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閑話 赤い壁の伝説 前編

 少年がその街を見た時に感じた印象は『自分が生まれ変わらせたあの国の昔の姿』だった。




「すまないな兄ちゃん、近頃街の周りの魔物が活性化してるしそれを何とかするって名目で他所の領から兵隊がわんさか来てるから物資が無くてよう。ロクな食い物も出せねえのは宿屋として情けねえばかりだぜ!」


「何言ってるんですか、ぼくは充分満足してますから。こちらこそ無理に泊めてもらって申し訳ないです。」


 宿屋の主人が申し訳なさそうに少年の前へ2つの固くて小さなパンと具の少なく透明度の高いスープ、綺麗に皮が剥かれ三日月型に整えられた2切れのリンゴを出した。


 ちなみにそのリンゴは料理が出せないから宿泊させる事ができないと言い張る宿の主人に宿代と共に差し出した『おもたせ』の品である。そのカットの丁寧さから宿の主人の料理の腕が想像できると少年は思った。


「はあ、兄ちゃんはここが王都だからやって来たんだろ?残念な街ですまねぇな。まだ魔物が少なかった頃はなんとかやってたんだが、こうも増えちまうと交易品が途絶えたり農場が荒らされたりで食う物にも事欠いちまう。正直この街にゃ兄ちゃんみたいな旅行者はもう来ねえと思ってたんだ。」


「でも王都ですよね?王都なら軍隊が存在するでしょ。魔物の間引きをしたりして国民の生活を守るのは王侯貴族の定めですよね。」


「はっ!アイツらが俺達を守る?ないない!アイツらが守るのはホレ、そこに見える『壁』の中にある貴族街と中央にある城だけだ。王都なのにこの街にゃ防壁どころか濠すらないからな。」


 宿の主人はそう言いながら窓の外を睨み付ける。その視線の先には灰色の石垣の様なものがあった。


 どうやらそれが城や貴族街を守る『壁』の様だ。


「アイツらの言い分だとその『壁』から外にある物は全て『壁』の中にあるヤツらを生かすためにあるそうだ。俺達の存在なんて畑から生える野菜や狩りで手に入った食肉みたいなもんなんだよ。このカツカツの生活にも関わらず今まで通り採るものは取りやがる、挙句の果てに大食らいの兵隊達が自分の家のキッチンから菓子でも摘むかの様に俺達から物資を奪いやがる。正直もうやってられん。」


 少年は宿の主人の方を向いた。主人は寂しそうな眼差しで少年を見ている。その手には1本の酒瓶と2つのカップが握られていた。


「やってられんから兄ちゃんがこの宿の最後の客になるって訳さ。女房と子供達はここがこんなになる前に実家に送り返したんだ。無事に着いたって便りが来たから安心だ。後始末が出来たら俺もそっちへ行くつもりだったんだよ。まあどの面下げて帰るのかが悩ましい所だがな。」


「……心中お察しします。」


「止めてくれ、王都で一旗挙げる気概が空回りした男の末路を祝ってやってくれるか?上客が来た時に出そうと思って手に入れてた『ニホンシュ』とかいう凄え酒だ。幻の大陸とかで作られた逸品らしいぜ?飲んだ事はねえからホントに凄えかどうかは知らんがな。」


「……戴きましょう!」




 主人が酔い潰れるまで深酒に付き合い、愛する者への詫びの言葉を呟きながら涙を流す彼を寝室に運んだ少年は部屋でひとり静かに目を閉じる。眠る事のない彼の夜の過ごし方だ。


(宿の規模と建物の使用感からして繁盛していたと推測できるな。人の往来が盛んだった頃はかなり重宝されていたんだろう。主人の人柄も申し分ないし、問題点はやはり……アイツらか。)


 人という個の存在はこの世界では果てしなく弱い。魔物が跋扈し文化レベルが低いこの世界に於いて人は弱過ぎる。だが、人は社会性を持つ生物で知性や感情が他の生物に比べ豊かである。好奇心や探究心も豊富なため発展する力が強い。


 だから人は国家を作る。


 ひとりひとりは弱くともみんなで築きみんなで守り、高め、力を手に入れ安心を手に入れる、その筈だった。


 だがその高い知性は傲慢を生み出し、欲望を生み出し、怠惰を生む。そうして出来上がったのがこの王国なのだろう。


 この国は中央集権と放任が相まったおかしな政治形態を保っている。中央に興味を持たず地方に根付く領はそれなりに高い生産力を誇ってはいるが、その富を根こそぎ中央に吸われて中央権力に近い領へと分配される。逆に中央の権力に近付くため腐心する領は放置された自領の生産性が低いのにも関わらずその分配された富を我が手に収め隆盛を極めている。


 傲慢、欲望、怠惰を絵に書いたような政治家による情報操作が行われているのだ。当然その利益は民に対して振る舞われる事などない。


(それに付き合わされるのはいつも底辺で支える領民なんだけどな。欺く王侯貴族は当然害悪でしかないが、欺かれて領民に苦渋させている領主もまた無能。)


