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68.その歌姫は、決別する。

 研究記録を回収したエレナは静かに廊下を駆ける。

 早く逃げなければ。

 そう思った時、コツコツと軽い響きをエレナの耳が拾う。


「ふふっ♪ ごきげんよう、お姉様」


 こんなところにドブネズミが入り込むだなんて、とマリナの楽しげな声が暗がりに響いた。


「……今日は、来ないのだと思っていたわ」


 会いたくなかったと思いながらもマリナの声に応じてエレナは立ち止まった。

 このまま行かせてはくれないのだろう。どうするべきか、と逃げるために思考を巡らせるエレナの元にマリナの足音はどんどん近づいてくる。

 雲が風に流れ、廊下に月明かりが差し込む。

 淡い光が照らし出したのは、ふわふわと揺れる色素の薄い茶色いの髪をして妖艶な笑みを浮かべる自分とは似ていない血の繋がった女の子。


「それで、一体何の用かしら?」


 私の方には用などないのだけど、と怯える事なくエレナは問いかける。

 だが、エレナの言葉はマリナに届かず、


「なんで、アンタがっ」


 マリナはエメラルドの瞳を大きく見開いてそうつぶやいた。マリナの目にはエレナが着ている翡翠色のドレスが映っていた。


「……マリナ?」


 怪訝そうにエレナがそう呼びかけた瞬間、素早い動きで駆け寄ってきたマリナが手を振り上げ、バシッという音が響いた。

 エレナは頬に痛みを口内に鉄の味が広がるのを感じる。


「なんで! なんで、アンタがそれを着ているの!? それは私の色(・・・)よ!」


 マリナは握りしめた扇子を振り上げそう激昂する。


「私から"奪う"なんて許さない!」


 バシッ、ビシッと何度も殴られたエレナは抵抗しようとして体勢を崩し、冷たい床に倒れた。

 

「アンタ達母子(おやこ)はいつもそう! いつもいつも私から欲しいモノを奪っていく!!」


 エレナに馬乗りになったマリナは声を震わせそう叫ぶ。

 マリナの脳裏に幼い頃の光景が浮かぶ。

 日の当たる場所で、人々に望まれ綺麗な顔をして歌うエレナの母親と対象的な嫉妬に歪む母の顔。


「ああ本当。ムカつくったらありはしない。いつもアンタだけ(・・・・・)が誰からも愛される」


 一度母に連れられて行かれたカナリアの公演で知らされた異母姉の存在。

 何も知らず、綺麗な場所で母親にぬくぬくと愛されて幸せそうに笑うエレナの姿。

 父親は同じだというのに、サザンドラ子爵家に入り込むまで私生児として蔑まれた日々を過ごした自分。


「アンタさえいなければっ!」


 自分はこんなにも今も苦しいのに、エレナだけが愛される。その現実はマリナにとって到底受け入れられるものではなかった。


「……悲しい、音」


 悲しくて、苦しくて、軋むような痛みを伴う音がマリナから聞こえる。

 その感情には覚えがあって、エレナの意思とは関係なく紫水晶の瞳から涙が零れ落ちた。


『アンタなんか、生まれて来なければよかったのよ!』


 サザンドラ子爵家にいた頃、幾度となくそんな言葉を投げつけられた過去がある。

 存在を否定され続け、自尊心は擦り切れた。

 父にも義母にも可愛がられ、どんな物でも与えられる異母妹のマリナ。

 マリナは自分とは違い、誰にでも愛される存在なのだとエレナは思っていた。


「"諦める"事を選んだ私とは違って、"奪う"事を選んだあなたは何でも持っているのだと思っていた。でも、そうじゃなかった」


 カナリアの務め以外では自由に外に出る事も叶わなかったエレナにとって、あの屋敷の出来事だけが世界の全てだったのだ。

 だけど、バーレーで過ごした日々と差し伸べられた手の温もりを知った今なら思う。

 形は違えど、マリナも自分と一緒だったのかもしれない、と。


「あなたも、ただ誰かに愛されたかっただけなのね」


「うるさいっ!!」


 カルマの魔法で"魅了"され操られているせいで、彼以外どうでも良くなってしまった今のマリナは、以前のように本音を隠す事ができなくなっていて。

 愛し方も愛され方もわからずに。

 誰か、愛してと叫びながら、泣きじゃくっているその様はまるで小さな子どものようで。

 あれだけ苦しめられたというのに、マリナも辛かったのかと彼女に共感しそうになってしまう。


「アンタなんか、大っ嫌いよ!」


 マリナの細い指がエレナの白い首に絡み、そこに力が込められた。

 エレナは目を逸らすことなくエメラルドグリーンの瞳を見返しながらゆっくり意識を集中させ、自分の中の魔力の流れを辿る。


「〜〜〜♪----♪」


 身体中に巡る音を感じながら、エレナはそっと旋律を紡ぐ。

 魔力を歌に乗せ、魔法を編む。それは、エレナにしか使えない特殊な魔法。


「うっ、ああーーーー!!」


 エレナの首から手を離したマリナは耳を塞ぎ、苦しむように呻き声をあげるとそのまま倒れ込んできた。

 マリナを受け止めたエレナは静かに床に寝かせる。


「子守唄。目が覚めたら、"魅了"は解けているわ」


 エレナは顔にかかっていたマリナの髪をそっとどける。現れた顔は思いの外あどけなく、彼女から聞こえる音は穏やかに落ち着いていた。


「私はきっと、あなたがした事を許す事はできないと思う」


 処罰を与えなくてはいいのかとルヴァルに言われた時、"今が大事だから"とマリナに私的な復讐ではなく司法での裁きを望んだ。

 だが、正直にいえば今までマリナから受けた仕打ちの数々に思うところがないわけではなかった。

 

「でも、私はそれに囚われてこれから先を生きる気はないから」


 眠っているマリナに向けて、エレナは静かに言葉を紡ぐ。


「だから、あなたも好きに生きればいい」


 魅了を解呪しただけでマリナを見逃すのは、きっと国防を担うアルヴィン辺境伯の妻としては間違っているだろう。

 だから、これは自分勝手なワガママだ。そう自覚した上でエレナは自分のためにこれから先を選択する。


「私達、姉妹じゃなければよかったのにね」


 血が繋がっていなければ、お互いこんなに苦しむ事もなかったのだろうかと考えて、エレナはその仮定には意味がないと首を振る。

 それよりも、今はやるべきことがある。


「サザンドラ家やカナリアの役目を終わらせるのはその血を継いだ私の責務よ」


 これだけは絶対に譲らない、そう言ったエレナは着ていたドレスを脱ぎ捨ててマリナにそれをかけると、満月が見える窓の外に飛び出した。

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