073 怪我人が出た!
ホントにいた!
明日買い付けで街から出るため、ミノルおじさん達に報告しようと思って工事現場の休憩所に行ったの。
そしたら、お母さんとお兄ちゃんがホントにいたわ!
「お母さん!お兄ちゃん!なにやってるんですか!?お父さんがひとりでお店をまわしてたわ。大変みたいなのよ!」
「あらぁエリーゼ、今日は働いてないのねぇ。残念だわ。」
くっ!聞いてない!
「エリーの尊い働く姿を我が両眼に焼き付けたい一心で料理を覚えたんだ!凄いだろう?」
こっちは本物のバカでした。
私お店で普通に働いてたわよ?それじゃダメなのかな?
「だって、エリーゼが立ち上げた職場なんでしょ?そりゃあ応援しますから。美味しい食事を提供すればみんなハッピーでしょ?」
そりゃみんなはハッピーかもだけど、お父さんはアンハッピーでしたよ!?
「僕もエリーにハッピーになって欲しくて料理を修行したら、『卵料理』っていうスキルが付いたんだよ?僕って偉いでしょ?現在既にLv4まで上達したんだ!」
あなたはいつでも平常運転ですよね!
でもお兄ちゃん、卵料理スキルLV4って何気に凄いわよ。たしか卵料理ってそれだけで専門店が出せちゃうんじゃなかったかなぁ。
ただね、あなたには『ウォール商会』の跡取りっていう大役があるんですけど!忘れてないよね!?
「いやぁ、あんちゃんの卵料理うめぇぞ。俺はだし巻き玉子が好きだな!」
「エリーゼさん、アンタの母上も兄上も素晴らしい方々だな。流石はアンタの御家族だぜ。ちなみに俺はオムレツが好きだ。」
ミノルおじさんと黒オヤジのおじさんがいた!
「おふたりとも、ここで何してるんですか?」
「卵料理食いに来てる。」
「俺も。」
今昼過ぎ!
「仕事しましょうよ、けっこうがんばって働けちゃう時間帯ですよ?あっそういえば、私明日買い付けでグレース市まで行ってきます。留守にしますから報告しときますね。」
本来の目的を忘れるところだったわ。
「おお、気を付けて行ってこいよ。まあグレースなら日帰りかな?」
「はい、朝早く出ますから充分帰って来れますね。」
「ははは、ミルフィさんに会ったら泣いちゃうんじゃねえかな?」
「泣きませんって!……多分。」
ひとしきり話をしてると、休憩所に3人の作業員さん達が入ってきました。
「あっいたいた、親方に先生、エリーゼちゃんもいたぞ!」
親方?先生?
「はっはっは、俺が先生で黒オヤジのダンナが親方らしい。嬢ちゃんもここの責任者なんだから親方だな。」
「エリーゼちゃんは姉御ですかね、はっはっは。」
「姉御はイヤです、エリーゼでいいですから!それよりなにかご用ですか?」
「おっ、そうだった、怪我人が出ちまったから報告に来たぞ!」
報告によると、屋根の軒先処理をしていた屋根職人さんが足場の中で頭をぶつけて傷を負ってしまったらしいわ。
その人は普段から高い所で働くのを得意としているそうなんだけど、ヘルメットと安全帯が邪魔だからしていなかったらしい。
近くにいた作業員がすぐに発見して、救急用のポーションを使ったから大事には至らなかったけど、そのまま倒れたら足場から下に落ちてたかもしれないそう。
「馬鹿野郎が!最初あれほど言ったろうが、怪我したら殺してやるって!」
言ってたなー。
「まあ冗談として取られちゃったみたいですね。」
「うーん、この世界は割と簡単に人が死ぬ。普通に魔物や盗賊なんかが跋扈してるし、魔法やポーションなんかが普及しているから怪我なんかに対する認識が甘い。死んだら悲しむ人がいるってのはどこも同じなんだけどな。」
ミノルおじさんが目を伏せ腕組みをしながらしんみりと言ったわ。
「ミノルさんの発言に何か不思議なものを感じるが今は置いておこうかな。最初の頃は新しい工法や重機のお陰で俺やミノルさんが示した安全意識が高かったんだ。だが工事も終盤になってきたし作業が専門的になってきたから作業員に慣れが出てきて浮き足立ってる。」
