鈍感
三題噺もどき―さんびゃくよんじゅうろく。
ようやく秋めいてきたと思ったら、すぐに暑さが戻ってきた。
戻ってきたは言い過ぎかもしれないが……暑いとしかいようがないんだから仕方あるまい。
いい加減、昼間の熱はどうにかならないんだろうか。
「あついねぇ……」
「そうですね…」
まぁ、もしかしたら、緊張で体温が上がっているだけかもしれないんだけど……。
今どうしてこうなっているのかが、全く分からないんだが。
なにがどうなってこうなった……。
「ぁっ~……」
「……」
誰が、こんな状況で冷静でいられると思う。
隣に、お憧れならぬ思いを寄せている相手が座っていて。
おまけに会話まで求められたりもしてしまって。
平静を保っていられる人が居るわけがないだろう。
……もし、そんな人が居るなら、どうして緊張しないでいられるのか、教えて欲しいものだ。
「バスは次のやつに乗るの?」
「ぇ、あ、はい」
田舎にある、小さなバス停の中。
自分と相手以外は誰もいない。
時間的には昼間。太陽はほぼ真上に上っている。
土日はこの時間にバスがあったりはしないのだが、平日の昼間は一応走っている。
一本逃すと時間をつぶすしかないが。
「おんなじやつだねぇ……」
「この時間あれしか走ってないですからね……」
今日は昼から職員会議か何かすると言って、平日ではあったが午前授業だった。
だから、帰宅するためのバスに乗るために、今ここに至る。
他の同級生は、部活だったり、自転車通学だったりで、バスを使うことはそうそうない。
自分自身もホントは自転車通学なのだが、今朝壊れた。
壊れたと言うか今朝乗ろうと漕ぎ出したら、パンクしていたのだ。
で、もう間に合わないからと、朝は母に送ってもらい、帰りはどうにもできないのでバスということだ。
「……」
「……」
そしたら、これだ。
まさかの、相手がバス停に居たのだ。
バス通学だったのかこの人……と思ったが、同じような事情だったらしい。
普段は自転車通学をしているようだ。
一度もすれ違ったりしたことないけど、何時に学校に向かっているんだろうか。
同じ方向のバスということは、会いそうなものだけど。
「あついなまじで……」
「……」
想い人は、他に人が居ないことを言いことに、ベンチに広めに座っている。
自分は汗をかいているので、あまり近づかないように端の方に座っている。
そんな距離感のままで、突然話しかけられた。
それから、こちらは俯いたままに、顔は見れないまま、会話をぽつりぽつりとしている。
たまたま、制服が同じだということに気づいた相手が、声を掛けてきただけなのだが。
……なんという幸運か。
「……」
「……」
何度も訪れる沈黙。
それに耐えきれないわけではないが、少々息苦しさは否めない。
かと言って、自分から話しかけるなんてことは、できやしない。
だって、想い人だ。
そんな人に平静を装った状態で、自分から話かけるなんて……それができるほどメンタルは強靭でもない。
「……」
「……」
隣からは、何かを仰ぐような音か聞こえてくる。
それに混じって、小さな石のようなものがぶつかる音。
正確には、制服のカッターシャツの首元やら余った布やらを、揺らして涼をとっているんだろうけど。
その度に、何かふわりと香ってくるのはなんだろうか。
気のせいかもしれないけど。……変態みたいでいやだなコレ。
「……」
「……」
チラ―と、隣を見やると。
案の定というか、思っていた通りというか。
カッターシャツの上のボタンを少し開け、そこから空気を送っている。
衝突音の正体は、その右手につけているブレスレットのようだ。
小さな丸い石のようなものが、1つに繋がり、腕に通されている。
ああいうのは、本来禁止のはずなんだが……。
「……ん?」
「……ぁ、いや」
少し覗いてみただけのつもりだったが、気づかれてしまった。
視線の意図がばれないようにと、慌てて背ける。
けしてやましいものではないつもりだが、視線の感じ方は受けとる側に権限がある。
そのつもりはなくとも、そうだと相手が言えば、それが正解になる。
「……」
「……」
仕返しだと言わんばかりに、じぃと見てくる。
完璧に目を合わすことは出来ないが、どうやっても視界に入る。
好きな人の、顔が。
こちらを見ていると、自覚ができる形で。
「…………」
「……???」
確かに、こちらから視線を送りはしたが、そこまで何か気に障ったんだろうか。
それとも何か顔についている?
だとしても見過ぎだと思うが……もしやこちらもそれぐらいの時間見てしまっていたのだろうか……。
「……」
「……あの……??」
「……」
「……??」
「……」
「……??」
「……ぁ」
「……?」
突然、声が漏れて、視線が逸れた。
何事かと思えば、後方からエンジンの音が聞こえた。
どうやらバスが来たようだ。
もしや、バスが来るのを確認していただけなのだろうか。
「バス来たねぇ」
「ぇ、あ、はい。そうですね……」
ホントになんだったんだ……。
いや、こちらとしては、嬉しいと言うかなんというか。
何とも言えない気分にさせられて、してもらってという感じなので。
緊張と混乱に襲われて、何が何やらというのは否めないが……。
「ん~……」
「……?」
何だろう。
何かがまだ気に入らないらしいが……。
気に入らないというか、気になっているのか?
分からない……。
想い人ではあれど、遠くから勝手に想っていただけだし。
その人を知ろうと言う事までやろうと言うタイプではないのだ。
プ―――
そうこうしているうちにバスが停まったようだ。
空気の漏れるような音と、大き目の音が鳴る。
…まて、同じバスって言ってたよな。この空気で同じバスに乗るのか?
「……乗らないんですか?」
そのはずなのに、一向に動く気配がない。
なんというか、未だに視線がこちらから外れていない気がするんだが……。
「ん。よし」
「???」
そう言って、ようやく立ち上がったと思えば。
踵を返した。
「じゃぁね~」
「ぇ……??」
ひらりと手を振りがら、バス停の外へと向かっていく。
よく見ればそこに自転車が停まっていた。
ぇ……?ホントになんだ?
いや、そもそもどうして自転車があるのにこのバス停にいたんだ?
プ―――
「あ!!」
再度慣らされた音に、我に返る。
乗らないと、次まで時間が長いのだ。
混乱のままに、急いで乗り込む。
全く訳が分からなかったが……。
まぁ、いい思い出として記録しておこう。
お題:カッターシャツ・右手・わからない