episode1.25.5
閑話 序
『銃と火薬とアイツとだけが』
決闘。
良い響きだ。
例えば名誉のため、例えば愛する者のため。剣をとり銃をとり、互いに礼儀と誇りを持って闘いに望む。そのような名目の元に死ねたなら、或いは死ですら誇らしいのかもしれない。
と、そう思い込むための──誇りある闘いであり、誇りある死だと、自らの思考を正当化するための──決闘と言う、便利な単語。
そう言う、誇りだけが上塗りされた血みどろの名分の元に、二人は生まれた。
片や退役軍人の一家、片や保安官の一家。移民ブームがちょうど終わりを迎えた頃の米国南部、砂漠地帯の田舎にて。
アルバート・エヴァンス保安官。イタリア系である事も相まって、彼ら一家は多民族の少ない田舎の村落に馴染めなかった。転勤先の片田舎で大した仕事もなく、村民にも煙たがられ退屈な日々を送る保安官の父にとって、怪我で引退して辺境に流れ着いた新参者の元将校は目の敵だった。ドイツ系退役軍人──カスパール・イェーガー。妻を病気で失い、一人息子を連れて田舎へやって来た男。
彼らはどうにもうまが合わなかった。アルバートは明確に敵視し、カスパールは口に出さずとも嫌悪を滲ませる。近所の人間はみな二人の家には近付かず、度々起こる諍いに好奇の目を向けつつも遠ざけた。
彼らは不幸だった。西部劇で描かれるような劇的な人生を密かに夢見た保安官にはその村はぬる過ぎ、苦痛の蔓延る軍部からリタイアした元将校には冷た過ぎた。
アルバートは争いと血の気の中に心の解放を求めた。男手一つで息子を育てるカスパールはその血の気を好まず、また異なる存在に心の拠り所を求める──男が悩みに苛まれる時、必ず良くも悪くも大きな鍵となる存在……女だ。
彼は軍役中、難病に罹患した妻に先立たれている。村民にも遠ざけられた彼に振り向く女など居なかった──ただ一人を除いては。
サラ・エヴァンス。誰であろう、エヴァンス夫人。
出産後間も無く統合失調症を患い白痴のように呆ける事も多かったサラに、アルバートの夫としての献身も尽きかけて二人が言葉を交わすことも殆ど無くなった頃。サラにとっては、或いは白馬に乗って現れた王子のように現れた男──カスパール。或いは、彼の心の傷が彼女の"女"を目覚めさせたのかもしれない。密かにカスパールと会うようになったサラは、彼の前では本来の知的さを幾分か取り戻していた。
無論、誰かを置き去りにした幸福は長続きしない。
予定調和の如く──或いは、二人もいずれそうなることを薄々感じていたのかもしれない──二人の関係は、アルバートの耳に入ることになる。
妻の背信、傷付けられた自尊心、相手は目の敵にしていた男──この時代に生きる者にとって、銃を取るには十分すぎるほど十分だった。
"shoot-out──!"
口を衝いて出た言葉、取り消す理由はなかった。
数日後、村外れの砂漠平原。多くの興味本位の野次馬と、その最前列にそれぞれの我が子、そしてサラに囲まれて、二人は腰に銃を携え向かい合った。
その時、彼ら二人の我が子は初めてお互いの姿を見た。アルマ・エヴァンスとサミュエル・イェーガーの出会いである。
何か大きな、棒状のものを包んだぼろ布を携えるアルマ。野次馬たちは決闘を始めんとする二人に夢中でアルマが何を持っているかなど意にも介さなかったが、サミュエルは彼の姿を一目見た時最初に"それ"に目が行った──今思えば、それは本能だったのかもしれない。
サミュエルは暫くしてアルマの顔に視線を移す。アルマは端から彼の顔に釘付けだった。そうして二人が向かい合っているうちに、アルバートは懐から取り出したハンカチを投げた。
「拾え」──等と、彼が声を発したことも二人の耳には届いていなかっただろう。
二人とも、父親の生死に大した関心は無かった。将来の"reaper"二人、彼らは誰が手を加えずとも生来から人として歪んでいた。お互いが自身と同質の"歪み"を察知したのだろう、そこには二人の世界があった。
カスパールがハンカチを拾い、それから数十秒の間を置いて2、3発の銃声が聞こえるまでの間。二人はそうして、じっとお互いの眼球に映る自分を見つめ合っていた。
銃声と同時、二人が振り向いた時。サミュエルは黒い血を噴き出す横腹を抑える我が父を、アルマは首が半分抉り抜かれ千切れかかった頭が不自然に折れ曲がる我が父を見た。彼らの交わした弾丸は致命傷とは言えぬまでもカスパールを傷付け、そしてアルバートは命までも落とす。
観衆が静かにどよめいた。勝利を祝う者など一人も居よう筈がない。今はただ──と、サラへ視線を向けようとするカスパール。
膝をつき項垂れていた頭を僅かに持ち上げ、この世の感情を全て煮詰めたかのような揺蕩う瞳を徐ろに前へ──
──その寸刻前、眼前のアルマは、落ち着いた様相で白い薄布を投げ捨てた。
正確には、手元にある銃──ウィンチェスターライフル、その銃身を包んでいた布を。
サミュエルは生涯忘れないだろう。布をめくり銃身を露わにしながら、アルマは自分の方を見て確かに──確かに、ほんの少し笑っていたのだ。
無意識に、サミュエルは頷き返していた。目の前の同い年の少年が、誰に銃口を向けるかも知っていたのに。何の違和感もなく肯定していた。誇りある決闘を最後の最後に破壊する、この行為を。
サラと視線を合わせたカスパール。刹那、傍らのアルマが引き金を引く。
彼が最後に見たサラの表情はどんなものだったのだろう。今となっては誰も知らない。
この後無二の親友でありライバルとなる二人、サミュエル・イェーガーとアルマ・エヴァンスの出会いの日。この日起こった全ての真意は、この世でたった二人しか知らない。




