163 とある異世界人のお話
こんちわ、ぴ〜ろんです。
やはり難産になっております。遅くなってすいません。
相変わらずの誤字報告に対しこの場をお借りして感謝致します。なくならないなぁ、困ったものだ。
気を取り直して……ではどうぞ。
『ピンポーン』
ある日曜日の朝、うちの玄関チャイムが鳴った。珍しいな、客か?
俺の家は割と田舎の方にある。田舎ってのは近所付き合いがおおらかで、庭を近道代わりに通過するなど日常だし用事があれば玄関より勝手口へ顔を出して呼べばだいたい済んじまう。
最悪調味料程度なら勝手にお邪魔して拝借、事後報告でも笑い話だ。
だから日曜の朝にチャイムを鳴らす奴なんかいねえんだよ。
「なんだよ全く……はーい!」
渋々玄関へ行き窓から外を見ると、男がひとり立っていた。
ガチャ
「どちらさ……ま?」
「重安君、久しぶり。元気にしてたか?」
「お、お前……藤原か?」
玄関に立っていたのは15年前忽然と姿を消した男、藤原だった。
奴とは高校が同じで1年の時同じクラスになりたまたま席が近かった事から仲良くなった。
俺も奴もそれほど派手に騒ぐタイプじゃなかったし、俺は模型を作ったり工作したりするのが好き、奴は本を読むのが好きだったりとお互いインドア派で気が合って一緒にいる事が多かった。
まあ卒業と同時に俺は県外就職で家を出たからそれ以来疎遠にはなってたがな。奴は何故かフリーターやってて色々な仕事をしてるって噂では聞いていた。
そんな時、俺の親父が亡くなった。
田舎に残ったお袋が心配になった俺は仕事を辞め実家に帰った。そこで仕事を探し新たに就職した会社に通い始めた。途端、相次いで数名の退職者が出てしまい重大な人手不足になってしまったんだ。
会社からもいい人材がいれば紹介して欲しいと言われ、駄目で元々とフリーターだった奴に連絡を取ってみた。
うちで働かないかと誘うと、奴もたまたま就職先を探していたらしく二つ返事でOK、すぐに採用が出て俺達は同期として共に働く事になったんだ。
数年経ち、俺は結婚した。妻は地元の幼馴染で名前は莉紗。実は昔から好きだった彼女と再会しすぐに交際が始まった。まぁ金星だな。
彼女はちょっと変わった趣味をもっていて、その時気に入った事をとことん追求する癖があった。俺もその気持ちは理解出来るタイプだったので、彼女の自由にして貰った。
俺達が丁度30歳を迎える年、奴も結婚した。俺と同じく同い歳の女性との結婚だった。奥さんに何度か会ったがなかなか癖が強くて面白い人だった。
それから数ヶ月後、藤原夫婦は行方不明になった。
「お前……今まで一体どこ行ってたんだ!奥さんは、優里奈さんは元気なのか?」
「あははごめんごめん、ちょーっと退っ引きならない事情が出来てさ、この世界に居られなくなったんだ。まあぼくもユリも息子も元気だからご心配なく。」
この世界?変なこと言う奴だな。
「退っ引きならないって……まあ今更責めても仕方ねぇ。一体何があったんだ?」
全く、ごめんごめんじゃねえよ。相変わらず緩い奴だな。だがコイツは普段は緩いがここぞの所では俄然頑固になるんだよ。そんな奴が帰ってこなかったには何か特別な理由があったんだろう。
「説明したいのは山々なんだけど、多分今の君じゃ理解が出来ないと思うんだ。ここへ来た理由は2つ、この手紙をぼくの両親に渡して欲しい事と、君達夫婦に提案を持ってきたから聞いて欲しい。」
は、冗談じゃない、息子夫婦が死んだと思い悲嘆に暮れてる奴の両親にどの面下げて会いに行けるっつーんだよ!自分でやれや!