 更に現在魔物が活性化している現状を打破するため王国が出した案は、地方領からの出兵と兵站の徴収だった。出兵する側にも大きな負担が掛かったが、1番負担が大きかったのは何故か受け入れを任された王都の都民達だったのだ。


 地方から送り込まれる軍隊を受け入れると聞けば利益の匂いもしそうではあるが、単純に武器を持った平民より腕力も位も高い男達が大挙して押し寄せてくるのだから宿の主人の様に妻と子を疎開させるのも当然である。


(既に軍人が領民相手に騒乱も起こしているようだし、これはいよいよヤバいかな?なんとか一般人だけは守ってあげたいと思ってここへ来たけど……魔物より問題のある根腐れを取り除かないと駄目な気がする、はぁ……)


 少年は溜息を吐いた。


「家族に知られたらまた弄りまくられるからそーっとやらなきゃ。そっちの方に神経使うよ全く!」




 その深夜情勢が動いた。魔物が大挙して押し寄せてきたのである。


 原因は些細な事。


 酒に酔った軍人貴族達が揉め事を起こし、その決着を付けるため魔物を狩った数で勝負する事となった事である。


 そしてあろう事かその勝負をスムーズに行うためと称し大量の魔物寄せポーションを街の広場に撒いてしまったのだ!


 人為的な集魔で小さな魔物が集まり、それを餌に中型魔物が、更に引きずられて大型魔物までもがここに集まってきてしまった。結果この軽率な行動がまさかの『魔物暴走(スタンピード)』を発生させてしまった、という訳である。


 この街には防衛のための壁はない。特に軍事予定のなかった軍人達は普通に眠りに付き、不寝番は素人である街の住民が行う通常の見張りしかいなかった。


 想定出来ない人為的なスタンピードに対し、初動が大幅に遅れてしまったのも仕方がないことかもしれない。


 しかし、それは生命があれば出来る言い訳だ。


「みんなっ!家から出るな!絶対出るなよ!」


「1番頑丈な部屋に籠るんだ!」


「自分だけでも生き残ると信じろ!つまらねぇ義侠心で飛び出せば見つかって家族や隣人を巻き込んじまうからな!」


 そう叫びながら街中を走り回っているのは冒険者達の様だ。軍隊が来ている事で活動しにくくなり他所へ移動する冒険者が後を絶たない状態ではあったが、それでもまだ残っていた者達が自らの危険を顧みず住民のために走り回っている。


(えっと、魔物の反応はざっと5万位か。街に到達するまで後最短で40分程、軍隊の動きは……あー駄目だこりゃ。)


 幾ら王都とはいえ地方から集められた全ての軍隊を街の中に受け入れられる筈はない。高級士官や上級貴族軍人達は貴族街へ入り、中級以下の士官や下級貴族、軍の中で力を持つ者達が平民街へ滞在している。


 そして下級士官や一般兵、軍属は街の外でそれぞれ陣を張り野外生活を送るのが一般的である。その陣が現在魔物の群れ5万に襲われているのだ。


(上官の喧嘩で使われたアイテムの効果によって誘われた魔物の来襲を予測出来る一般兵がいるのなら、多分出世して現在貴族街にいるだろうな。魔物が活性化する夜にどれだけ強い魔物寄せのポーションを使ったんだよ全く!)


 いち早く事を予知した少年は、町外れにある物見櫓の上に立ち周囲を伺っている。


「野営地で呑気に惰眠を貪ってた兵隊達を先に1人でも多く助けようとするなら、街の住民の被害は軽視出来なくなるな……ここは可哀想だが彼等には職務に殉じて頂こうか。まあ君らの上官の因果だから仕方が無いよね全く!!」


 少年は吐き捨てる様に独り言ちた。彼とて救えるものなら救いたいのだろう。それを現実が許さないだけなのだ。


 櫓の上からヒラリと身を躍らせ落下する少年の姿は闇に紛れ誰の目にも止まらない。その身体は地面に叩きつけられる事なく宙に固定される。


 そのまま凄い速さで街の外へ通じる門へと飛んで来た、文字通り宙を。


 そして、門の前に着地する。


「だっ誰だ!?どこから来た!?」


「少年?なんでこんな所に……」


「なんか空飛んで来たような……おい、坊主下がれ!死にたいのか!?」


「ああ脅かしてしまってすみません、生きるつもりで来ましたからお構いなく。」


 少年を守ろうとして数名の冒険者達が駆け寄って来た。彼は冒険者達に一声掛けた後門の状態を査定し始める。


「さてと、この門じゃ潰されちゃうな。仕方が無い、外周りに別の門を作ろうか。」


 少年が手を翳すとその手の平から小さな板が現れ、それに触れると板の中身が弾ける様に大量の鉱石が溢れ出した。


「とりあえずディテールは後回しにして、門と扉を作らなきゃ。えーっと門の材質は石材を圧縮したもので良いとして大型魔物に備えて高さ10メートル位にしとくか。扉は一応オリハルコン位はないと怖いよねぇ。」


