episode1.2
一部第二話
『RAGE OF TIATN』
───戦争が、始まった。
ガラスの割れた窓から覗く銃口へ、真っすぐに突っ込むコレツィオ。誰も援護しようなどと動く者はいない。マシンガンを握った数名は巨体が凄まじい速度で迫るのに若干の恐怖を示す。手の内にこの世の何よりも戦いにおいて心強い武器がある筈なのに。
アメリアもその気持ちが良く分かった。人間を数秒でミンチにするあの黒い筒が、何故か刃渡り5センチメートルの料理ナイフの様に頼りなく思えるのだ。否、コレツィオの顔が、体が、拳がそう思わせる。
「feu(撃て)!」
数人のうちの一人が一言叫ぶより寸秒早く、再び炸裂する9ミリ弾。軌道上に弾倉の中の残弾20発余りがぶちまけられ、フラッシュが視界を覆う。
些細にして最大の判断ミスは、全員が弾を残さず撃ち切ってしまったことだった。
獣が飛び出すように、身を這うように低く屈めて弾丸を避けたコレツィオが窓の外へ跳んだ。
小さな悲鳴が数度聞こえて、十数秒で場は静まり返る。
窓の外の惨状は言うまでもない。巨人の拳が、小さな敵を叩き潰しただけのことだ。
「───流石。父様はまだまだ現役だね」
ホールから事の次第を見ていたアメリアはミステリアスに笑った。かと思えば、腰から拳銃を抜くと、背後に銃口を向け発砲。ホールの入り口のドアに銃痕が刻まれ、扉の向こうでは悲鳴が上がった。別動隊、もうドアの前まで来ていたか。
「クリス、始末して。」
小声で囁くと、襟の内側に備え付けていたイヤホンマイクから返答が返ってくる。
「YES、迅速に。」
慌てて扉を開けて押し入って来た残党の前に立ちはだかる声の主。両手にバヨネットを握る姿に男は困惑する。それが、フードを目深に被った子供の様に小柄なクリスだったからに違いない。
「chevreau(子供)…?」
と、呟いた男は、次の瞬間口を「?」の形にしたまま、喉笛をバヨネットに切り裂かれて倒れた。
150センチメートル程度の小柄な彼に、男は瞬く間に殺されたのだ。
唸りながら拳銃を抜き銃口を向ける後続もまた、跳ねるように飛び回る彼のバヨネットで裂かれ、抉られ、次々に倒れる。
惨状を見せつけられたコレツィオの部下の一人は呟いた。
「恐ろしいな…」
さて、どっちが?
─────────────────────────────────────────────
「で、何もかも順調ですか?お嬢」
蝋燭一つのみを頼りに照らされた机の上に乗っかったチェス盤、盤上の駒。明かりのついていない暗い部屋で二人、アメリアと彼──クリス・アンデルセンは佇んでいた。アメリアは机に両肘を乗せ頬杖をついて、クリスは傍らに立っている。
「こんな所で綻びが生まれるようなら、私ははなから計画してないよ。
つまり何もかも順調さ、全く以て…」
全てが順調──南部の巨大組織を小突いて警戒心を煽りつつ、あえて犯人の背中が曖昧にチラつくような方法で我が組織の準構成員を殺害。更に両組織の上納金の輸送を妨害して互いを敵視させ、ボス同士の面会まで持って行く。当然何も知らない両名は突っぱねるだけ。そして今日のパーティーの前夜、情報屋の筋に大枚はたいて誤情報を流させ、パーティーにボスや幹部の面々が全員出席してこれからの方針を固める──しかも非武装で──と南部に誤認させた。
分かっていたことだが、ボスの暗殺は失敗。”巨人”と呼ばれ抗争において恐れられた父、コレツィオが或いは加齢で衰えてはいまいかと少し期待もしていたが案の定健在だ。最も、これはパーティーが始まる前のほんの前座でしかない。これから起きる抗争に乗じて父の首を取る、アメリアの壮大なる計画の幕開け。
計画通り、アメリアの眺める盤上でアメリアの並べた駒が整然と進退を繰り返している。蝋燭に照らされた彼女の瞳が、無邪気で冷徹な色を浮かべた。
「大変なのはここからさ。父様の暗殺、兄様達も退け、下部組織の信頼を勝ち取り、幹部も最低二人はこっちについて貰わないとね。───やって見せるけど。」
「つくづく思いますが、お嬢…貴女は恐ろしい人だ。誰も貴女を知らないのに、貴女は全てを知っている様で…」
「それは当然では?プレイヤーは盤上の駒の細工がどんな模様かはっきりと見える。駒はそうじゃない、ただ進むか引くかだけだからね。」
これがコレツィオの娘。これがアメリア・ジャックハート。
彼女の瞳が見据えるのは野望だった。父の椅子に己が座る野望。
白く滑らかな細い指が伸びて、盤上の自陣の据え置きの位置にいるキングを摘まみ上げ、敵陣のキングをそれで以て蹴散らした。敵陣に並ぶ白一色の駒達の最奥、キングの在る筈の部分にただひとつ漆黒の新たな支配者が君臨している。
「おや、ルール違反ですね。キングは八方に1マスずつ、ですよ。」
「分かってないね。キングはルールに縛られる側じゃない、ルールで縛る側なのさ。」
「これは酷い。それを言うなら貴女はクイーンでは無いのですか?」
「そしたら私の隣に立つに相応しいキングが必要になるだろう。そんなボーイフレンドが欲しいものだけど、居ないものは仕方ないさ。」
「では私が。」
「えぇ?」
蝋燭の炎が、呆れた声と小さい笑いで微かに揺れた。