「はっ、親不孝な奴だな!自分で行けよ。なんで俺がそんな事しなくちゃならねえんだよ!」
「その辺りが会いに行けない理由になるんだが……重安君、ぼくの姿に違和感はないかい?」
違和感?どっからどう見ても藤原だぜ。こいつ自信満々な面してるからか昔はモテてたよな。フリーター時代は知らねぇが、学生時代彼女を切らした事ない奴だった。オタクのくせに。その頃と全く変わらねえ自信満々なつら……
俺はその事実に気付き、全身の毛が逆立った。
「お、おい、お前なんで『学生の時と同じ容姿』なんだよ!俺と一緒に働いていた時期より明らかに若返ってやがる!お前!一体何者だ!?」
こいつ明らかに歳をとってねえ!奴は初めて出会ったあの時のままの姿で今俺の前に立っているんだ!
「そうなんだ、この姿じゃ父さんや母さんに会えない。ショックを与えてしまうからね。でも、せめてぼくとユリが元気に過ごしている事は伝えてあげたいんだ。だから、君に会いに来たんだよ。」
「会いに来たってお前……他に誰かいなかったのかよ。」
ああ、そういやコイツは友達いなかったっけ?子供の頃は大層しんどい生活を送っていたみたいだし。それなのに何故彼女が常に居たのかは謎なんだがな。
「しょうがねえな……気が向いたら行ってやるよ。気が向いたらだぞ?」
「ああ、それでいい。どうせ君はすぐに気が向くんだから。君のその性格は本当に尊敬するよ。頼まれたら断らないのは相変わらずだね。」
「お前にだけは言われたくねぇけどな。」
そう言って軽くニヤけると奴はホッと溜息を吐いた。
「それではもうひとつの話、提案だ。急にこんな話を聞いて信じられないとは思うけど、まあ聞いてくれ。」
信じられない様な話かどうかは聞いてから決めてやるよ。とりあえずお前の姿が滅茶苦茶若返ってるという現実がお前の話の信憑性を上げてくれてるしな。
「実はぼくとユリはこの世界とは別の世界に迷い込んでしまったんだ。現在その世界に生活基盤が出来たからぼく達はもう地球へは帰らないと決めた。家族も友人もいるし、仕事もある。」
別の世界、ああ異世界ってやつの事か?コイツそういうの好きだったよな。しかし幾ら好きだからってこっちの現実ほっぽり出していいって事はないぜ?
「いわゆる異世界かよ、お前そういうの好きだったよな。だがよ、こっちの世界よりそっちの方がいいから帰らねえってんなら、お前ちぃと調子に乗ってんじゃねえか?」
思わず怒気が発生してしまう。もしそうならコイツの身勝手には付き合えん。
「逆さ、この身体になったからもう地球へは帰れないんだ。諦めは着いたからいいんだけどね。」
奴はそう言って悲しそうに笑う。
奴も異世界とやらで順風満帆ではなかったのかもしれんな。俺も少し大人げなかったぜ。
「ただ、ぼくも地球に未練はある。だから歳を取ったぼくの父さんと母さんを引き取ろうとも思ったんだけど、うちにはまだ妹や弟がいるし、彼等の家族もいるからさ……」
「んーまあ、そうだな。お前ん家の家系が途絶えてもやだろうし。ははは。」
「だから、ぼくのもうひとつの地球での拘り……君達をあちらの世界へ誘おうかなって。駄目かな?」
な、なんだと!?まさか俺が異世界に転移しちまうだって?
「だ、駄目だな!ちょっと考える余地が欲しいぜ!」
ま、マジか……そんな夢みてぇな話……マジなのか?
