に、ぼーっとしてて死んじゃったのは……今思うと、何かの運命だったんだろう。
そのゲームのプレイヤーの分身・主人公〝コハル〟として目覚めたのだから。
コハルは男爵家の令嬢だけど、特別な力を持っていた。いわゆる「聖属性」ってやつ。癒しの力ね。
コハルに転生した私は12歳のときに検査で引っかかり、そのままあれよあれよという間に王都の貴族学園寮に入れられた。
よくある乙女ゲームの流れだけど……ちょっと早いのが引っかかった。
ゲーム開始時点で、コハルは15。学園入学は、その頃からだったはずなのに。
学園についたら早速攻略対象たちに囲まれて、私のキラキラ貴族学園生活は始まった。
なのに――――どうしても、楽しめない。
ゲームに近い部分は変わらない。でもゲーム以外の現実が、何か変。怖い。
まず、王子たち攻略対象の愛想がよすぎる。ホストにでも持て成されてんの?ってくらい。
でも彼らは私に「しか」優しくない。他の子に対しては、俺様だったり横暴だったり慇懃だったり……。
そう、他の子。女の子はなんかみんな、怯えてる。男の子が来ると、はっきりと緊張してる。
特に王子たちとは、絶対関わりたくないってレベルで距離を置いてる。
私、最初は王子たちと関わりあるせいで女子寮でボッチだったんだけど、なるべくいろいろお話するようにしてたら親切な子たちが教えてくれた。
大体の女の子はそもそも、婚約者がいる。なのでここで声をかけてくる男の子は全員「遊び」だと。
そしてその「遊び」を女の子側は……断れないんだ、と。
これだけでもおなかいっぱいなのに、すごい話を聞かされてしまった。
王子たち攻略対象は、みんな権力に近いところにいる。
だから彼らに目をつけられると――――さらわれる、と。
王子たちじゃなくてその周りが、「貢物として捧げる」ためにさらうんだって。
私はその話を聞いて、血の気が引いた。
学園で見かけていた、先輩たち。急に……姿を見なくなることが、あったから。
私は無い知恵を絞った。直接言ったり、悟られたりしてはダメ。気づかれないように対策しないといけない。
私は寮ではともかく、学園では絶対に誰とも目線も合わせないように心がけた。
私を起点に、女の子たちが目をつけられるのを防ぐためだ。
ついでに王子たち主要な男子生徒の予定を可能な限り押さえ、女子寮で密かに共有するようにした。
王子たちや「人攫い」と接触する機会が少なくなれば、少しは安全になるかと思って。
これは、なぜか王子たちと危険なく会話ができる、私にしかできないことだった。予定もすんなり話してくれるし。
私が彼らに気に入られている理由は、誰も教えてくれなかったけど……。
幸いにも私がやってることが女子寮側から密告されることもなく、私が撒いた藁は存分にすがられた。
他にもいろいろやったおかげなのか、少なくとも私の知る限り、急にいなくなる子は出なくなった。
でもその藁が。優しいあの子に……届いていなかった。
「コハル嬢、彼らのそばにいるのはおやめなさい」
ある日。人気のない校舎裏に呼び出され、私はそう、注意を受けた。受けて、しまった。
私は慌てて、周囲を何度も何度も確かめる。人はいない、ようだけど……。
「…………アモンド王子は、わたくしの婚約者です。手を引きなさい」
旋律を思わせる滑らかな彼女の声に、私は妙な直感が働いた。
今私は、明らかに高位貴族の令嬢であるこの子に対して、無礼を働いた、はずだ。
話の最中に、よそ見をする、なんて。
それを――――咎められなかった。
私は思わず、淡いピンク色の彼女の瞳を、じっと見た。目は……逸らされなかった。
(この子、覚悟の、上……!? これは諫言じゃない! 私への警告!
このまま彼らの周りにいると〝私が危ない〟という!)