黒オヤジのおじさんも沈痛な面持ちだわ。
この倉庫建設が終わったら、多分第2の倉庫やギルドの小売用販売所、商業者向けの会議所なんかの建設もあると思うの。
ギルドマスターさんの考えは商業ギルドが管理する物流の統括なんだから、とうぜん商会向けの施設が建てられるに決まってるわ。
今怪我人や、ましてや死人を出してはいけない。信用にかかわる上大事な作業員を減らすのは得策じゃあないわ。
「ミノルおじさん、黒オヤジのおじさん、なにか安全に作業するための『おまじない』を考えましょ?」
「おまじない?」
「ええ、今回の怪我は明らかに慣れと怠慢で起こった事故ですけど、それは今までの習慣が原因だと思うんです。安全第一なんてミノルおじさんが言わなきゃ誰も考えつかなかったんですよ。」
ミノルおじさんは私が重機を使う時だけじゃなくまゆげちゃんで移動する時だって何よりも安全を優先してた。
『そよ風の輝き』のメンバーが大怪我をしてまゆげちゃんで運んだ時だって、ミノルおじさんは私が街中でスピードを出して走行したことを叱ったわ。
緊急時であれ安全は最優先、この考え方はミノルおじさんが持ってきて、私の中にも定着してる考え方なの。
「安全第一という言葉を伝えることは簡単ですが、全ての人に根付かせるのは難しいです。だからいつでも安全を口に出して習慣化すればいいと思うの。」
以前ミノルおじさんから聞いたんだけど、ミノルおじさんの元いた世界の鉱物を扱う会社の商会長さんが職人さんが怪我をするたびすごく心を痛めてたそう。
それまでは『生産第一、品質第二、安全第三』という経営方針が世の中で一般的だったんだけど、その商会長さんは『安全第一、品質第二、生産第三』を唱えたんだって。
すると職人さん達にゆとりができて怪我が減り、その結果品質も保つことができて最終的には生産力も向上したそうよ。
その会社は100年以上続く老舗の会社としていまだにあるらしいわ。
そして、その商会で唱えられた『安全第一』は現在世界共通の精神になっているらしい。
「安全第一です!これをみなさんに広めたいの。」
「それなら挨拶にしたらどうかな?『安全第一ですよ~』『あ、どうも、安全でした』みたいにさ。エリーだって僕から毎日愛を囁かれたら嬉しくてその気になるだろう?」
「嬢ちゃんのアンちゃんはちとヤベェやつだな?」
なぜかお兄ちゃんが話に割って入ってきた!キモっ!
「はいみなさん、卵焼きでも摘んで下さいね。こっちはフレンチトーストっていうミノルさんが教えてくれたおやつですよ。」
お兄ちゃん意に介さず!
「美味そうだな、頂きます!」
「俺達も頂いていいのか?」
「当然!ここは働く人達の憩いの場所だからね。食べて休んでしっかり働く。」
おお、お兄ちゃんがまともなこと言ってる!
思わずキッチンにいるお母さんを見ると、お母さんはアラアラとばかりな困った笑顔で私を見たわ。
うむむ、ここはお兄ちゃんを認めてあげるしかないか。
ていうか、安全第一を挨拶に盛り込むのはナイスアイデアだと思う。
「もう少しで夕食の提供時間になりますから沢山食べると入りませんよ~」
「何言ってるんですか女将さん、アンタの作ったメシなら幾らでも入りますから!」
「そうだぜ、もう一生アンタの飯を食って生きていきてぇよ!」
「アラまあ、お上手ね。私がんばっちゃう。」
お母さんと作業員さんの軽快な大人トークが聞こえるわ。
おいー!娘の前で母を口説いてるんじゃあない!お母さんも乗っかるなし!
まあみんな仲良しなのはいいことだけど。
「ミノルおじさん、挨拶に安全を盛り込むのになにかいい言葉はないですか?」
今は挨拶のことを考えなきゃ。
卵焼きを頬張ってたミノルおじさんはモグモグごくんとしたあと私を見て笑顔になった。
「なるほどな、それならいい挨拶があるぞ。」




