episode1.3
一部第三話
『小娘が説く、勝利の鉄則と孫子の兵法』
”先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ──”
アメリアの尊敬する孫子は言っている。先ず己が相手に勝てる体勢を作ってから、尚相手に隙が生まれるのを待ち万全を期せと。
では、アメリアが現在、父と全面戦争した場合の勝率は?
兵員は二名、増援なし。銃とナイフと格闘に小慣れた兵士二人で、数千に渡る極大ユーロマフィアの構成員全てを相手取る──映画の主人公じゃあるまいし。
「……ゼロ。」
溜息混じりに吐き出した数字は、何をやっても誤魔化せない。
負けるつもりは毛頭ないが、今の自分に足りないものがあるのも認めなければならない。マフィアの首領だろうがスポーツ選手だろうが、夢を追うとはそういうことだ。
「アメリアちゃん、なんか悩み事?」
呆れに似た感傷を一秒で見抜いて来たのはエステラだった。
「何で判るかな。顔に出てた?」
「ううん、全然。」
ここまで来るとエステラの鋭さが怖くなってきた。
今二人の居る場所は学校の教室、数学の授業中。窓際の列の最前列にエステラの席が、その一つ後ろにアメリアの席がある。後ろを向いて歓談とは授業放棄も良いところだ。
ちなみに、無駄話を注意されるのは毎回エステラ。学生生活とは不条理なものだ。
「悩み事なら、私に出来ることなんでもするよ?」
「じゃあマシンガン持ってマフィア撃ち殺してくれない?」
「うんうん……うん!?」
「冗談だよ。」
こんな風に無駄口を叩いていると自分の目的を忘れてしまう。エステラと話していると腑抜けてくるのだろう、アメリアの唇は自然と綻んでいた。悠然と頬杖をつき窓の外から射し込む光に照らされた埃を目で追う仕草が、見て分かるほどのリラックスを示している。
ある意味、己に残された最後の良心はエステラなのかもしれない──
──ふと、窓の向こうの校舎の時計塔の窓に人影が見えた気がして、それから視界が弾けた。
「っ!?」
反応が早かったのはエステラだった。悲鳴を喉の奥に押し込むと、他の生徒も教員も固まる中すぐに振り向きアメリアの様子を確かめる。
血に濡れた黒髪、散らばったガラス片、弾痕を境に真っ二つに引き裂かれた机。窓ガラスに開いた穴がその威力を物語っている。
「──あー、痛い。」
落ち着いた、それでいて僅かに震えた声。アメリアの顔が持ち上がる。
「アメリアちゃんっ!?良かった、生きてた!とっとりあえず保健室…ケーサツ!?病院!?」
弾丸は直撃しなかった。ガラス片が刺さった所は痛むが、大した怪我はない。
射撃地点は凡そ六、七十メートル程度離れた校舎内部の時計塔。……敢えて外した?まさかね。
机に刻まれた弾痕に顔を近付ける。弾丸はロングコルト弾、リボルバー弾──この距離をリボルバーで狙撃されていると言う事実。相手が百戦錬磨であることを理解する。
再び時計塔の窓に目を移すが、そこにはもう人影は無かった。
騒ぐエステラに視線を戻すと、ゆっくり口を開く。
「……エステラ。」
「ひゃいっ!?」
飼い犬の様にぴんと姿勢を正すエステラ。
立ち上がって彼女の前へ、赤髪の間にある白い額に顔を近付けて───
「大丈夫、行ってくる。」
乾いた口付けを落とすと、にっこり微笑んだ。
くるりと踵を返して、教室を後にする。アメリアの背中を見送りながら、エステラは額を抑えてぽっと火照った顔を俯かせた。
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「───ッにしても良い女だなァ~~……」
ロングコルト弾の造形を太陽に翳して眺める。殺すことに特化した形状、流線形に秘めたる爆発性を感じさせるデザインが美しい──ふと、弾丸の表面に自分のニヤけ面が映っているのが見えた。三白眼にオールバックの黒髪、尖り気味な歯を見せびらかして笑う様は自分でも見ていて気味が悪い。
「アメリアちゃんよォ、ホント…」
指先で弾いた弾丸がくるくると空中を舞う。素早く腰に携えたコルト・シングル・アクション・アーミーを抜き放つと、開いたローディングゲートにするりと弾丸は収まった。
空に黒光りする銃身を向けて一発、引き金を引くと同時に耳をつんざく爆音とロングコルト弾が放たれた。
腕から心臓に響く反動にうっとりした表情を浮かべて、甘い吐息を吐く───
「───殺しちまうのが勿体無ェぜ♡」