「ど、どうして、そのような!」
「…………その御力があるとはいえ、それ以前にあなたは一人の淑女。ゆめゆめ、お忘れなく」
力? 私の、ヒロインの持つ「聖属性」に何か、ある?
「それはい――――――――」
「おっと! こんなところにいたのかい。僕の聖女ちゃん」
油断、した。
私の背後からした冷たく底の見えない、声。
攻略対象、王太子…………アモンド。
彼の手が、そっと私の腰に回る。
悲鳴を上げるのは、必死に我慢した。
って、自分のこと気にしてる場合じゃない!
この状況――――ま、ずい。彼女が、悪役令嬢ハルシャが、あぶない。
「ハルシャ。僕の婚約者だからって、ひょっとしていい気になっているのかい?
僕の聖女ちゃんに余計なことをするなら……調子づいている君を、嗜めないといけないね」
まずいまずいまずい! ハルシャが王子に目をつけられた! どうする、私はどうすれば――――
「王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。
ごめんあそばせ。婚約者として一度だけでも申しておきませんと、公爵家は面子が立たぬと叱責を受けまして」
「ハッ! パパの言いなりってわけかい。女はそういうところ、楽でいいねぇ」
(ぁ。ちがう。なんて、子だ)
私は、礼をとりながらも密かに強くピンクの目を輝かせる彼女を見て、また直感した。
ハルシャは……私に忠告するためだけに、ご実家も巻き込んだんだ!
場合によっては、本当に危ない橋なんじゃないの!? どうしてそこまでして!
私の力に、何かある? この子は……悪役令嬢ハルシャは、何を案じているの?
私は、もう少し彼女から情報を得たかったが。
「聖女ちゃん」
ぬっ、と横合いから現れた王子の顔に、視線を遮られた。
綺麗な、とても美形な、王子なのに。
―――――――――気味が悪くて、仕方がない。
「僕は賢い君が好きだな。ね、ちょっと図書館に行こうよ」
「はい」
咄嗟に会心の笑顔と、素早い返事をよどみなく返せたのは……私本当にグッジョブだったと思う。
「じゃあねハルシャ。君との婚約なんか、いつでも破棄できるんだから――――忘れるなよ」
悍ましい王子の声に、肌が泡立とうとするのを必死になって抑えながら……私は彼に肩を抱かれ、その場を離れた。
角を曲がって校舎裏を出るとき、横目にちらりと映った彼女は。
こちらに視線を向けぬよう、深く礼をとっていた。
(あの時、いくつものことに気づいた。
例えば。なんでゲームで、婚約破棄された程度で悪役令嬢ハルシャが破滅するのか。
王子たちに、ご実家ごと潰されるんだ。
今だってきっと、私のことを口実に彼らに攻撃されてるはず……)
私は勇気の根源を思い出し、ゆっくりと目を開く。
暗い地下洞窟で不気味に輝く祭壇が、真っ先に見えた。
私がいるのは、さるダンジョンの最下層。なんとか辿り着いた……エンドコンテンツの底の底。
(そしてなんで私が王子たちに、丁寧に扱われているのか。
〝聖属性〟に何があるのか。よく考えてみれば、簡単だった。
聖魔法じゃない。何かあるのは――――主人公、コハル)
私には「癒しの力」しかない。
けどゲームにはまだ、主人公だけができることがある。
それは、ソーシャルゲームならではの。
キャラクターや装備ガチャ、行動力の回復、戦闘時のコンテニュー。
(つまり課金要素。
特に高レア装備や回復エリクサーの生成は、現実に置き換えたら大変なことになる。
私は――――金のなる木、だ)
確かに私は、特殊なポーションを作ることができた。一つだけ持ってる。
効用はちゃんと確認してないけど……下手するとあれ、死人すら蘇る。
(そりゃあこんな力がある女、囲っておくに決まってる。
そして王子たちは〝私〟じゃなくて、その力が目当てなのを隠しもしていなかった。
やつらは私のことを――――名前で呼んだことが、ない)
聖女、聖女ちゃん、聖女さん、聖女様……攻略対象は誰一人、私を〝コハル〟と呼ばなかった。
(なのに……おそらく奴らは、私に愛を囁くんだろう)
課金要素は、お金払わなくても少しだけできる。いわゆる「無償ガチャ」相当のものが存在する。
これが「愛の欠片」ってやつを使うんだけどさ……キャラとの信頼度が上がって、イベント見ると手に入るんだよね。
つまりあいつらに愛を捧げられると――――私は金の卵を、産むのだ。
ひどい……本当にひどい世界。
女は高位貴族の令嬢や聖女ですらも、男の道具。
その横暴を止めるものは……何一つ、ない。
――――――――おぞま、しい。気持ち悪い!!