「まあ異世界に行って幸せかどうかは分からないよ。君に声を掛けたのはぼくの親の事を頼みたかったからだ。異世界行きはついでだよ。」
「俺にも老いた母がいるし、仕事や付き合いなどの社会的立場もある。第一莉紗に相談もしてねえからな、今すぐなんて考えられねぇ。」
「それはそうだね。無理を言ってしまったようだ、済まない。ぼくとしては君が一緒に来てくれたら地球での憂いがなくなると思ったんだよ。」
「ふん、行かねぇとは言ってねえし気持ちはありがたく受け取るよ。だが、行くのは今じゃねえ。俺の人生が終わりを迎える時にでも呼んでくれや。死ぬまでに異世界とやらが見えればそれで充分冥土の土産になるからな。」
済まんな藤原、流石に行く気は起きねぇよ。お前があっちの世界で築いてきた物があるなら俺にだって似た様な物があるんだよ。
「ふふふ、君らしいいい答えだ。分かった、それならこれを渡そう。」
奴は小さな丸い玉を俺に手渡した。
「何度も地球に来る事は出来ないんだ。もしかしたらもう来れないかもしれない。だから、君があちらに来たいと思ったら自動的にゲートを開く魔導具を渡しておくよ。これひとつ作るのにすっごいコストが掛かってるんだからね。」
「そりゃ知らねえよ。大変だったな、って言えばいいか?」
「労って貰えば嬉しいかな?それを飲み込んでおけば来たい時にいつでもゲートを開けることが出来る。そうだな、臨終の際にでも思い出したら来てくれよ。」
「臨終ってお前…….」
その時、奴の身体から眩い光が溢れて来た。
「ごめん重安君、時間切れだ。ぼくはもう戻らないといけないようだ。済まないが両親の事を頼む。」
「え?早くねえか!?」
「重安君……いや、実君、君がこっちの世界へ来てくれるのを楽しみにしてる……」
そう言い残して奴は消えた。
急過ぎん?もうちょい話してくれてもよくね?
仕方ない、アイツの親の所に行ってくるとするか。確か奴の仮葬儀の時に会って以来久し振りにお会いするから茶菓子でも買っていかないとなあ。
奴の来訪はかなりインパクトがある出来事ではあったが、人というのはすぐに忘れてしまう生き物らしい。藤原が来た事なんて数日もすればあまり記憶に残らなくなった。
日々の生活とは残酷な程多忙なのだ。夜酒を飲んでいたら、たまにふと思い出すだけ。
そんな俺も歳を取った。母親は結構長生きしてくれて消える様に死んでいった。そして莉紗との間には結局子どもは出来なかった。
「あなた……」
今、老いた妻、莉紗が俺の前で臨終を迎えようとしている。こんな俺と最後まで一緒にいてくれた。
あちこちへ足を伸ばし様々な物を堪能する事が好きだった彼女ももう動く事はなくなるのだろう。
「ん、どうした?」
「……以前、確かあれは……藤原さんだったかしら?あの人はあなたに一緒に来て欲しいって頼んだんじゃなかったかしら?」
「んー、あぁ、あれか、そう言えばあったな。それがどうしたんだ?」
「私の心残りは藤原さんがあなたを連れて行こうとした場所が何処か分からなかった事です……あなた私に遠慮して行かなかったから……」
「遠慮した訳じゃねぇよ。行く必要を感じなかったんだ。ただそれだけだ。」
俺はぶっきらぼうにそう答えた。そんな俺を彼女は優しい目で見つめた。
「あなた……私そこが何処か見てみたいわ……」
彼女の最後の願い。
その言葉は明らかに俺への気遣いだと思った。俺より先に命数を使い果たしてしまう心苦しさから出た優しい言葉だと感じた。
最後に、死に目の女房の願いを叶えてやりたい、俺はそう思った。
異世界か、当然だが行ったことなんかねぇ。確か、そちらに行きたいと思いさえすればゲートが開くとか言ってたな。
……よく分からねえなぁ……うおっ!?
突然辺りが眩しく輝きを放つ。俺は莉紗を庇う様に抱き締めた。
気が付くと俺は知らない天井を見上げてた。
どうやら誰かに介抱されたらしく、綺麗な白いシャツと半ズボンを身に付けてこれまた綺麗でゴージャスなベッドに寝かされていた。
ここはどこだ?奴の言う様にここは異世界なのか?
"異世界転移を理解、
ようこそ異世界へ!異世界転移者特典:技能に「文字言語理解5、鑑定5」が贈られます。称号:異世界転移者が追加されます。"
「なっ!なんだ!?」
突然頭の中に声が響く。言語理解?鑑定?技能だと!?