 オリハルコンとは『金剛鉱石』と言われる兎に角頑丈な鉱石だ。


神鋼鉱石(アダマンタイト)』に次ぐ冒険者等級の序列2位に数えられる程の稀少鉱石であるオリハルコンを何故この少年がこれ程大量に保持しているかは謎。


「壁も石材で良いか。これなら大量にあるから充分な高さが得られるだろうしね。大事なのはスピードだよ。」


 門から街をグルリと時計回りに横走りを始めた少年。その左手からは石材が溢れ出し、右手で器用に受け止めながら門と同じく圧縮石材の壁を成型していく。


 ざっと15分程だろうか、まるで魔法……いや、神の御業かの様な所業で街の周りには高さ10メートル、厚さ4メートルはある立派な防壁が完成したのである。


「おい……」


「ああ、どうなっているんだ?」


「夢でも見てるのか?だが……これなら助かる!」


 防壁を見た冒険者達は歓喜とも驚愕とも取れる表情で彼の所業を見つめていた。


「よし……とりあえずこれで魔物の侵入は防げそうだな。後は軍隊の方だけど……ああ、やっぱ無理だったか。」


 彼の脳裏にはその状況が浮かんでいる。


 5万体程だった魔物は更に増え、大小問わなければ10万体に届きそうな勢い。特に大型な魔獣と呼ばれる存在まで加わっている。


「めっちゃ増えてるし!グランドドラゴンにカトブレパス、マンティコア……どっから湧いたんだよ迷惑だな!」


 地龍と呼ばれるグランドドラゴンは超大型の亀の様な龍種であり、その大きさは全長30メートルにも及ぶ物がいる。カトブレパスとは水牛の様な外見を持つが、頭部が極端に大きく首が長いためその頭部を俯いた様に垂らして歩く大型魔獣。マンティコアは獅子の身体に人の頭部を持ち、知能が高く獰猛で陰湿な性格の大型魔獣だ。尾に猛毒の針を持つ。


 幾ら万の軍隊でも指揮官が不在なら最早それは死に体であり烏合の衆でしかない。更にその様な大型魔獣を含む10万の魔物から奇襲を受ければ一溜りもなく、少年が壁を作り終わった時には既に生存者を探すのも困難な程であった。


「これは先に魔物寄せの効果をキャンセルするべきだった。て言うかどんだけ強力な魔物寄せポーションなんだよ!そんなもの持って来るなよバカじゃないのか!?」


 悪態を付きながらも少年は魔物寄せが撒かれたであろう街の広場へ移動し、その辺りの地面ごとポーションを不思議な力で回収してしまった。


「よし、これでもうこれ以上魔物達を誘き寄せることはないだろう。」


「お、おい!お前!何をしている!?」


 地面を回収した彼を十数名の軍服を着た男達が取り囲む。少年は『見て分からないの?』と言わんばかりに目を見開いている。


「何って、魔物を誘引していた元を断ちました。これ以上魔物を誘き寄せても困りますからね。」


「勝手な事をするのではないッ!!我々の勝負の邪魔をするつもりかッ!?」


「……という事は、この事態はあなた方が引き起こしたという事ですね?」


 事態を引き起こした張本人であるこの軍の士官らしき者達はどうやらここで魔物の発生を待っていた様だ。たった今街の外で自分の部下や国を守る筈である兵士達が無駄に生命を散らしていると知ってか知らずか。


 よく見ると周囲にも冒険者達がいてこの状況を何とかしようとはしていた様だ。だが相手は国軍であり貴族、どうしようもなかったのだろう。更に士官達は酒に酔っていて話も付けられない。


 そんな士官達を少年は静かに睨み付ける。


「とりあえず責任は取るべきでしょうね。君達の脳が腐ってなければこれ程人が死ぬ事もなかったんですから。」


「なっ……あぐぐ……」


「か、かはっ……」


 ギィン!!と金属同士が衝突した様な大きな音がした……気がした。


 少年の身体から凄まじい程の怒気が発せられ周囲に嵐が巻き起こる!それに巻き込まれた士官達は彼の気に当てられ一瞬にして意識を失ってしまったのだ。


「こういう奴らが息を吸うから大気が穢れるんだよな。生きてる価値のないアンデッドみたいなものか、もういいから息吐くなよゾンビ野郎。」


 そういってそこに転がった士官達の心臓に手刀を叩き込みその生命を刈り取る。


 その手並みに躊躇などない。まるで庭に生えた小さな雑草を指先で摘んで引き抜くが如く。


 その周囲で一部始終を見ていた冒険者達の視線を尻目に少年は歩き出す。冒険者達は彼が立ち去った後も当分の間押し黙ったままその場に立ち尽くした……

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