これが現実だって言えばそうだ! ひどいもんだけど納得はする!
けど、大好きなゲームをこんな形で貶められて!
私がお前たちを、この世界を! 許せるものか!!
……私は、祭壇にゆっくりと足を向ける。右手を、伸ばしながら。
必死に考えた。この状況を変える、方法を。
でも聖女の力は争いに向いていない……王子たちは本人も強キャラなんだよ。状況を、覆せない。
私が密かに課金要素で財を成したとしても、そんなもの政治の力ですぐ泡にされてしまう。
だから私は。
別の力を、求めた。
ここはエンドコンテンツの、底の底。
サービス終了に伴って実装されると予告があった、最後のダンジョン。
本当にあるかわからなかったけど、少しずつ年月をかけて、探し当てた。
魔物からは逃げ、傷ついた自分を治療し続け、ひたすらに奥を目指して……私はここまで、辿り着いた。
すべてを凌駕する力が手に入るという、古の神の祭壇。
きっとゲームを根底から覆す、何かがあるはず――――!
「――――――――コハル」
伸ばした腕が、横から掴まれた。
「どうして、ここに」
掠れた声で呟きながら、私を止めた傷ついた手の、先を見る。
ウェーブがかかった綺麗な銀髪も、旅装もボロボロで。
ピンクの瞳は、片方が閉じていて……瞼に傷が、ついている。
悪役令嬢――――ハルシャ。
「これはわたくしが為すべき、使命です。引きなさい」
使命? まさ、か。
確かこの最下層、すごいボスが出るって情報が告知されてた。でも出てこなかった。
この子が古の神の力を、得て。あの裏ボスに、なるんだ。明らかに人じゃない、アレ、に。
…………ダメ。それは、ダメだ! ハルシャを犠牲にするなんて、できない!
私は。
それなら、私は――――!!
◇ ◇ ◇
「クロサイト公爵令嬢ハルシャ・ローズ。君との婚約は破棄だ。聖女を貶めた罪、償うがいい!」
あれから数年。運命の時は、来た。
王宮で開かれた、学園卒業記念の夜会。
私は苦心の末、ゲーム通りにここまで辿り着いた。犠牲を出さないようにするのが、本当に大変だった。
その席で、私の隣に立つ王太子アモンドが、高らかに宣言した。
彼の近くには、三英雄と呼ばれる騎士・魔術師・司祭の、子息たちがいる。
親世代はもちろんのこと、不壊と呼ばれる無敵の王子を含め、四人は相当な実力者。
ゲーム通りの、断罪シーン。悪役令嬢側は……圧倒的に不利。
それでも。
私たちは、諦めなかった。
ハルシャが桃色の双眸で、壇上の王子を強く見据える。
そして歌うように。
「何を言う。我が友コハルを私物化しようと狙う、賊徒どもが。
我ら聖女の騎士が、貴様らのような悪鬼羅刹に屈すると思うなよ!」
――――宣戦布告した。
ハルシャが黒い輝きを放つ。そして会場のおよそ半数の者が、手近な人間に襲い掛かった。
紳士は己が鎧を呼び出し纏い、淑女はドレスの下から戦闘服を露わに、あらかじめ〝敵〟と定めておいた標的を打ちのめした。
王子たちに「貢物」をしていた奴ら。それを受け取った方ともども、容赦はしない。
