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サイコ・ゴッドマザー  作者: 月面兎
一部 ~至高の悪~
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episode1.21



一部第二十一話


 『偉大なる父』



 アメリアとエステラが通うパブリック・スクールは謂わば富裕層向けのお嬢様お坊ちゃま向け校であった。アメリア程家が(汚い金によってだが)裕福な場合は珍しいだろうが、エステラもそのおてんば振りの割には所作から育ちの良さが垣間見える辺りそこそこの家のお嬢様なのだろうと思っていた。


 しかしまさか、それがMI5──マフィアの敵たる対策機関のお偉いさんの娘だとは。


 このマフィア全盛時代、父コレツィオのお陰で荒れに荒れたユーロマフィアの勢力図の変化はかなり落ち着いたが、なまじ増え過ぎた無法者を各国の中枢が放っておく訳がなかった。もちろん”アムール”はMI5にマークされる組織の一つであり、その優先度は犯罪組織の中でも群を抜いている──故に、相手がMI5の重役ともなれば、首領の娘である自分の存在すら知られているかもしれないのだ。


 コレツィオはアムールの情報統制能力をフル活用して自身の家族についての情報を遮断していた。あの父のこと、何が何でも手は出させまいと言うのだろう──なればこそ、知られていないことに賭けるしかない。


 思えば、アメリアの優位性はみなコレツィオが作り出した、或いはコレツィオに与えられたものばかりだ。僅かに屈辱的でもあり、父が誇らしくもある──勿論、使えるものは何でも使う。


 これは一か八かの大博打だった。裏社会の人間の”ニオイ”を完璧に消し、自分の存在は知られていないことに賭けて情報を引き出す。もし正体がバレたら、アメリアの日常は全て破綻する。


 エステラはもう二度と、あの太陽のような笑みを自分に見せる事は無いだろう。


 しかし、やらねばならない。今はただ目的のことだけを考えるのだ──そう、アメリアは失敗した時の心配などしない。それは自分の策謀への、そして失敗ですら即座に糧に変える対応力への絶対的自信であった。自信過剰は身を亡ぼすとは良く言うが、自分の才能に謙遜なんてしてちゃ王にはなれない。


「アメリアちゃん、ここだよ!」


 そして今、王権への道が目の前に。

 エステラに連れられてやって来た彼女の家。それはまるで中世の貴族の豪邸のような──は言い過ぎにしろ、見るからに大きく広く豪華であった。


「………」


 アメリアは無言のままエステラが開けた門扉を通り抜けて、家の敷地内へ。足取りは軽くはなく、しかし微塵も怖気づかず。

 扉の前、呼び鈴を鳴らすと瞬く間に扉が空いた。


「やぁ、お嬢さん。誰だか知らないがきっと娘のお友達だろう?私はジョシュア、エステラの父だ。遊びに来たのだろう?入り給え、歓迎しようじゃないか。」


 出迎えたのはエステラと同じくブロンドの髪を刈り上げた、アメリアよりわずかに低い背丈の鋭い碧眼を持った中年……エステラの父。とは言っても若々しいエネルギッシュさを感じさせ、灰色のジャケットが良く似合っている。


 難敵──と言うのが第一印象だった。勘でしかないが、この手の勘は良く当たるものだ。


「えぇ、アメリアと言います。お邪魔しますね。」


 にっこり愛想の良い笑みを浮かべ会釈するアメリア、背後でそれに続くクリス。彼女は普段とは打って変わって少女らしく、しかし若干の緊張と不安、焦燥を匂わせる笑みを。

 ジョシュアは少し疑問を含んだ瞳でアメリアを見詰めている。心中、アメリアは”よし”と第一段階の突破を喜んだ──この反応、自分の人相は割れていない。そして彼はごく自然に、経験からアメリアの表情を読み取り”何の変哲もない娘の友達が不可思議な悩みを抱えている様だ”と思ったのだろう。


 後は己の話術次第と言う訳だ。言われるがまま家に足を踏み入れては、通された客間にて椅子に腰を落ち着けつつ思索を始めた。

 そんなアメリアにクリスが声をかける。


「お嬢、彼女に何かしら注意しておかなくてよろしいので?」


「あぁ、そうだったね。確かにそれは大事。」


 彼女、とはエステラを指すのだろう。それに気付いたエステラが”?”と首を傾げた。


「エステラ、大事なことを話すことを聞いて。

これから君のお父様と話すけれど、詳細は”全部”私が話すから。君は聞かれたことに答えるだけ、いいね?エステラは知らないこと多いんだから、絶対に余計なことは言っちゃダメ。」


 アメリアは一言一言噛んで含める様に話す。はっきり言ってお馬鹿さんのエステラに変なことを喋られて怪しまれでもしたら堪ったものではない。

 エステラは数秒沈黙してからこくんと頷いた。


「うん、あたしは良くわかんないしアメリアちゃんに任せるよ!」


 その時、ギィ…と扉の開く音がして、ジョシュアがお堅い面持ちで表れた。


「さて…ただ遊びに来た訳では無いらしい。私に用があるのかね?」


 アメリアの正面の席に腰掛けて座るジョシュアは、案の定僅かな表情の機微で事情を読み取っていたらしい。流石はMI5の高官──その賢さ目敏さ、全て利用させて貰おう。


「はい…今日、実は…私の兄たちが襲われたんです。急に銃で撃たれて…」


「何だって?それは突飛な…いや待て、それをわざわざ話しに来るということは…」


「はい、お嬢さんから聞きました。貴方なら力になれると…」


 ジョシュアはやれやれと目元を抑えた。エステラが苦笑いしているのが横目で見える。

 友達思いの娘、エステラはきっと叱責もされまい。向こう見ずながら、底抜けに優しい。


「──いや、今更何も言うまい。

その暴漢について何か見聞きしたのかね?私を頼るべきだと思い至る何かを…」


「はい、物陰で聞きました…”マフィア”とか”JOKER”とか”アムール”なんて…私にはよくわからないことを言ってばかりでした。」


 ジョシュアはぴく、と眉を顰める。


「…………ふむ。」


 短く呟いては黙り込むジョシュアの顔を窓から射し込んだ陽光が照らす。まるで聖人のよう──聖人のように、貴方は私の救いになるのだろう。私に利用される形で──アメリアは内心ぞくぞくするような駆け引きの快感に溺れながら、目で彼に問い掛けた。



 さぁ、どう出る?

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