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14.その歌姫は、ここにいられる理由を求める。

 ティータイムの後針仕事を再開していたエレナが手を止めじっとドアを見つめた。

 そっと懐中時計に目を落としたリーファは時間を測りながらその様子を観察する。

 エレナの紫水晶の瞳がリーファに向けられ、


『お茶の用意をお願いできるかしら?』


 彼女が事前に書いていたページをリーファに示すまで約3秒。


「承知いたしました」


 にこやかに了承を告げたリーファがあらかじめ準備していたティーセットを準備したところでノックがした。

 リーファが時計を確認したすれば、初めにエレナが手を止めた所から2分程経過したところだった。

 リーファがドアを開ければそこには予想通りルヴァルがいた。


「エレナ、変わりないか?」


 顔を覗かせたルヴァルがいつもと同じ口調でそう尋ねる。

 広げていた手芸を片付け終わったエレナは立ち上がってカーテシーをし、ルヴァルを見てコクンと頷く。

 少し緊張した様子だが、初めの頃より随分柔らかな表情を浮かべルヴァルを迎えるようになった。

 そんなエレナを見ながら、ルヴァルは恒例のようにエレナにお菓子を差し出す。本日は色とりどりのマカロンだった。

 ありがとうございますと書かれたページを示してからそれを受け取ったエレナは、少し迷ってから、


『本日のおやつはすでに頂いてしまったので、後でいただきますね』


 と文字を綴る。以前は言い出せずに頑張って食べていたのだが、先に伝えておかないとリーファが止めるまで無限に食べさせられてしまうことになり正直胃にも身体にも優しくない。

 なので、伝えても大丈夫なのだと分かってからは言うべきことはキチンと伝える事にした。


「そうか。少し遅かったな」


 さして気にする様子もなくルヴァルはさらっとそう流す。

 エレナはルヴァルの言葉を聞いて少しだけ微笑む。

 こんな何気ないやり取りができるくらいには、ルヴァルと打ち解けることができた。そんな相手がいる事が心の底から嬉しくて。


『あとでみんなでいただきます。マカロン嬉しいです』


 エレナの言葉を読んだルヴァルはそうかと抑揚のない声でそう言った。

 初めは威圧的に感じたこの態度もルヴァルが世間で言われているような冷酷無慈悲な暴君などではないと知っている今はさして気にならなくなった。

 むしろ飾り気もお世辞もないルヴァルの態度や言葉に好感すら持っているのだから自分の適応力は実は結構高いのかもしれない、とエレナはそんな事を思う。


『お時間あるなら、一緒にお茶はいかがですか?』


「ああ、頂こう」


 エレナは静かに微笑んで、リーファが準備してくれたティーセットでお茶を淹れる。

 いつもルヴァルの訪問は突然なのだが、ルヴァルが来た時はエレナがお茶を淹れもてなすというのが当たり前となりつつあった。

 慣れた手つきでお茶の準備をしていくエレナを見守るルヴァルにそっと近づいたリーファはエレナに見えないようルヴァルにメモを渡す。


『約2分。識別可。魔法の発動感知せず』


 簡潔に書かれたそれを読んだルヴァルは無詠唱で魔法を構築し、メモから文字を抜き取ると掌でそれを潰した。

 そのタイミングでエレナがくるりとコチラを向き、お茶の準備ができたと動作で示す。

 少しずつ感情を見せてくれるようになってきたエレナの表情からは、ルヴァルが使った魔法に気づいた様子は感じられない。


「ありがとう。もらおうか」


 ソファに座ったルヴァルはそういうと一口お茶に口をつける。

 今日エレナが淹れてくれていたのは、ほうじ茶だった。先日好みを聞かれた際答えたから用意してくれたのだろう。


「……美味いな」 


 温度は熱めで、香りも良く濃さもルヴァルの好みのものだった。

 ルヴァルの言葉を聞いて、ほっとしたような嬉しそうな表情を浮かべるエレナを見ながら、


(これが演技だとは到底思えないんだがな)


 とルヴァルは内心でそう思う。

 あらゆる事態を想定し、相手を観察しておく事は重要だ。だが、警戒心の塊で表情の乏しかったエレナは、慣れてしまえばただただ素直な人間にしか見えない。

 何度か実験を繰り返したが、だいたいエレナが自分の事を感知するのはこの部屋に辿り着く2分前。距離にして約200mといったところだろうか。

 そしてエレナがお茶の準備をリーファに指示するのはルヴァルが部屋を訪れる時だけで、彼女はドアを開けられるより前に来訪者を識別できているらしかった。

 魔力回路が故障したエレナは魔法の類を使えないどころか、魔法の発動すら認識できない状態である事は間違いない。


(考えられる可能性は"音"か。信じがたい話だが)


 天から落ちる雨音を聞いてその先を当てたくらいだ。エレナの耳は常人のそれを遥かに超えた音を拾うのかもしれない。

 リーファが、まだ監視を続けるか? と視線だけで尋ねてくる。ルヴァルは少しだけ思考を巡らせ、不要と合図を送った。


(まぁ、いずれにしても問題はエレナが自分の特異性に気づいていない、ということだな)


 リーファには口止めしているが、いずれ露見する可能性が高い。

 ルヴァルはエレナの顔をじっと見る。

 過去の自分が直接関わっていない出来事はほとんど朧げにしか覚えておらず、南部の領地にいたはずのエレナの直接的死因も時期もルヴァルには分からない。

 誰にいつどんな風に殺されたのか特定できない以上、エレナの身に及ぶ危険は可能な限り取り除いておきたいのだが、果たしてこの特異性を自覚させる事が吉と出るか凶と出るか、今時点では判断がつかない。

 さて、どうするかと考えるルヴァルの目の前に座るエレナが自分の事をじっと見ていた。


「どうした?」


 ルヴァルに尋ねられ、躊躇いがちに紫水晶の瞳を何度も瞬かせ、ゆっくりと深呼吸をしたエレナは意を決したようにスケッチブックをめくり文字を綴る。


『お願いがあるのです』


「お願い?」


『私に、何か役割をくださいませんか?』


「役割?」


『自分の分は弁えています。ただ私を置いて頂ける理由が欲しいのです』


 真っ直ぐに自分を見てくる紫水晶の瞳は、


『私にも利用価値はありますか?』


 と尋ねる。

 ルヴァルははっとしてエレナを見返す。彼女は静かに頷くと寂しそうに笑った、


『私に何をお望みなのですか?』


 エレナは丁寧に文字を綴る。自分がじっとエレナを観察していたように、彼女もまたここに来てからの期間自分の夫になった相手について知ろうとしていたらしかった。

 彼女の気持ちは置き去りにして、半ば強引にサザンドラ子爵家に縁談を申し込み、妻としてバーレーまで連れて来た。

 辺境伯という肩書きとルヴァルの見目は放って置いてもうんざりするほど女を惹き寄せる。自惚れではなく、夜会に出れば常に秋波を送られるルヴァルは、今世でエレナと出会ってから一度たりとも彼女からそのような期待を込めた視線を送られた事がない事に今初めて気がついた。


『もし、私に差し出せるものがあるのなら、心置きなく利用してください』


 その一言で、ルヴァルはエレナには無条件に誰かに愛されるという発想がないのだと知る。

 それはエレナが今まで置かれていた境遇が良くないモノであったと悟るには充分過ぎる重さを持っていた。

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