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11.歌姫の元婚約者は、変えられない"もしも"を思う。

 カナリア。

 その存在は、かつてこの国に繁栄をもたらした。

 彼女達を保護するパートナーに選ばれる。それは名誉な事だった。

 だが、それももう昔の話とエリオットは思う。

 その力は、ヒトの営みや歴史の中で薄れていき、たった一人となってしまった今代のカナリア、エレナの魔法は歴代のカナリア達と比べてもその力が強いとは言えなかった。

 サザンドラ子爵領が豊作なのは気候に恵まれ、土地柄災害が少ないためであったし、本当にエレナの歌のおかげで豊かさが保証されるなら、彼女が後継者教育と称して領地の管理や対策などに追われる事もなかっただろう。

 様々な魔法工学が発展を遂げた今のこの国では、もはやカナリアの力などセレモニーの際に人々の関心を引くための催しの一つでしかない。

 エレナ・サザンドラは、普通の人間なのだ。人とは少し違う魔法の使い方をする、歌が上手いだけの。


 幼少期婚約者としてエレナに引き合わされたとき、一目で彼女に恋をした。

 紫水晶の瞳を輝かせ、物怖じする事なく堂々と人前で歌声を響かせるエレナ。そんなエレナの姿が眩しく、彼女の婚約者として隣にいる事が誇らしかった。

 エリオットは自分の生涯をかけて彼女を愛そうと誓った……はずだった。

 だが、いつからか気づいてしまった。

 自分は彼女の添え物でしかない、という事に。

 侯爵家の生まれでありながら、次男である自分は爵位を継ぐ事はできず、出来の良い兄に何一つ敵わない。

 その劣等感の上に、カナリアとして持て囃されるエレナの存在を負担に感じはじめた時だった。彼女の上に暗雲が立ち込めたのは。


 初めは小さな傷だった。恥じ入るように隠すエレナの手を取って、慰めの言葉をかけた。

 エレナは自分に縋り付いて声を殺すように泣いていた。

 その時エリオットが感じたのはエレナに向けられる理不尽な暴力に対しての怒りではなく、彼女が頼れる先が自分しかないという状況に対しての高揚感だった。

 サザンドラ子爵がエレナの父に変わってから、異変はいくつも起きていたし、当然エリオットは全て把握していた。

 エレナの母親の形見が失くなる。

 エレナに贈ったはずの装飾品がいつの間にかマリナ(異母妹)の手に渡る。

 エレナが使用人のように扱われ、理不尽な要求を飲まされ、虐げられる。

 義母と異母妹が来てからのサザンドラ子爵家での生活にエレナは苦しみ、表情を失い、元の活発な彼女からは考えられないほど大人しくなっていった。

 その度にエリオットは甘やかすような優しい言葉と慰めをエレナに与え続けた。

 そうすればエレナの紫水晶の目に映るのは自分だけで。

 エレナにとっての希望も救いを求めるように伸ばされる腕も自分にだけに向けられたから。 

 だから、ウェイン侯爵家にはエレナの置かれている状況を一切報告しなかった。

 エレナにはもう少しの辛抱だから、と言い聞かせて。


 カナリアである彼女の唯一。

 その状況はエリオットを酷く満足させた。歪んでいる自覚はあったけれど、それでも確かに彼女を愛していた。

 だから、魔物に襲われた時彼女を守りたいと思った気持ちも身を挺して庇った行動もエリオットの本心だった。

 それを踏み躙ったのは、ほかの誰でもないエレナだった。

 守るべきカナリアに守られて、能力を失わせた。それは、絶対にあってはならない事だった。

 複数の魔物の前に飛び出して、怯む事なく声の限り歌い続けたエレナ。

 その姿は神々しく、そしてエリオットを惨めにさせた。

 いっそのこと責めて欲しかった。

 それなのに病室で出会った彼女は『あなたが生きていてくれて嬉しい』と文字を綴ったのだ。

 魔法が使えなくなり、声も出せなくなったというのに、こんな状況に追いやった自分の事を一切責めず、真っ直ぐ信じるエレナの紫水晶の瞳を見て急にエリオットは怖くなった。

 どこで間違えたのだろう、とエリオットは頭を抱える。

 愛していたはずだった。

 守るべき相手のはずだった。

 なのに、今エレナがこうなった全ての原因は自分にある。

 まるで人形のように感情を出さないエレナの紫水晶の瞳を見ていると、その罪悪感に押し潰されそうだった。

 そんな時だった。


『可哀想なエリオット様』


 囁くように、マリナに言い寄られたのは。


『お姉様の婚約者にされたばかりに、こんな苦悩を押し付けられるなんて』


 それは、甘く、毒気の孕んだ、甘美な逃げ道だった。

 マリナだけが分かってくれた。

 マリナだけが寄り添ってくれた。


『悪いのは、ぜーんぶ、お姉様。なのですよ』


 違う、と分かっていた。

 だけど、マリナの言葉に抗えなかった。

 弱い部分を的確に見透かされ、心地の良い言葉を囁かれたエリオットが、マリナに落ちるまでそう時間はかからなかった。


"もしも"とエリオットは思う。

 婚約破棄をしたあの日、最後に彼女の名前を呼んだ時、エレナが縋るように手を伸ばしてくれていたら、と。

 そうしていたら、エレナの事をサザンドラ子爵家から連れ出して、今度こそきっと何に変えても彼女の事を守ったのに、と。


「エリオット様、ふふ。怖いお顔」


 鼻にかかるような甘ったるい声でマリナがエリオットを呼び、後ろからぎゅっと抱きしめる。


「要らないモノは捨ててしまえばいいのです。あなたの目に入る事がないように」


 だって、ほら、あなたを悩ませ不幸にする人間なんて目障りなだけでしょう?

 心底楽しそうなマリナの声を聞きながらエリオットは小さく頷く。


「大丈夫。私はあなたの味方ですわ」


 きっともう、自分はマリナに逆らえない。

 マリナの指に光る指輪を見ながら、エリオットは考える事を放棄した。

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