episode1.10
一部第十話
『爆弾魔解体作業』
ウェストミンスター宮殿、セントラル・ホールの内部は爆音の反響するさながら棺桶となっていた。
クリスと向き合うテロリスト、お互いの距離は凡そ三メートル弱。テロリストは手榴弾を取り出す隙を探し、クリスはそれを許すまいと神経を研ぎ澄ます。クリスは感じていた、厳しい戦いになると──相手は火器を多数帯びた破壊だけが目的のテロリスト、しかも体術も上々。クリスは建物の破壊をなるべく防ぎつつ確実に相手を殺さなければならず、一つ間違えればよしんば倒せても自爆され任務は失敗となるかもしれない。
「……良いでしょう。それぐらい、お嬢なら簡単に成し遂げる筈だ───」
──そう、相手が誰であるかなど関係ない。自分が誰のお目付け役か、思い出せ。
クリスの小柄な肢体がバネのように飛び出して、瞬く間にヒューゴの懐へ。狙うは脇腹、ナイフを逆袈裟に振り抜く。が、まるで読んでいたかのように半身を引いて避けるヒューゴ、そのまま流れに乗せた滑らかな動きでクリスの頭を狙いハイキックを放つ。
しかし、甘い。
クリスは刹那、まるで悪霊にでも憑かれたかのような凄絶な表情を浮かべると、体を大きく前屈させ潜り抜けるように蹴りを躱す。空いている右手は腰へ、もう一本のナイフを抜き両手に武器を構えると───更に近くへ飛び込む。
速すぎる───爆弾で身動きが制限されるヒューゴにはとても真っ向からは相手できない。半ば転ぶように後ろに受け身を取ってクリスの凶行から逃れる。
「ッちィ…何なんだよテメェ、折角……ッあ”!?」
体勢を立て直したヒューゴの片足が血を噴く。ヒューゴは反射的に屈み込んだ
あの一瞬で、クリスは的確にヒューゴの右腿の内側に深く切り込んでいた。熱い感覚が広がって、痛みも一瞬薄れる程の鮮やかな切り口。一体この小さな少年がどれ程の場面を搔い潜り生きて来たのかを夢想せずにはいられない───と、常人ならば戦意を失いクリスを畏れただろうが、ヒューゴの場合は違う。
彼の場合……そう、この痛みを、迫る死を、迸る殺意を───
「───Destroyしたらァァァァァッ!!!」
顔を上げると同時、一分の迷いも無く、片手にはピンを抜いた手榴弾。形状から察するに即爆グレネード、しかしこの距離では間違いなく二人一緒に木っ端微塵だ。まさか自爆か───そう思い身を引こうとしたクリスの予想は、容易く裏切られる。
ヒューゴの放った手榴弾は頭上へ高く、シャンデリア煌めく天井へと。衝突して瞬間、炸裂した爆音が三半規管を刺激する───いや、止まってる暇はない!
何故なら、頭上で砕けた瓦礫とシャンデリアがクリスを押し潰さんと迫って来ていたから。
粉煙が舞い、ヒューゴの視界は塵に覆われる。
”殺したか───?”
その疑問は寸刻で解消した。
突風のように粉煙を掻き分けて現れたボロボロのクリスのハイキックが、鮮やかな流線を描いてヒューゴの顎に突き刺さった。
「ふごッ!?」
朦朧とする意識を必死に繋ぎ止めて、ヒューゴはナイフを振るう。空を掠める切っ先、擦れ擦れでクリスは避けると膝を蹴り潰さんと踵蹴り。それをヒューゴは足を上げ脛で受け止めると、足を踏み出し空いている手でジャブ、ジャブ。速いながらも重い二連撃がクリスの頬を掠める──それを陽動に、必殺の間合いでヒューゴのナイフが閃きクリスの首元へ。
首筋から血飛沫が弾ける予感──負けて堪るか。クリスの目に闘志に似た殺意が滾る。
素早く前屈しつつ片手を床につくと、片足を跳ね上げて真上に蹴り。ヒューゴの手に在ったナイフは宙に高く舞う。このまま連撃を───と動いた刹那、電流に貫かれるような痛み。
さっき瓦礫を避けた時、体の至る所に砕けたジャンデリアのガラスで傷が出来ていた。勝利を掴みかけた瞬間の、覚悟の”隙間”に襲う鋭利な痛みが、クリスの動きを鈍らせる、
怯んだ一瞬、眼前には───
「───ッらァ!!」
拳が鼻っ柱にめり込み、クリスは大きく背後に吹っ飛ばされた。




