表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/78

50.その歌姫は、戦闘する。

 自分を追ってくるその気配を"音"で感じ取りながらエレナはとにかく走り続けた。

 だが、視界の悪い中後方を気にしすぎたエレナは木の根に躓き、盛大に転倒する。


「……っ」


 立ち上がったエレナは痛みに顔を歪める。足を盛大に挫いたらしい。


「絶対、あき、らめないっ!!」


 バーレーでは、諦めた人間から死んでいく。

 ルヴァルの側にいたいなら、地を這いつくばってでも諦めてはいけない。

 自分を叱咤して足を引きずりながらエレナは宴の会場を目指す。

 だが、一際大きな音がして自分の目の前に何かが落ちて来た。


「何……コレ」


 見た事のないその異形の形をした魔物は、片手で他の魔物を腹にある大きな口に放り込みバリッ、ボリッと音を立てて貪りながら紅く妖しく光の目でコチラを見て顔にある口を歪ませてニヤッと笑った。

 それは一歩ずつゆったりとした足取りでエレナに近づいてくる。

 後ずさっていたエレナは背中に固い木の感触を感じ、動けなくなる。

 直ぐ後方には先程まで逃げていた魔物の呻き声が聞こえ、前方には大きな魔物が自分を狙っている。


「……イヤ」


 ぎゅっと胸の前で手を握りしめるエレナは、早くなった心音を落ち着けるように呼吸を繰り返す。


「……ルル」


 そうつぶやいたエレナはルヴァルの青灰の瞳を思い出す。

 死にたくない。

 まだ、ルヴァルに自分の気持ちさえ伝えていないのに、こんな所で死ぬなんて絶対にごめんだ。 


「私は死ねない、の!!」


 エレナは震える手で護身用のナイフを握ると力強くそう叫ぶ。


『ガァーーー』


 その瞬間、目の前で魔物が爆ぜた。


「当たり前だ。俺の目の前でそう簡単に死ねると思うなよ」


 倒れた魔物の向こう側で耳に馴染む声がした。


「よく頑張ったな、レナ」


 青灰の瞳がエレナを捉え近づく。


「……ルルっ」


「悪かったな。野暮用でアーサーに捕まっていた」


 ルヴァルはうずくまるエレナに傅き彼女を片手で抱え上げると、


「しっかり捕まっとけ。一気に片す」


 怖かったら目を閉じておけと短く告げる。


「私、邪魔じゃ……それに、すごい数」


「バーカ。エレナ一人抱えたくらいじゃ、足枷にもならない。つーかお前もうちょい肉食って体重増やせ。相変わらず軽すぎる」


「……ルルってふくよかな人が好きなの?」


 肉が足らないというルヴァルに、緊張感がなくなったエレナはそう尋ねる。


「そういうわけじゃねぇが、レナは細すぎる。今日もほとんど食べなかったろ」


「……それはコルセットがキツめだったから」


 あと緊張し過ぎて胸がいっぱいだっただけと言ったエレナは、突然の振動に驚き反射的にぎゅっとルヴァルに身を寄せ抱きつく。

 片手で軽々と剣を振い襲いかかって来た魔物を滅したルヴァルは、


「あーまぁ確かに以前と感触が」


 と言いかけるも、


「……ルル、デリカシーって言葉知ってる?」


 バーレーの氷より冷たさを感じさせるエレナの声音と共に紫水晶の瞳に睨まれたので、


「……悪かった」


 反射的に謝り口を噤んだ。


 魔物が湧く沼地が発生した可能性を聞き、ルヴァルはエレナの指示する方へ走る。一回の討伐数が増えるに従い、魔物の纏う瘴気が、濃くなる。


「まだ先か?」


「うん、でももう少しだから」


 そう言ったエレナの耳がその音を拾うより早く辺り一体が眩しく光り、突然のその強い閃光によって一瞬にしてエレナとルヴァルは視力を奪われた。


「……エリオット、様?」


 光が収まった後は、真っ暗な闇でそこで確かにエレナはエリオットの声を聞いた。

 "君が悪い"という、苦しげなエリオットの言葉(おと)を。


「この状況で他の男の名前呼ぶんじゃねぇよ」


 イラッとした声に思考を引き戻されたエレナは、金属と何かが擦れる音と断末魔をすぐ側で聞く。


「ルル」


 見えない状況(視力を奪われた状態)で、ルヴァルが剣を振るっているらしいとエレナは把握する。


「ねぇ、私の事降ろした方が」


「嫌だ」


「イヤって」


「言ったろ。足枷にもならないって。それに、なんか負けた気がするからヤダ」


「……そんな子どもみたいなこと」


 この人は一体何と勝負しているのだろうかとエレナが思ったところで、何かが弾かれる音がした。

 