「な、これは!?」
アモンド王子は狼狽えるが、残りの三人が素早く動き出す。
「王子、後ろに」
「数は多いがなんてことねぇ、押し返す!」
「フンッ、雑兵どもがッ! 一気に片づけてやろう!」
――――ガチャで進化しきった彼らが、雑兵なものかよ。
魔法を唱えようと構えた魔術師・マギクの元に。
「カヒュッ」
数本の矢が一気に到来。喉を、顔を貫いた。
「役立たずが!」「こらえろ、今治す」
すでに騎士を拝命しているラジュームが前に出て、助祭にあるヨウダンがマギクに魔法をかけ始める。
しかし。
「グッ!? これは呪い! 私にまで浸食を!」
ヨウダンの腕が真っ黒に染まる。
彼は必死に魔法で回復しようとするが。
「ひ、ヒッ! なぜ、どうして魔法が効かない!?」
より傷が深くなっていく。
それは呪いではない。属性反転を強いる魔法の矢。
回復しようとすると、術者・被術者ともに腐敗してぐずぐずになっていく。
「ガッ!?」
ラジュームはすでに足を切り飛ばされ、胸には槍が深々と刺さっている。
なりたての騎士程度で相手になる者は、連れてきていないのよね。
だがその時。光が、彼らを包み込んだ。
「我が黄金の領域に、歯向かえると思うな!」
…………出たかチート能力。
ヨウダンとマギクの腐敗浸食は止まった。
アモンド王子の特別な黄金領域には、状態異常を回復する効果もある。
ラジュームも徐々に傷がふさがり、彼には攻撃が届かなくなった。
「フンッ、多勢を連れてきたようだがハルシャ!
この僕に逆らえると思うな! 女如きが、見くびるなよ!」
そして彼は。
隣の私の肩を、抱いた。
私は……右のかかとに、ぐっと力を込めた。
――――――――ああ、本当に。
「気色が悪い」
私は呟き、王子からゆっくりと離れる。
「……………………ぇ」
アモンド王子の脇腹には。
私が持ち込んだ、小さな小さなナイフが、刺さっていた。
刃も短く、刃幅も狭い。内臓にも到達せず、さした傷にはならない。
女の私でも手軽に持てて、服の上からなんとか肉にまで刺せる……その程度の刃物。
だがこれは――――いかなるスキル・魔法をも無効化する、奥の手。
そして。
「あなたの技には、欠点がある。
それは一度展開すると、もう一度使うのに一日の充填が必要なこと」
たった一度だけ無効化できれば、それでいい。
黄金の領域が……消えた。
「かかれッ!」
ハルシャの綺麗な号令が響き渡る。漆黒の光がみんなに宿る。
ヨウダンとマギクは腐食で身動きがとれぬまま、矢で止めをさされた。
ラジュームは逃げきれず、首を刎ねられる。
そして王子は。
何人もの紳士淑女によって、串刺しにされた。
「あ、が……! しにた、たすけ、ぼくの、せい、じょ……」
「アモンド王子」
血を流し、息も絶え絶えな彼に、私は最高の笑顔を向ける。
私のゲームを汚した奴に、最後の餞を叩きつけた。
「私はだぁれ?」
「え? きみ、は――――――――」
わなわなと震える、アモンド王子の唇は。
コハルの〝コ〟の形になることすら、なかった。
