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074 ご安全に!

 その後緊急で作業している人達を集めました。


「おおエリーゼちゃんだ。こんにちは。」


「やっぱエリーゼ嬢がいると現場が華やぐぜ。」


「俺結婚してえ。」


「俺も。絶対娘が欲しいわ。」


 無駄話をしない!ちょっとキモいし!


 私はコホンと咳払いをして、大きな声で話し始めたわ。


「こんにちはエリーゼです。毎日お仕事ご苦労様です。今みなさんに集まってもらったのは、先程怪我人が出てしまったことの報告とそれに対する今後の方針をお話するためです。聞いてください。」


 私が黒オヤジのおじさんの方を向くと、おじさんはうむと頷いた。


「えー事故発生は午後2時頃、場所は現場屋根軒先下の足場内、怪我人は1名、症状は右後頭部裂傷、打撲、出血が多量だったため上級ポーションで止血、本人の意識はあったので仲間の職人に助けられ自力で足場から降りて現在救護所に世話になっている。発生状況としてはヘルメット未着で足場内で作業していたため軒先に頭をぶつけて怪我となった。ちなみに出血でふらついていたのを近くの作業員が助けたが、それがなければ最悪墜落事故に発展した恐れがある事を付け加える、以上だ。」


 それを聞いて少しだけみなさんの中に動揺が走った。


「お前ら、俺が以前言ったよな。『嬢ちゃんのせいで怪我人が出る位なら殺してやる』って。この仕事は嬢ちゃんが商業ギルドから請け負い、パートナーとして黒ダンナが、俺はあくまで相談役の現場指導だ。という事はこの怪我は嬢ちゃんのせいで発生したと言っていい状況なんだ!よく理解しろよ!?」


 ミノルおじさんがものすごい殺気を放ちながら呟くように話す。


「そんな事はないぞ!」


「エリーゼちゃんのせいな訳ないだろ!?怪我は怪我した奴が悪いんだ!」


「そうだ!」


 みなさんが口々に反論してるけど、まさにこれが現状。


「みなさんの気持ちはありがたいですけどこれは私のせい、私の責任でないといけないと思うんです。上手くいくのがあたりまえ、怪我をしたらその人のせいなんて言ってたら、みなさんがんばって働くのがバカらしくなってしまいませんか?怪我があった場所の仕事の続きを頼まれたら、みなさんは気持ちよく続きをできますか?」


 私がそう言うとガヤガヤしていた周囲が静かになってきた。


「私は自分のスキルを認めてくれたこの街の人達に恩返しをしたくてこの仕事を受けました。『落ちこぼれスキル』『ダメスキル』って言われた私のスキルを素敵だ、有能だ、と言ってくれた人達が幸せになってくれるのが私の願いです。そのお手伝いをしてくださっているみなさんが辛い目にあうのを私は許せません。」


 いつの間にか私の目から涙がポロポロ溢れていた。


「怪我をしないでください。安全装備を離さないでください。今日の怪我もヘルメットを被っていればなかった怪我です。安全帯は邪魔かもしれませんが、なにかの弾みでバランスを崩して下に落ちちゃうかもって時には助けになります。本当はこれだけじゃみなさんの怪我を全て防ぐ事はできません、だからせめてこれくらいは使ってください。お願いします!」


「嬢ちゃんが言ったのは真実だ。本来安全な装備とは、頭、目、手足と指、肩、腰、呼吸器等体内から周囲の環境、家族に至るまで網羅されるべき事だ。だが我々は現在頭と墜落による大枠での身体の保護しかしていない。これでは全く足りていないんだよ。だからせめてヘルメットと安全帯は使ってくれや。もう嬢ちゃんを泣かせないでくれ。」


 ミノルおじさんはふーっと息を吐き……カッと目を見開いてとんでもない圧を放ったわ。


「もし守れねえんなら嬢ちゃんの前から消えてくれや!次に怪我したやつは本気で殺す!」


 あわわわ、あの『粉砕鬼』を黙らせたミノルおじさんの圧!


「ミノルおじさん!落ち着いてください!これは強制させることじゃなくみなさんが自発的にやらなきゃダメなことなんですから。」


 もう!へたりこんじゃってる人までいるじゃない!ミノルおじさんのバカー!