「……ッチ。剣を持っていかれたな」


「ねぇ、ルル」


「"炎爆"」


 私の事は捨て置いてと言おうとしたエレナの耳に短い詠唱が聞こえ、とても近くで燃えるような熱を感じる。


「ルルって、火属性使えたの?」


 驚いた声でエレナはルヴァルに尋ねる。

 アルヴィン辺境伯といえば、北部の支配者らしく代々絶対零度の氷属性魔法のスペシャリストというイメージだったのだが。


「普段使わないだけで、魔法の基本四元素とその派生属性は全部網羅してんだよ。まぁ、さすがにレナみたいに特殊魔法は無理だがな」


 あっさりと常人離れした事を宣ったルヴァルは、


「だから何度も言っている。足枷にすらならねぇって」


 好戦的に笑うとパチンと指先を鳴らし爆音を響かせる。


「さぁーて、城内で騒ぎを起こして(俺に喧嘩を仕掛けて)くれたんだ。派手に反撃させてもらおうか」


 あ、今絶対ルルは悪い顔をしてるわと思ったエレナは、こんな状況(魔物討伐中)だと言うのにクスリと笑みをもらしてしまう。

 ルヴァルから聞こえる全ての音がいつも通りで、大丈夫なのだと安心できたから。


 不遜な態度を取るだけあって、ルヴァルは圧倒的に強かった。

 とはいえ、一対無数の終わりの見えない戦いは、どう考えてもコチラが不利だ。


「……埒があかねぇな」


 さて、どうするかとルヴァルは独り言を漏らす。


「……ルル、私に提案が」


 言いかけたエレナに、


「まだ、使うなよ」


 エレナが言わんとする事を察したルヴァルは小声で短く返す。


「切り札ってーのは、ここぞという時に切るから絶大な効果を発揮するんだ。今じゃねぇ」


 そう短く嗜める。

 ルヴァルがまだ使うな、というならこの力は使ってはダメなのだろうとエレナは自分の無力さを噛み締める。


(考えないと。この状況で私にできる事)


 暗闇の中でエレナは全神経を研ぎ澄まし、音を拾う。

 音から察するにかなり連発して様々な魔法を駆使しているルヴァル。

 しかも外さないように標的が近づいて来てから魔法を発動させている。

 魔物を討伐するには、魔核と呼ばれる魔物の心臓部を潰さなくてはならない。通常の状態であっても常人なら魔法を正確にそこに当てる事は困難だ。

 目の見えない状態では、尚更厳しいに違いない。それを難なくやってみせるルヴァルは本当にすごいと彼の能力値の高さを思い知る。

 そうして情報を整理した音の向こうに、反発し合い爆ぜる澱んだ歪みの音を見つけた。


「……ルル、魔法の最高飛距離どのくらい?」


「半径5キロだな」


「十分! ここから3時の方向、距離4000。そこが魔物の沼地の中心地」


 音から割り出した場所を正確に伝えたエレナの髪をぐしゃっと撫でたルヴァルは、


「しっかり両耳塞いでおけ。レナにはちとキツいだろうから」


 一発で仕留める、と宣言する。エレナが両手で耳を塞いだ直後、鼓膜が破れるのではないかと思うほどの何かが吹き飛ぶ音と飛ばされそうなほどの衝撃を伴った激しい風が吹き抜けた。


「……終わっ……た?」


 あれほど聞こえたいた飢えた呻き声が綺麗になくなり、衝撃波が全て収まった頃エレナはゆっくり目を開ける。

 閃光で眩み失っていた視力が元に戻り、紫水晶の瞳に情報がもたらされる。

 視界の狭さに瞬き、すぐさまルヴァルに抱きしめられているのだと気づく。

 どういう状況!? と赤面しかけたところで、先程自分で挫いた足の怪我以外痛みがない事に気づいたエレナはルヴァルが身を挺して庇ってくれたのだと理解が追いつく。


「ルル、ありがとう。もう離しても」


 大丈夫、とエレナが声をかけようとした所でルヴァルから力が抜ける。


「ルル? ……ルル!!」


 ぐらっと倒れかけたルヴァルを支えた手にべったりと赤色の液体がついた。

 鼻が麻痺しそうな程の魔物の異臭のせいで、こんなに近くで流れる血の匂いに気づかなかった。


「ルルっ!! ヤダ、ルルーーーー!!」


 静寂を取り戻したその場所で、騎士団が駆けつけるまでエレナの叫び声だけがこだましていた。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!

していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!

ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