episode1.13
一部第十三話
『刃のない剣』
「──で、内部潜入…ッて具体的にナニすんのさ。」
都市部と田舎の境目、その変化の様子を車窓から眺めながらアルマは問い掛ける。
アメリアたち三人は鉄道に乗っていた。行先はロンドンからカンタベリー、勿論その目的は”大聖堂に巡礼に…”なんてものではない。
ちなみに、鉄道の席配置はクリスとアルマが隣あって座りアメリアがその向かいに一人で居ると言う状況となっている。二人ともアメリアの隣を譲らず話にならない為、間を取ってこうなった。
「……カンタベリーには、アムールの幹部が一人住んでるんだ。私が小さい頃によく遊んでくれた──」
答えるアメリアもまた車窓から外を眺める。その目はどこか郷愁に駆られているようで、アルマは目を丸くした。アメリアに過去を想う気持ちがあったとは。
「──私の初恋の人。」
アルマとクリスは、二人してぽかんと口を開けた。
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ロンドンとは大違いの田舎風情漂う町、カンタベリー。心和む自然の風景が辺り一面に広がるその空間の中にあっても尚、全く晴れやかな様子の無い人間が二人居た。
片やクリス、フードを被って俯きながら明らかに殺気立っている。片やアルマ、何の意図があってか愛銃C・S・A・Aの点検をしている。そんな両者を従えて先頭を歩くアメリアはと言うと、至って穏やかなもので静かながらも慈しみすら感じさせる表情で道を歩いている。
町外れの古い家、扉を三回ノックする。扉が開いて、一人の男が出迎えた。
「やァやァ、久し振りじゃないの。背ェ伸びたねぇ~、子供は早いもんだ……」
───その男は、拍子抜けする程”らしくない”男だった。
隙だらけに見える立ち居振る舞い、覇気のない温和なブルーの眼、寝起きのように跳ねたグレー寄りの黒髪、無精髭に細い輪郭。唯一それらしいのは欠けて肩から先がない左腕か。上背は相当あるが、それにしたって何処から見ても世界最大のマフィアの幹部の一人には見えない。
見た感じは”売れない物書き”と言う表現が一番似合うであろうその風貌、その味気無さにアルマもクリスも同じ感想を抱いた。
──こんなんに愛しのアメリアの初恋を持ってかれたのか、と。
しかし、悲しいかな……
「久し振り、ダヴィデ。私ももう十八だからね…この前の父様の凱旋パーティーは何で出なかったの?何か忙しかった?貴方の事だから忘れてたとか?」
「あ~、アレね、実は……ご明察、忘れてたんだわ。気付いた頃にゃ”ボスが襲われました”って報告が届いてたよ。」
顔を合わせるなり、何時もの冷やかさなそれとはまた違う笑みを浮かべて少し浮足立ったように質問するアメリアの様子が、全てを物語っていた。
それがあどけない少女の抱いた憧れ混じりの恋情”もどき”だとしても──少なくとも”好き”に近いものを、この男──ダヴィデはアメリアに抱かれていた。もしかすると、今も。
そんな事実にダメージを受ける暇もなく、ダヴィデはアメリアを家に招き入れる。
「お連れさんがたも入んな、珈琲淹れてあるから…」
尋常でない様子の二人にも平然と敷居を跨がせようとしている器量に気圧されたか、クリスとアルマは黙って後を尾いていった。
中は簡素な作りで、広めのダイニングに部屋が幾つかとマフィアの大物の豪勢なイメージからは程遠い。珈琲の香りがそっと鼻腔を擽った。
アメリアは勝手知ったる様子で椅子に腰掛けると、そこにダヴィデがコーヒーポットとクッキーの盛られた皿を運んでくる。アメリアはクッキーを摘まんで齧り、ささやかな幸せに頬を少し弛める。
彼女にとって、ダヴィデの家は自分が童心に帰れる場所なのだろう。ほんのささやかな草木と土と石と生き物とで出来た鮮やかで美しい幼年時代、自分の幼さと愚かさが──ついでに子供ながらの淡い恋心も──輝きを持って生き返る場所がここなのだ。
──であればこそ、何故ダヴィデを巻き込もうとしているのか。アメリアを横目に眺めるクリスには、それが分からない。アメリアは野望と自分の大切なものは分けて考える。エステラがそうであるように、”目的の為なら例え君でも犠牲に…”なんて思考回路は取らない。自分と自分の所有する駒のみで盤上を支配するのがアメリアの流儀でありプライドだ。
その上でも、こんな潜入任務を行う程にダヴィデが欲しいのか──?
今回の計画のミソはこうだ。
「嘘か本当か、私の目下の敵は嘘か本当か父様の次点──アンダーボスらしい。そいつは何かの利害で私を消そうとしていて、それだけの力がある。可能性は二つだね。
そいつは私が父様の敵と知っている。そして父様の為に闘う──でも、何らかの理由で父様にそのことを言えないんだ。例えば私を”生け捕り”じゃなく完全に”抹殺”したいから、とかね。父様は私を殺さないだろうから、それを予見して勝手に私を始末したいのかも。
もう一つ。そいつは私が父様の敵だと知らない。その上で個人的な父様への恨みとか、或いは自分の利害とかで私を消す必要があって、それを秘密裏に実行しようとして失敗した。」
アメリアは可能性と言う二択を述べた。何方も相当厄介な事に変わりないが、ここでクリスはふと疑問を覚えたのだった。確か、アムールのアンダーボスって──
「──でも、それはおかしい。
有名な話だよ。アムールにアンダーボスなんて居ない──父様が玉座に就いてから二十年の間で一度も、そんな奴は居なかったんだ。」
「だから、もっと内部を探らないといけない。私達が次にすることは例のUnknownさんが誰なのか知ること、延いてはそれを可能にする為に組織内に確実に私達に協力してくれる人を探さなくちゃいけないんだ──」
──それがダヴィデ。
クリスは回想から現実へ意識を引き戻すと、アメリアの向かいに座るダヴィデを見て、それからアメリアへ視線を移す。
ごく自然に、何ら意図も無く。
そんなクリスの目に映ったものの異質さに、一瞬目を見開く。
──アメリアの片手には、机に隠すようにして黒光りする拳銃がいつの間にか握られていた。




