猫が鳴いた日
開けた土地の、風のよく通る場所に私のおばあちゃんの家はあった。
古い民家だけれど、しっかり手入れが行き届いていて、正直、マンション住まいの私には憧れるものがあった。一度、お母さんにそう告げると、お母さんは腰に手を当てて、あれはね、おばあちゃんが毎日手入れしてらっしゃるからあんなに綺麗なのよと言った。
けれどそんなおばあちゃんも、昔から完璧であった訳ではないらしい。何せ、箱入りのお嬢様だ。嫁いでからも家のことは他に任せきりだった。変わったのは、おじいちゃんが戦死してからだそうだ。おばあちゃんは何日も泣き通しで寝込んだかと思うと、ある日ふと起き上がり、邪魔な上等の着物から使用人が着るような着物に着替え、割烹着を身に着けた。おばあちゃんは生きる為に戦う決意をしたのだ。
夏の入道雲がもくもく青色のパレットを白く塗りこめていた。私は蝉の鳴き声を聴きながらおばあちゃんに梅酒を分けて貰いに来た。母から言付かったのだ。おばあちゃんは快く梅酒を私の持つ硝子瓶に分けてくれた。その様子をじいっと見ている目玉が二つ。猫の福だ。ペルシャ猫のように堂々と、たっぷりとした真っ白い毛並みで、目は青い。血統書つきに見えるが、この子はおばあちゃんが近所で小さく縮こまっていたのを拾ってきたのだ。以来、おばあちゃん以外の誰にも懐かず、鳴き声を聴いた者もない。撫でようとして、何度か、引っ掛かれそうになった。きっと私はこの子の声を聴くことがないのだろうなと思った。
おばあちゃんが死んだのは本当に突然だった。くも膜下出血。おばあちゃんは慕われていたから、たくさんの人が衝撃を受け、通夜に馳せ参じた。中にはおじいちゃんの戦友だったという人もいた。
雨が降っていた。
私はお母さんを捜していた。おばあちゃんの弟という人が挨拶したいのだそうだ。おばあちゃんは、おじいちゃんが死んでから、それまでの人間関係を絶っていたらしい。
お母さんは庭にいた。ビニール傘を差して、蹲っている。
何事かと見れば、福がそこにちょこなんと座っていた。純白の毛は、細かな水滴を浴びて尚、威厳がある。だが私には、福は悄然としているように見えた。おばあちゃんが連れ帰った時の福とは、或いはこんな風だったのではないか。
「おうちに入りましょう、福」
お母さんが、これまで聴いたこともないような優しい声で語り掛ける。福は動かない。ただ、青い瞳を真ん丸にしてお母さんをじっと見ている。
「おばあちゃんはね、もう、帰ってこないの」
帰ってこないのよ、と母は濡れた声で繰り返した。肩が震えている。
福は、なああん、と鳴いた。私たちが初めて聴く福の声だった。
丸い目からは粒々の涙が零れている。
福はうちで引き取ることになった。ペット可のマンションで良かった。
けれどあの日以来、福の鳴き声を聴いたことはない。