落ちた妹
頑張りました。ゆっくりと読んでください♪
それは、高校2年生の春。やっと制服の着心地に慣れてきた頃。
まだ肌寒く、妹が入院している病院の患者さんも上着を羽織っている人が多かった。
そして―――
事件は深夜に起こった。
プルルル プルルル
一人暮らしの俺は未だに山積みになった春休みの課題を終えることが出来ず、あと1日待ってやるという優しい先生に救われ、1人必死に宿題中だった、時に電話がなった。
ケータイの画面を確認してみると母さんからだった。
まったく。俺が一人暮らしだからって1週間に1回も電話かけてくんなよ。
その言葉を最初に言おうと思い、セリフを頭の中で流す。
ピッ
「母さん、俺がひとり・・・・・・・・・・」
「優輝!? 母さんだけど・・・大変なのっ! 結衣が・・・・・・ゆっ、ゆいがァ・・・・・・ッ」
普段、冷静な母さんのその慌てぶりにさすがに俺も焦った。尋常じゃないことが起きている事は確かだった。それも、俺の妹に。
「結衣がどうかしたのか!? 母さん!!」
「・・・・・・・ッ。結衣が病院の屋上から・・・飛び降りたのっ。今緊急手術で・・・・・・」
「・・・・・・!」
母さんの言葉を最後まで聞くことなく、俺は課題のワークの奥底に眠っていたサイフと電車の定期券を取り出すと、ケータイを切って部屋を飛び出した。
病院に着いた。入り口では母さんが待っていた。辺りは暗く、だが車の行きかう音だけが響いていた。
「母さん!」
「優輝っ」
「結衣は?」
「今手術中。先生に聞いたら、非常に危ない状態だって」
俺は心がだんだん沈んでいくのが分かった。
そもそも、結衣が飛び降りるのはおかしい。見舞いに行ったら、いつもとびきりの笑顔を見せてくれてた。癌の手術だって、本当は怖いはずなのに笑顔で「頑張ってくるねっ」って言ってたのに。
俺と母さんはとりあえず病院の待合室に入った。
神妙な空気になる。だが、母さんがその沈黙を破った。
「結衣ねぇ・・・最近変なこと言ってたの」
母さんはどこを見るでもなく、ただボーっと独り言のように話していた。
「“翼の生えた天使が、私の部屋の前で笑ってるの。真っ白い羽でね、空をフワフワと浮いてるの。でもね、他のみんなには見えないみたい。それに、夜しか遊びに来ないの。私も空を飛んでみたいなぁ”って。担当の先生に話してみたら、それは幻覚だって。やっぱり、結衣の飲んでる薬が影響してるのかって思ってた。ねぇ、優輝はどう思う?」
母さんが俺の方を見る。俺は黙ったままだった。
俺だって現実味溢れる高校に通ってるし、そんなメルヘンなことなんか夢でしか見たことがない。実の妹が、それも中学1年生が言ったとしても、俺は信じれないだろう。でも結衣は見えている。
「もしかしたら結衣は、その天使に誘われて飛び降りたのかもしれない」
「・・・?」
母さんが驚きの表情を俺に向ける。だってそうだろ。高校2年になった俺までもが結衣の話を信じるなんてさ。
「それが幻覚だったとしても、天使は結衣に誘いをかけたんだ。結衣はちゃんと分かってる、人の見分け方を。もし誰かに突き落とされそうになったとしても、結衣がいつも持ってる防犯ベルで誰かを呼べばいい」
「それも・・・そうだけど」
母さんは冷たい廊下に視線を落とす。
「とりあえず、結衣の無事を祈ろう。母さん、気をしっかり持って」
「そうね。手術室のところに行きましょう」
そうして、俺と母さんは手術室への階段を上り始めた。