episode1.0
一部第零話
『嘘吐きの日常』
「おはよ~、アメリアちゃん!」
学校へと足を進める、肌寒いが明るい陽の射す朝の通学路。この時期にしては珍しく雲一つない快晴、しかし肌を刺す冷気の冷たさのお陰でとても麗な気分にはなれない朝だ。鬱憤を吐き出すように漏れ出た白い溜息を吐くと同時、背後から耳に飛び込んでくる高らかな声に、呼ばれた少女───アメリアは振り返り黒い瞳を向けた。
「おはよう。今日も元気だね……どうして君はそう朝に強いのかな。」
何 百回となく垂れ流してきた呆れの文言を今日もまた繰り返す。もう三年の付き合いだもの、それぐらい会話を重ねて当然か。しかし、彼女との日常を繰り返すのは嫌いじゃない。
「うん!おひさまが気持ちいいし、夜って暗くて怖いじゃない?」
「それはまぁ、そうかもしれないね…」
彼女はエステラ。アメリアと同じ名門のパブリック・スクールに通う高校三年生。アメリアもまた同じくであり、高校に入って知り合って以来仲良くさせて貰っている同級生だ。この時代珍しい赤毛のアンのような溌溂さを持ち、くりっとした瞳とそばかすに赤みがかったブロンドは最早写し絵と言える。
自分と比べて卑屈になることは多々ある。ちなみにアメリアはと言うと、肩で粗雑に切り揃えた深黒の髪に切れ長の黒瞳、そして六尺越えの長身と、美しくも男と見紛う容姿の持ち主である。モデルには向いているかもしれないが、エステラに対するジェラシーは言うまでもない。
「それにしてもアメリアちゃん、今日はいつもよりも元気ないよ。どうかした?」
隣に並んできた彼女の瞳が真っすぐ此方を射抜いていた。馬鹿っぽくのほほんとしている彼女だが、異様に鋭い観察眼を持っているのだ。
実のところ、アメリアは指摘された通り憂鬱なのだった。
「……分かっちゃうか。実は今日は帰ったらすぐに父様の仕事を手伝わなくちゃならなくてね。今から憂鬱な気分だよ。」
アメリアは嘘はついていない。最も、大事な部分は何も説明していないが。
「ふ~ん、お父さんの手伝いなんてアメリアちゃん偉いね!あたし心配かけてばっかだからなぁ…」
運よくそれ以上の追求をされずに済んだことに内心ほっとした。
何故追求を恐れるのかって?
そのお父様に問題があるからだ。
───何せ、彼女の父はマフィアの首領なのだ。
舞台は二十世紀初頭、裏社会で頂点に立ったヨーロッパ最大のユーロマフィアの首領、その末娘に生まれた一人の少女の物語。