episode1.7
一部第七話
『地獄の沙汰も金次第』
「お帰りなさい、お嬢……顔色が良くないですね。」
家に帰るなりクリスが迎えたのは、げっそりとした様相で如何にも疲れているアメリアだった。
「疲れた…本当に……」
「いよォ、勝手にやッてるぜ」
テーブルには酒瓶が置かれていて、つんと葡萄の香りが漂う。
アルマは早速、早めの晩酌と洒落込んでいた。傷だらけの癖にお元気なもので、所々包帯が巻いてある。傷をつけたのは誰か、と言われてしまえば何も言えないが。
「………」
アメリアは如何にも恨めしそうにアルマを睨み付けながら向かいに座り、ワインボトルを手に取ると、直に口をつけて喉に酒を流し込み始めた。
『!?』
いつも冷静沈着なアメリアがヤケを起こしている光景の異常さはアルマにとっても異常だったようで、クリスと二人してぎょっとしている。確かに飲酒合法の年ではあるが、このワインは結構強い──それを一気に呷るアメリア、お察しながら彼女は酒好きだ。最も、強い訳ではなく……
「はぁ……やってらんないよ、いきなり質問責めされて一日中席から立ちあがれもしなかったんだよ???これが飲まないでやってられるかって話……」
「お、おう…?」
「しかもさぁ、エステラがどんどん広めるから話が全然収まんないし……君がマフィアの手下だってことも噂になってたし……」
「…はァ?何で??」
アメリアの様子に気圧されるのもほどほどに、アルマは訝しげに顔を顰めた。何かがおかしい、ユーロマフィアの存在はとりわけイギリス国内ではまだ一般には浸透していない。それなのに情報が漏れるのが早すぎる──
「──確かに、おかしいよね。」
アメリアは酔いを感じながらも何時もと変わらずアルマの胸中を見抜き言葉を続ける。少し火照った顔は嫌に落ち着いた表情を浮かべている。
「誰かの力が働いてる──って言うか、まだ聞いてないんだった。君は誰の差し金でここへ?”千発千当のアルマ”君。」
「ワォ、知ッてたのかい。」
裏社会では有名な名前だ。銃身が異様に長い奇妙なリボルバーを引っ提げ、獲物を確実に仕留める殺し屋。
調べたのは戦闘があった翌日のことだが、意外にも大物が派遣されてきいたことには驚いた。
「あァ──なんか急によォ、情報屋の…ガリヴァーとか言うヤツ、アイツからすんげー大金と一緒に依頼が送られてきてよォ。嬢ちゃん、アンタを殺せッてな。」
アメリアは眉を顰めた。
「……他人の口から知ってる名前が出てくるって、気不味いね。」
今度は少しのワインを喉に流し込むアメリアの表情は不穏とも呆れともつかず、二人は黙り込んだ。
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「───それで、情報辿ってアタシのとこに来たってこと?」
「そうさ、ヴィレッタ──ヴィレッタ・ガリヴァー。君が私を売った理由、勿論誰に売ったのかも──ぜんぶ聞かせてよ。」
アメリアはクリスとアルマを連れてとある場所に来ていた。洒落た照明に照らされた小さな部屋はカウンターで区切られ、カウンターテーブルの上には呼出ベルと電報機が置かれている。
此処は情報屋ヴィレッタ・ガリヴァーの事務所。英国でも随一と言われる情報網を持っており、マフィア、暗殺者、政治家に至るまでが彼女を頼る。依頼方法は主に電報だが、宛先にヴィレッタの名前を書くと例外なく住所をどこに指定してもヴィレッタの元へ届くという七不思議的要素すら持つ裏社会の要人だ。今回のような暗殺以来なども、彼女が仲介しているケースは多い。
数年前、アメリアは自力でヴィレッタの痕跡を探り直接事務所を探し当てた。アメリア以外にも見つけ出すのに成功した者は数名居て、ご褒美なのかアメリア含めその数人はヴィレッタに贔屓されお得意さん扱いをされている。アメリアのボスの座簒奪計画の肝はヴィレッタの情報力だ。
当のヴィレッタはと言うと、シルバーブロンドの髪をカントリースタイルのホーステールに纏めて瞳は小動物っぽく吊り上がった灰色、小柄で痩せ気味な少女らしさを感じさせる見た目。世間的に見て美人だろうし、アメリアと違って大人びた怜悧な雰囲気だけでなくあどけなさも感じさせる風体で実のところ羨ましい。
ところが、彼女の性格は──
「良いけど、高いよ?アタシの顧客だし……それに、アンタと同じで直接ここを見付けたお得意さんでもあるから。幾ら出せるか知らないけど。」
──そう、金にがめつい。
彼女は儲けにしか興味がない、謂わば典型的な金の亡者であった。
「ふぅん、お得意さん、ね…」
つまり、アメリアと拮抗する頭脳を持つ人間が彼女を狙っていると言うことになる。しかし、それだけでは絞り込めない──障害は先に排除しておかなければ。アメリアにとって、コレツィオこそが最も高い壁であり他は須らく前座でしかない。
アメリアはにこり、今度は悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「そいつは私の命を狙ってて、アルマを利用した。もしかしたら私の計画も見抜いてるのかもしれない──素晴らしい前座だね。父様と闘り合う前のウォーミングアップには丁度良い。」
ヴィレッタもまた、あどけなく欲に満ちた笑みを浮かべて。指を二本立てて、値段交渉開始だ。
「200でどう?」
「それって200ペニーだったりする?」
「バカ。」
只今、アメリアは絶賛金銭難に襲われていた。
前回の依頼でかなり金を使ってしまったし、そろそろコレツィオから貰った小遣いを”転がして”膨らませた資金も余裕が無くなってきた。ここで単なる情報の為に200ポンドなんて払える訳もない。
「ねぇヴィレッタ、私が大成する人間なのは分かるでしょう。出世払い、じゃ駄目かな?利子も付けてあげるから…」
お得意さん特権とアメリアの将来の有望さを武器に、強請るのはツケ。情けないことだ。
「ん~~~~……ダメ。」
「…って、言おうかと思ったけどさ……丁度任せたい仕事があったんだった。」
ヴィレッタは棚からごそごそと、何やら取り出し始める。
それは、一通の手紙だった。
"Dearヴィレッタへ
例の依頼の目標は三日後、ウェストミンスター宮殿でテロを起こす。
確実に実行前に仕留めてほしい。信頼できる暗殺者にコンタクトしてくれ。報酬は言い値で払う。”
「それ、やってくれたら依頼料はタダで良いよ。」
ヴィレッタはカウンターに足を乗せてふんぞり返る。
アメリアは手紙から視線を上げて、問いかけた。
「一つ教えて。”目標”──って誰?」
ふとヴィレッタの顔から表情が消え、それから如何にも意地の悪い笑みを浮かべ───
「──”爆弾魔ヒューゴ”、目標の名前だよ。」




