episode1.8
一部第八話
『芸術の爆発』
「これがビッグ・ベン……壮観ですね。」
ウェストミンスター宮殿、天に聳えると言って差し支えない迫力の時計塔を見上げながらクリスは呟いた。英国の象徴の一つであるエリザベス・タワー、クリスは初めて目にした。
流石に名所、辺りには多くの人が行き交いとても一人の人間なんて見付けられそうにない。
「見たこと無ェのかよ、世間知らず~」
「お嬢はこう言う場所に興味ありませんので。」
隣で無知をからかうのはアルマ。異色の組み合わせたる二人、ちなみにアメリアは不在である。
「依頼目標は誰だッけか。」
アルマは確認の意を込めてクリスに問い掛ける。彼も裏の界隈の住人ではあれど、誰かに委託されて人を殺すのを生業とする以上”爆弾魔”と縁があろうはずもない。
呆れ気味ながら、クリスが淡々と答える。
「”爆弾魔ヒューゴ”、私も聞いたことがあります。犯罪件数こそ多くないですけど、数回の事件の全てに必ず大量の爆発物を持って現れ凄惨なテロを行うとか…秘密情報部と保安局からもマークされてますね。」
英国の奸謀渦巻く秘密情報部、MI6と国内の犯罪者の敵、MI5。大層な相手だ──ヴィレッタに依頼したあの手紙も、もしかすると秘密情報部から届いたものかもしれない。クリスの眼窩を僅かな不安が過った。
アルマもその不安は共有していたようで、ぼやきを漏らす。
「嬢ちゃんは一体ナニしてンだか。俺らだけでどォしろッてンだよ…」
「そうですね、どうせ貴方が足を引っ張りますし。」
気を取り直したクリスが飄々としたまま敵対意識を剝き出しにすると、アルマは勿論激昂する。
「あァ!?喧嘩すッか!?」
「構いませんよ、何時でもかかって来てください。」
掴みかからんばかりの勢いのアルマに冷淡ながら只者ではない雰囲気を漂わせるクリス。二人の言い合う様相に自然と周囲の人間は散り、人影がまばらになっていく。
クリスが続けて口を開いた。
「──見え易くなりましたよね。早く探して下さい、例のテロリスト。」
アルマは目を見開いた。
クリスはわざわざ人払いをしたのだ。これなら一人一人の様子がハッキリと見える。
バラつく足音、歴戦の嗅覚が標的を探す。用心深く目回す周囲。
ふと、ウェストミンスターの鐘が鳴る──
──時計塔の真下、浮足立つような異様な足取りで塔に近付く人影。
片手に何かを握って───アルマの鷹の目は、それが何であるかを瞬時に捉えた。
紐で括られた大量の撃針発火式手榴弾。纏めてピンが抜かれる音と同時、懐から滑り出したアルマのC・S・A・Aが正確に照準を合わせ、手榴弾を括る紐を握る掌を打ち抜く──!
手首から先が消し飛び、手榴弾は地面に落下する。幸い、起爆までの過程が多い撃針発火式だからか爆発はしていない。
「ふゥ……嬢ちゃんみたいなことすンなよ、クソガキ。」
「射撃の腕だけは一流ですね、本当…」
中々、悪くないコンビかもしれない。
「──い…」
「……ッッてぇぇぇぇぇえ!?!?!?!?」
片手を失った男の絶叫に二人はぽかんとした。
「いッてぇえぇ!?!?何!?テメェら何!?!?俺の手!!!俺の手がぁぁぁ!!!!あぁ”~~……いッてぇよぉ……大事なんだぞぉ、俺の手はぁ!!芸術家の!!手なんだよ!!!!命にも替え難い!!芸術を生み出す、偉大な手なんだよぉ!!!!!」
振り返った男は、正に泣き顔だった。
その金髪はぼさぼさ、放ったらかしなのが伺える。青い瞳を血走らせ、極彩色の服、その上に纏った分厚い軍人装備の内には大量の爆発物。明らかにテロリスト、だが唯一そぐわないのはその叫び。
まるでただの狂人のよう──
「──あ”-、ムカつく……」
男は唐突に、足元の手榴弾に目を向け、撃針を踵で押し込んでそのまま勢いよく蹴り上げた。
宙を舞う、破壊の象徴──
「──!」
アルマは咄嗟に、クリスを庇う様に覆い隠ししゃがみ込む。
刹那、耳をつんざく爆発音がロンドンを駆け巡った。