「やあ、お目覚めの様だね。君は律儀だから必ず来てくれると思ってたけど、まさか自分じゃなくて莉紗さんが亡くなる寸前だとは思わなかったよ。悪いけど彼女の身体はぼくの作った素体に入れさせて貰った。あのままじゃ再構築に間に合わなそうだったからね。君の身体はあの<アーティファクト>を飲み込んだ時点のメモリーを使って再構築したから安心してくれ。」
声の主は藤原だった。灰色のフード付きの上着……ローブっつーのか?それを着た奴は俺を見て微笑んでいた。
「藤原、ここは?」
俺は分かりきっている事を彼に聞いた。聞かずにはいられなかったんだ。
奴はローブをマントの様に靡かせ、両手を広げ天を仰いだ。
「ははははは!ぼくはヒーロ、君と同じ異世界転移者だよ。重安君……いやミノル、よく来てくれたね。ようこそ異世界アストルギウスヘ!!」
ヒーロと名乗った俺の旧友はちょっとだけ恥ずかしそうに、それでも満面の笑みで俺にそう語った。
あれからだいぶ経った。その間の話は割愛させてもらおう。今更どうでもいいからな。
いつまでも奴の世話になるのも嫌なので、莉紗と共に別の国へ引っ越しをした。
マールと言う開拓村だ。人口僅か30名あまり。ある意味過ごし易い環境だな。まあ俺達が独立するにあたり奴からしっかり生きていく知恵と力は学ばせて貰ったから問題はない。
問題と言えば新しい村へ引っ越した翌日、莉紗がこの世界にならではの美食を100種食べるまで帰らない旅に出た事か。
まあ俺は彼女のそういう所が好きだった気がするな、確か。昔の事だから忘れた。
莉紗は奴の計らいでホムンクルスの身体を手に入れた。しっかりした作りの物だそうで、通常の人間より寿命は長いし生殖能力は無いがその他はほぼ普通の人間と変わりない作りなんだそうだ。
当然俺も莉紗もこれまで奴の所で鍛えてきたからそれなりの強さを誇るぞ。龍種の2、3体位なら余裕で相手出来るし。
そういえば結局俺はあの時と同じ40代半ばの姿に固定されてしまった。魔導具の記憶とかいう物で固定したから仕方がないんだが。
あーあ、俺も若い身体が良かったかな?
この世界は魔物はいるし剣や魔法で戦いをする様な世界。後、スキルと呼ばれる特殊な力がある世界だ。
俺達異世界から来た人はこのスキルの恩恵が凄まじい様だ。元々スキルなどない世界から来たんだから、スキルなしでもハイスペックになる。
そこにスキルが加わるからある意味チートな効果が出るって訳さ。
俺は固有で持っていた『整備士』というスキルがバグってた。人が作った物なら何でも修理可能となるし、チューンナップもお手の物だ。
言うなればゴミアイテムを特級品にする事が出来るし、ジャンクとして捨てられた物でも新品以上に整備出来てしまうという何でもありな能力だ。
その力を元に魔導具の修理屋さんを始めた。開拓地にとって魔導具とはかなり重要度の高いアイテムだ。儲かりそうだな。
という感じで俺の第二の人生が始まった。地球に比べ文化レベルがかなり低いがみんな一所懸命生きている。
いい所だなここは。来てよかった、藤原……いや、ヒーロに感謝だよ。若返った莉紗も楽しそうだ。女房孝行になればいいと思う。
まあ残念なのは自動車やバイクなどの便利な乗り物はこの世界にないって事だ。俺のスキルでは無い物は作れない。残念な事だ。
もっと自分のスキルを鍛え駆使し、いつかトラックでも手に入れて乗り回す事を当面の夢としよう。
マールへ越してから数十年経ったある日、花見がてら川土手を散歩してたら1人の少女と出会ったんだ。
そう言えば今日は鑑定の儀があったんだっけ、忘れてたぜ。
その子、泣いてた。
きっとつまんないスキルを手に入れてしまったとでも思い込んでいるんだろう。
スキルがない世界から来た俺に言わせればどんな小さなスキルでもつまんない事は絶対にない。だが、スキルとはその人の魂のチカラだ。つまんないと思ってしまえばそのチカラはマジつまんねぇ物になっちまう。
ま、他人事だ。好きにすればい…………
「何が『とらっく』よ!意味分かんないわ!……」
な、なん……だと!?
おいおい今この子、『トラック』って言ったよな?確かに言ったよな!?
聞き間違え……いや、そこは考えても始まらん!とにかく、とにかく確認をしなきゃ……
「おい嬢ちゃん、ちょっと良いか?」
俺は思わず少女に声を掛けちまった……
その日、俺はこの異世界にて正に奇跡の原石を見つけたのだった。