7.猫、フクロウに感謝される
目を覚ますと、なぜか部屋の隅にシジマがいた。
ぼくは意識がはっきりするまでしばらくマシロのお腹をころころと堪能して、やがてむくりと起き上がる。
「貴様はよく寝るな」
「シジマ、遊びに来たの?」
「苦情を申し立てに来た」
「この家、いいでしょ。ぼくが造ったんだよ」
「だから苦情を申し立てに来たと言っておる」
するとマシロも眠りから覚めたようで、大きな欠伸をした。
「やあシジマ。いい朝だね」
「主よ、もう夕方だ。そして主等は凡そ二日まるまる眠っていた」
えっ、そんなに寝てたんだ。
ぼくは驚いたけど、マシロは別に気にしていないようだ。「まあ僕達三日間働き詰めだったから」と答えて、飄々としている。
うーん、マシロは寝そべってぼくの作業を眺めてただけだけど、まあ眠ってはいなさそうだったし、そういうものなのかもしれない。
「マシロ。シジマがぼくの作ったお家に文句があるって」
「何だって。自然に寄り添う、とってもぷりちーなデザインじゃないか」
「外観に文句があるのではない。我の庭を無断で拠点にしようとしている傍若無人ぶりに我は異議を唱えている」
「ダメなの? 森はこんなに広いのに」
「我々は静寂を愛する。一日二日ならまあ目を瞑ってもよいかと思っていたが、まさかこんなものを作って居座ろうという魂胆とは思わなんだ。一族の者からも苦情が入っている」
言ってシジマはちらと窓のほうへ目をやった。そこでぼくはやっと、沢山の物言わぬ視線に気付いた。
シジマをちっちゃく、まともなミミズクにしたような生き物の顔が、ずらっと窓枠に並んでいた。ぼくが近付いていってもミニシジマ達は動じず、目線だけがぼくを追う。
窓の向こうを覗くと、森の木にも至るところで金色の目が光っていて、中にはシジマのように大きなミミズクも数匹いた。
「ぼく達、別にうるさくなんかしないのに」
「我々は耳がよいのだ。1キロ先の落葉の音を聞き分けることすら、我々にとっては造作もない。主等の声や立てる音は、我々にとって大き過ぎる。特に主は寝息がうるさい」
「……マシロ、どうしよう」
ぼくはマシロの白い脇腹をぶに、とつまんで、彼の顔を窺った。
「困ったね。……まあ、シジマ達には黙ってもらう方法もあるけれど」
言って彼が神妙な表情で腕を組むと、窓枠にとまっていたミニシジマ達が一斉に飛び去った。
シジマが金色の目をぼくに向けてきた。トンボのようなその双眸は相変わらず無機質な様相だけれど、何か切実なものが感じられる。
あ、これダメなやつだ。ぼくは悟った。
「分かったよ。じゃあマシロ、ぼく達のお家は別の場所に建てよう」
「いいの? ネムちゃん」
「ご近所付き合いは大切だからね。それに、もっと素敵なところがあるかもしれないし」
「感謝する」
「ネムちゃんがそう言うのなら」
まあ、もともとこの家もマシロエネルギーを発散する目的で造ってたわけだから、そこまで惜しいわけでもない。とはいえ気に入ってはいるから、すぐに壊すのは勿体ないなあ。
「家はこのままにしておいても構わんぞ。別荘に使用する程度なら許可しよう。但しあまり入り浸られては困るが」
「そうなの? じゃあ、シジマにあげる」
「む?」
「残してくれるって言うんならそれでいいや。好きに使って」
「ふむ」
シジマはきらりと瞳を光らせ、室内を見渡したり、歩き回ったり。
お? これは満更でもないかんじ?
「王の骨を使って王妃が建てた屋敷か。よいのか、主」
「ネムちゃんがそれでいいと言うのなら、ぼくは何でもいいよー」
欠伸混じりに答えるマシロは、既にぐでっと寝そべり体勢。何ていうか彼は、食べることと寝ること以外は興味ないみたい。
ぼくは勿論別枠だよ。だって愛らしいからね。
「では謹んで拝受いたそう。礼はいずれ必ず」
喜んでくれて何よりである。
その後ぼく等は森を抜けた先にある平原まで来て、作戦会議を開くことにした。議題は勿論、『どこにマイホームを建てるか』というものである。
「緑豊かな場所がいいな。あとね、そこそこ高低差が欲しい。小高い丘とか、山とか、地形に沿って複数の建物を造っていって、遠くから見たとき、お城みたいに見えるようにしたい。それから周りで色んな素材が採れればベストだなあ」
ぼくが希望をだして、マシロがそれをノートにメモしていく。それから彼は地図を取り出して、幾つかの候補地に印を付けた。
「マシロは何か好みとかないの? ぼく等のお家なのだから、マシロも考えてよね」
そう言うとマシロはぽっと頬を染めて、もじもじと巨体を揺らした。
「ぼ、僕はそんな……。ネムちゃんのそばにいられるのなら、それでいいよ」
「ふーん。そういえば、マシロは今までどこで暮らしていたの?」
「うん? ……どこか選んで巣を作ったことはなかったなあ。ぼくはどこででも寝られるタイプだし、ご飯を食べに人間域に出かけることが多かったし。……あと一所に留まると周辺住人に嫌がられるし」
ちょっと最後の言葉は聞き捨てならないぞ。ぼくが不安げな眼差しを向けると、マシロは慌てたように短い手をわたわた振った。
「あ、だ、大丈夫だよ! 新しいお家造っても、追い出されるなんてことにはならないから! させないから! 黙らせるから!」
先のシジマのときもそうだったが、マシロの使う『黙らせる』という言葉には何だか穏やかならぬ響きを感じる。
けど、なんでマシロはそんなに嫌われているのだろう?
清潔だし、温厚な性格だし、こんなに丸くてふわふわなのに。それとも幻獣という種族は全員が全員、シジマのように寝息を気にするタイプなのだろうか?
ぼくが首を傾げていると、マシロは体育座りをして地面に「の」の字を書きだした。
「みんな、ぼくのことが怖いんだって」
あー……、とぼくは納得。確かにぼく自身、檻の中のマシロを見たとき、毛が逆立って仕様がなかった。
何かオーラのようなものを感じるんだろうな。今となっては全然、気にならないけど。
ぼくは慰め代わりにマシロの体をぺたぺたと肉球で叩いた。元気だしなよ。
マシロはぶわっと滂沱の涙を流し、ぎゅ、とぼくを抱き締めるのだった。