ゆっくりと色を失っていく、王子。
戦いは決着しつつあり、静寂が訪れ。
しかして、扉が開く大きな音によって、すぐまた騒がしくなった。
広間に入ってきた者たちの、先頭は。
「む。出遅れたか」
「早すぎませんか、父上。三英雄は?」
「討ち取ったとも。ローグ王も確保した」
令嬢ハルシャの父、クロサイト公爵その人。
そしてその後ろには、ごっつい装備の公爵私兵の方々がずらっと。
「コハル嬢に報いる良い機会だと、はりきったのだがな」
「そこは私にお譲りくださいませ、父上」
イケオジが胸を張って、娘に苦言を呈されてる。
「致し方あるまい。では我らは、王宮の掃除と王都の制圧に戻る。
往くぞ! 聖女の御旗の元に!」
「「「「「ハッ!」」」」」
…………彼らを見送って、私はそっとため息をついた。
王子たちの亡骸を眺め、一度だけ目を伏せる。
ひどい、結末だ。
結局のところ私は、誰の手をとるかを、選んだだけ。
(私の大好きな乙女ゲームは、ここにはなかったんだ。よく似た世界に、これただけで)
それでも私は、顔を上げて前を向く。
ただただ王子たちに愛されて、頭空っぽにして楽しめば、それでよかったのかもしれないけど。
私はどうしても、現実に生きているみんなを踏み台にして、この世界で遊ぶことは……できなかった。
まぁこの選択に対して、私から一つ言い訳するのなら。
名前も覚えてくれない、薄気味悪い欲まみれの奴らと。
「コハル。今のうちに少し話がしたい。良いかな」
この……いつも名前を呼んで、真っ直ぐに私を見てくれる令嬢と。
どっちの手をとるか、なんて。そりゃ明白なわけで。
私は、悪い。悪党だ。でも、良い選択をしたと……そう思う。
「私も、大事な話があるの。ハルシャ」
本当に……ここまでこれたのは、ハルシャのおかげだ。
私と共に歩んでくれた、悪役令嬢に。
私が破滅から掬い上げた、大事な友達に。
私は逃げず、正面から向き合った。
良い機会だから、どうしても一つ、聞きたいことがある。
「お、これはついにか!」「ヒュー!」「キャー!」
「茶化さないでよ……」
なんか滅茶苦茶囃し立てられた。思わず呆れて呟きが漏れる。これ場所変えないとダメだな……。
私の力で歴戦の猛者となった子たちも、まぁ中身は学生だし、しょうがないんだけどさぁ。
別にそういうんじゃないんだけどなぁ。なんで私とハルシャをくっつけようとするんだ。ここ乙女ゲームだろ? 百合はないでしょ?
◇ ◇ ◇
テラスから見る王都は、静かなものだった。
沈みかけの日によって、穏やかに照らされている。
その下では今も、争いが起こっていると思うのだけど。ちょっと静かすぎない?
「数代にわたり聖女を占有し、その富を独占して王家は肥え太った。
民を顧みぬ政治を繰り返し、とっくに民心は離れていた、というわけだ」
私の疑問を、隣のハルシャがすらっと解説してくれた。
なるほど、そもそも国民はほとんどこちらの味方、と。
しかしあれか? 上級貴族のご令嬢は読心術が標準装備なんかな??