「まあミノルさんのはやり過ぎだが、俺も気持ちは同じだ。俺達は労働力としての皆に期待しているのであって生命を掛けて欲しい訳じゃねえ。だから安全を考えられねぇ奴とは雇用契約を破棄したい。俺達はそれなりの給金と労働環境を整えたつもりだぞ?皆の無事を祈ってるエリーゼさんの願いを叶えるなんてそれに報いるなら微々たる作業だよな?頼むよ。」


 黒オヤジのおじさんも頭を下げる。


「いやいやいや!頭を上げてくれ!怒りを鎮めてくれ!泣かないでくれ!」


「そうだぜ!俺達の事をこんなに考えてる人達がいるってのに、俺達は気付かなかったんだ。悪いのは俺達だ。」


「楽しい職場、新しい知識、美味い飯、快適な寝具、結構な収入に俺達を大事にしてくれてる雇用主……有り難すぎてバチが当たる。」


「おいみんな!エリーゼちゃんを泣かせるんじゃあねえぞ!」


「ああ、こんな可愛い雇用主を泣かせたらダメだ!」


「そうだ!それに先生が怒ると俺も泣いちゃうぞ!」


「俺も泣く!」


「儂は漏れちゃう。」


「俺も。」


 台無し。


「みんな、合言葉だ!合言葉を忘れるな!」


「そうだ!合言葉は『エリーゼのために!』」


「「「「エリーゼのために!」」」」」


「違いますぅ!そんなのじゃないですし名前を連呼されるのは恥ずかしいですぅ!」


「パクリ感も凄ぇしな。」


「それも言っちゃだめぇぇぇ!」


 とんでもない地雷が埋まってたわ、忘れてた。


「で、でも、合言葉を言うのはいい考えだと思うんですよ。ですからこの職場で使う挨拶を作りたいと思います!」


 パチパチパチ~、拍手~。


「今日からこの職場のあいさつは、『ご安全に!』にしまーす!」


 パチパチパチ~!


「な、なんだそれ?」


「ご安全にて……なんかダサくねぇか?」


 えー?いい言葉だよね!?


「まあ急に言われても困るだろうから説明してやるよ。『ご安全に』はその昔とある国の炭鉱夫たちの間で使われていた『グリュックアウフ』という挨拶が由来だ。この言葉には『大丈夫か?』『無事か?』と言う意味があるんだよ。炭鉱の中は当然陽の光が差し込まねえから朝か夜かが分からねぇ。それに炭鉱とは酸欠やガス、崩落、迷子と常に死の危険がある場所だ。だから自然と相手に対する気遣いが挨拶になったんだろう。昼夜を問わねぇ挨拶、それが『グリュックアウフ』って訳だ。」


 発案者のミノルおじさんから補足説明がありました。


 その炭鉱で働く人達の意欲が高かったのか冗談が好きだったのかは分からないけど、働く人達の連帯感や意識は高かったんだろうことは理解できるわ。


「そこへ俺が住んでた国の奴が見学に現れた。炭鉱技術を学びに来ていた彼等はその炭鉱夫達に『グーテン』と挨拶をしてシカトされた。『グーテン』とはまあ、『こんにちは』みたいなもんだ。シカトされた事をそこの責任者に話すと、ここの挨拶は『グリュックアウフ』だと聞いたのでそう言うと、炭鉱夫達から物凄く気さくで熱烈な歓待を受けたらしい。視察に訪れた奴は、炭鉱技術も然ることながら大切なのは意識や連帯感の高さだと気付き、国許へ帰って仲間だけの挨拶を作った。それが『ご安全に!』って訳だ。これがその由来さ。」


 この話を聞いて胸が震えたわ。仲間ってすごいわね。確かに仲間だけの通しのあいさつはかなり熱いわ。炭鉱夫さん達の熱さにしびれちゃう。


 それに安全を掛け合わせてくるこの見学者の人のセンスも素晴らしいわよ。


 ああ、こういう大人になりたいわね。


「今日私達の仲間が怪我をしました。私達はそれを忘れてはいけないと思うの。怪我をしてしまったのは仕方がないことだけど、もう二度と怪我がないように考えることは大事だわ。だから今日のこのことを忘れないよう『ご安全に!』っていう私達だけの素敵なあいさつをするんです。いいでしょう?」


「俺達だけの通し挨拶か。」


「な、なんか秘密結社みたいだな。」


「嫌いじゃないぞ。」


「俺も。」


「儂も!」


「よーし!今日からここじゃ朝も昼も夜も挨拶は『ご安全に!』だぜ!」


「「「「ご安全にーーっ!!」」」」




 その日からマールの街の工事現場では『ご安全に!』があいさつとなりました。時間帯や相手によって変化を付けずに済むこのあいさつは、マールの街だけに留まらず多くの建設現場に浸透していくこととなりました。マールの街の作業員さん達の仕事に対するひたむきさと真摯な態度は他所へ行っても輝いていたそうです。


 まあ、だいぶ後の話なんですけどね。

こんちわ、ぴ〜ろんです。


『ご安全に!』は鉄鋼業や製造業、建設業でお馴染みの挨拶です。発祥はドイツ、日本で始めたのは住友金属さんだったと思います。昔別子銅山に行った時この話を聞きました。自分はこの話が大好きでよく後輩に話してました。それを披露できる機会があってうれしいです。


まあこの『ご安全に!』の排除論も根強いですが、最初に志を持った人達へのリスペクトを忘れないようにしたいものです


というわけで、この件のご意見は受け付けることができません。まあ言われると今話が根底から崩れますからね。ご覧になられた排除論者の方、この際挨拶運動されてみてください。楽しいですよ?

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