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15.その歌姫は、初めてと遭遇する。

「そういえば、まだちゃんと城内やその周辺を案内した事がなかったな」


 そう言ったルヴァルはエレナを部屋から連れ出した。

 エレナはただ静かにルヴァルの後をついて行く。


(……ここは?)


 連れて来られた先は城外で、馬小屋を大きく丈夫にしたような造りの建物が崖のすぐそばに立ち並んでいた。

 人が落ちないように柵はしてあるが、それでも谷底から噴き上げてくる強風に煽られて近づくのを躊躇い足が止まる。


「エレナ」


 差し出された手とルヴァルの顔を交互に見たエレナは、そっと自分の手を重ねる。

 初めて重ねた手は自分のものよりもずっと大きくて厚みがあり、日頃から鍛えられているのだと分かるほど力強かった。

 今までルヴァルの事を中性的な顔立ちの綺麗な人だと思っていた。だけど彼を構成するパーツの中で、この手は間違いなく男の人のモノで、急にそれを意識したエレナは大きく跳ねるように音を立てた自分の鼓動に驚いて、反射的に手を引こうとする。


「悪い、痛かったか?」


 ルヴァルに聞かれエレナはブンブンと大きく首を振る。風に靡いて乱れたエレナの黒髪をそっと耳にかけたルヴァルは、


「今日は風が強いから」


 それだけ言ってくるりと背を向けるとエレナの手を引いて歩き出す。


(私ったら、一体何を考えているのかしら? ルヴァル様はただ危なくないようにと手を引いてくださっているだけなのに)


 ルヴァルが優しくて、勘違いしてしまいそうになった自分を恥ながらエレナはその大きな背を見つめる。


(もう誰かに愛されたいなんて、欲張ったりしないわ)


 自分の分は弁えている。

 ルヴァルは惚れた腫れたで妻を選ぶタイプではないだろうし、ましてやこんな眩しいくらい多くの人に慕われる人に自分が愛され選ばれるなんて自惚れられる程エレナは自分に自信を持つ事はできなかった。


 その小屋にいたのは、大きなドラゴンだった。南部で生まれ育ったエレナがドラゴンを見るのは初めてで、エレナはその姿に目を見開く。


「見た目は怖く見えるかもしれないが、コイツはうちにいる中でも特に大人しくて賢い奴だ」


(怖い?)


 ルヴァルの言葉にエレナは首を傾げる。

 大きな爪と水色に輝く鱗に覆われたその姿は神々しいのに、エレナを見返す黒い目はどこか慈愛に満ちている。

 それに何よりこのドラゴンから聞こえてくる息遣いや心音はとても落ち着いて優しい。

 なんて綺麗なんだろうとエレナは思わずドラゴンに手を伸ばす。

 するとドラゴンはエレナに応えるようにグルグルと喉を鳴らして頭を下げ、自らエレナに撫でられようとするかのようにエレナの手に擦り寄ってきた。

 鱗に覆われた身体とは違い、ふわふわの毛が生えた頭頂部や顔はとても触り心地がよく暖かい。


(とってもいい子)


 エレナが優しくドラゴンを撫でるとグルグルと優しく鳴いたドラゴンは目を閉じて気持ち良さそうにエレナに頭を押し付ける。


「……ふふっ」


 その動作が可愛くて、ふわふわのドラゴンの顔に額を押し付けたエレナからは自然と笑みが溢れていた。


「……驚いたな」


 いくらこのドラゴンがここにいる個体の中で一番大人しいとはいえ、初対面の人間にここまで心を開くことはまずない。

 それにだいだいの人間は魔獣を怖がるものなのだが、初めてドラゴンを見るだろうエレナは怖がるどころかまるで犬猫でも相手にするかのように躊躇うことなくドラゴンに触れた。

 何よりも、表情に乏しく声など出した事もなかったエレナが満面の笑みを浮かべてドラゴンを大切そうに撫でている。


(これが神獣の加護を受ける人間の特性なのだろうか?)


 ルヴァルは普通ならあり得ないその光景を青灰色の瞳に映しながらそんな事を考えた。



「上空を一周りしようかと思っているんだが、エレナも乗るか?」


 しばらくドラゴンと戯れるエレナを見た後で、ルヴァルは静かにそう尋ねる。

 ルヴァルの言葉に反応した1匹と1人がばっと自分の方を向く。

 ドラゴンは空の散歩に出られるのが嬉しくて。

 エレナは触るだけでなく乗ってもいいのかと好奇心と期待に満ちた眼差しで。

 どことなく似通った全く違う種族からの2つの視線にルヴァルは思わず喉を鳴らして笑う。


「ふ、怖くないか? は杞憂だったな」


 まぁ元々そのつもりで彼女をここに連れて来たのだが、そんなに期待されると応えてやりたくなってしまう。


「準備するから少し待て」


 ポンポンとエレナの頭を軽く撫でると、ルヴァルは飛行の装備の準備をするために小屋の奥に進んでいった。


(ルヴァル様って、あんな風に笑うんだ)


 残されたエレナはその背を見送りながら、驚いたように目を瞬かせ、熱を持った自身の頬に手を当てて、落ち着いてとうるさくなった自分の心臓に言い聞かせた。

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