断食の果てにダンスを踊る
断食ダイエット
狂気に充ちたこのダイエット、受け入れ難いこの状況も受け入れるしか無ければ受け入れるしかないのが現実だ。
ターベルは空腹を水で満たし、空を眺めながら時を過ごした。
流れる雲と刻々と変化する石柱の陰で…そして心臓の鼓動と腹の音が過行く時を緩やかに彼女に知覚させる。
♪さ~て!時刻は10時!今日はご家庭で出来る簡単宮廷料理をお教えします!
「ぐぉぁああああああああああああああ!」
♪こんにちわ!お昼ドキドキ街角探検!今日は戦う男達の飯処…ビジネス街に今月オープンした牛丼屋に突撃しまーす!
「ほげぇえええええええええええええええ!」
♪さーあ!みんなで一緒に歌うよ~=朝食超ショック!
「ふふぁぁあばばばば!」
朝食超ショック 作詞 深稲 樫好
朝日と共にスポンと飛び出る、朝のトースト二枚アツアツ
バターとろりと塗ったらぱらら、シュガーをかけて頂きます。
アァアアアアアア!
ァアアアアアアアア!
砂糖と塩を間違えちゃったよ 超ショック 朝食
ジュゥウウ ジュゥウウ
ハムとベーコンどっちが好きなの?
卵焼派と目玉焼き派と、色々こだわる事はあるけれど
赤味噌と白味噌と減塩、合わせとこだわる一品
朝に欠かせぬお味噌汁
うー うー こだわりを熱くかたったら
ふー ふー 熱い味噌汁の温度も下がって
あー あー 愛の温度も冷えすぎちゃって
朝食替わりに置かれた書き置き 超ショック 朝食
…
……
………やめろぉ、テレビを止めろぉおお
「え?なんて?」
…このぉアマぶち殺すぞぉおお
「あーテレビ見たいの?はいはーい…ちょっと待ってね。」
ジュゥウウウウ
画面いっぱいにステーキを映した映像が視界に飛び込む。
涙と涎を垂らしながら、栄養不足でくらつく頭を…ごつごつと床に擦りながら石柱の方に這いずり手を伸ばす。
「あらーまだ三日目なのに辛そうねぇ~」
くひぃいいいい
くひいぃいいい
声が出ない、石柱の狭間から伸ばした腕は虚像のステーキを掴む為か。このボケ女を殴りつけたいのか解らない。
ガクン
パタリと手が地面に落ちて、もはや指一本動かす気力が尽きる。
体力的な問題では無い…動こうと思えば、まだ体は動くだろう…、叫ぼうと思えば…まだ幾らか声も出よう…しかし…しかしだ。
耳から、目から…入ってくる肉の焼ける音、溢れる肉汁の映像に何を思っても意味が無く…まして手を伸ばす事はより腹を空かせるだけの愚行なのだ。
世界の在りように意味はない、行動に意味はない、心に一切の意味が無い…故に、ターベルはその全てを投げ出したのだ。
「フフフ、ようやく悟りを開いたようですね。…ここからはあっと言う間ですよ。あと4日!」
絶望も何も無い
出来る事は何もない
ただ…滴る水滴の元、四肢を大地に投げ出し空を見上げる。
ポタリ
ポタリ
ポタリ
ポタリ
喉を潤す時以外は、口を閉ざして目を閉ざして…水滴を額で受け止めた。
ポタリ
ポタリ
ポタリ
ポタリ
「そうです、全てを世界に委ね眠るのです…あなたが投げ出した全ての物事は、貴方を苦しめ続ける業の重荷。額に落ちる山水が…魂に残る咎を溶かして清めるのです…。」
ズルズルズル…今日、あのいかれ女の夕飯は天ぷらそばらしい
ポタリ
ポタリ
ポタリ
虚無の闇に生まれた僅かな怒りが、水の冷ややかさに溶けて消える。
ポタリ
ポタリ
ポタリ
いつしか日は登り、また暮れて
陽光と月光がくるくるとダンスを踊っている事に気が付いた。
ポタリ
ポタリ
ポタリ
無意識の中に残った知識が、天動説を否定して…太陽と月のダンスを否定、回っているのはこの大地で…踊っているのは私だろうか?
ポタリ
ポタリ
ポタリ
指一本も動かさず、寝たきりのまま踊る不思議さ
冷えた心の奥で、僅かに誰かがクスリと笑い
やつれた体の奥底で。ドクンドクンと心臓が頷く
ポタリ
ポタリ
ガチャリ
そうして、開かずの裏戸が開き
一週間の日々が終わった。