「…………別に心を読んでいるわけではない。あなたの顔は、わかりやすい」
「私の行動を読んで、地下祭壇に先回りしてたくせに。よく言うわね?」
あの時。
ハルシャは入り口のある後ろからではなく、横から私を押さえた。
ちゃんと聞いてはなかったけど……今の罰の悪そうな表情を見るに、やっぱり先に来て私を待ってたんだと思う。
「先に着いたのはその通りだが……笑ってくれ、コハル。私はあそこまで行って、怖気づいていたんだ」
おっとそう来たかよ。
完璧な令嬢であるハルシャ。
今のように勇ましいハルシャ。
これまで見たどの面からも想像できないような弱弱しい笑みが、彼女の口元に浮かんでいる。
「あなたが新たな人柱にされる前に、私はなんとしてもこの状況を打破したかった。
ゆえに先走ったが……あの昏い祭壇の前で、足が竦んだ。立てなくなった。
でも、あなたが来た。だから私は……もう一度、立ちあがれたんだ」
私は……弱く首を振った。
勇気と力をもらったのは、私だって同じ。
「私もだよ、ハルシャ。あなたと一緒だから、頑張ってこれた」
私はあの地下奥底で、ハルシャに「あいつらを滅ぼしたい」と語った。許せないと。
あなたの力を借りたいと、涙ながらに懇願した。
そうして私とハルシャは……二人で古の神の力を受け取った。
私は、一日数回ガチャを無償で引けるようになった。それで装備を整え、みんなを強化した。
一方のハルシャは、めっちゃ強くなった。みんなが圧倒的だったのは、ハルシャが多量の強化を味方にかけていたから。
ゲームの化け物みたいな裏ボスには、なんでか二人ともならなかったんだよね……。
「コハル……」
その……ピンクのお目目をうるうるさせてこっち見るの、私良くないと思う。
よくないのでこの話はおしまい。聖女の華麗なるインターセプト!
「ん。ちょっと聞かせてほしいんだけど。
…………ハルシャはなんで、私を助けてくれるの?」
ずっと疑問だった。
その……言っちゃなんだけど、私だけをもてはやす王子たちの姿が被って、ちょっと信用しきれないところがある。
だってハルシャも、クロサイト公爵も、みんなみんな私に優しい。あまりに私に、都合が良すぎる。
なんと、公爵家は私の力をこれ以上使う気がないらしい。ローグ王家を倒して、それでおしまい。
理屈は聞いて、理解はした。そも私は毎日無償ガチャできるようになったので、囲って独占する意味がないんだと。
好きなだけ道具を生産して、広く役立ててほしいと言われた。
そうは言われても、正直感情として……納得できない。
私を私物化して利用しようとしていた王家と、扱いが違いすぎる。
それに加えて、ハルシャだ。
いくら義憤に駆られようとも、覚悟の上で私に忠告したり、古代の力に手を出そうとしたり……ちょっと行動が突飛過ぎる。
数年の付き合いでわかってることだけど、そんな無謀なことをする子じゃない。
そこがわからなくて、でも変な答えが返ってきたら怖いし、聞きづらくて……ずっと、機会を伺ってた。
私は照れた様子で目を逸らす彼女の視線を、追いかけた。
果たして、重々しくゆっくりと口を開いた、彼女が言うには。
「最初は、その。友達になりたかったんだよ。
女子寮の子たちのために、必死に力を尽くしていた……素敵なあなたと」
……………………拍子と肩の力が一気に抜けた。もっとたいそうな理由かと……。
もう変な笑いが出そう。王子たちみたいに豹変されたらどうしようって、ずっと不安だったのに。
でもハルシャ。友達になりたいからって、一足飛びに忠告はしないでいただきたい。あの時は心臓止まるかと思ったし。
というか女子寮の中で接触しようよ、あそこ安全だったんだから。
さてはハルシャポンコツか? 確かにボッチ気味だったけどコミュ障ちゃんだったか??
――――――――お待ちになって。「最初は」って。これはひょっとして……墓穴?
コハルはいくつか、知らなかったことがある。
一つ。女子寮の結束が強い理由。学園が危険地帯であり、異性が信用ならないため、その中では特別な絆が育まれることが多かった。
一つ。女子寮でのコハルの扱い。彼女たちの尊厳と命のために駆けずり回ったヒロイン・コハルは、学園中の女子から絶大な人気を集めていた。
一つ。ハルシャ個人について。公爵令嬢たる彼女は、友がいないわけではない。ただとても純情であった。
ハルシャはただ。まさに聖女と謳われる、素敵な想い人の気を惹く方法が――――他に思いつかなかった、だけなのだ。
ここは乙女ゲームではなく現実だと、聖女が分からされるまで。
そう長くは、かからなかったという。