2日目 水滴は甘やかに心と体を満たし潤す。
一体わたしは何を書き始めてしまったのだ。
断食ダイエット2
コヒュー
コヒュー
「ファハ…ァァ…コハァ…アァ…」
デブは一食抜くと死ぬ、有名な言葉である。
昨日慣れない山道を歩き階段を乗り越える苦行の上に晩飯を抜けばもはや死は免れない…、まして散々泣き叫び恐怖と絶望で油汗びっしょりで一晩を越えれば、デブで無くとも壮絶な疲労と頭痛、眩暈と喉の痛みにのたうつものだ。
コヒュー
コヒュー
「フィ…フィズ…」
金髪の美女(自称)ターベル=ダイスキーは脱水症状に苦しんでいた。
無人島生活を送っていた彼女の悪夢は、気が付けば夜の砂漠を彷徨う物に変わった。
ピチョン
「フィズゥゥ…フィ…ズ…」
ピチョン
水の音だ、彼女はついにオアシスを見つけた…見通しの効く砂漠において、目ではなく耳でオアシスを探す事などあるのだろうか?しかし見つけた。これは間違いなく水の音だ。
ピチョン
ピチョン
ピチョン
ピチョン
「ファァッ!?」
夢じゃない!洞窟の床に投げ出したわがままバディ…無駄に重く、力の入らないくせに苦痛を脳に送り続ける無用の肉に、ターベルの意識は舞い戻った!
ピチョン
「夢じゃなかった!み…水!!」
昼間は気が付かなったのだが、洞窟の片隅…天井から水滴が滴っている!
天井のゴツゴツの先端から…真下の地面の割れ目にピチョン、ピチョンと吸い込まれている!
「あぁあああああ!!」
デブは寒さに強いと思われているが、脂肪は冷えれば冷たく固まる。
冷え切った四肢の感覚は遠く、脱水症状と飢えの苦悶で視界は霞む…しかし、しかしなんとか動かねばならぬ!
「あああああああ!!」
ズシリ、ズシリと体を動かし…ダイスキーはどうにか、水音のする場所に辿り着いた。
「ふぅーふぅー」
水たまりが出来て居れば、それを救って思うまま飲む事も出来たのだが…天井からの水滴は亀裂の中に吸い込まれ、その下に…決して手の届かぬ先に並々と溜まっているようである。
ピチョン
ピチョン
バタン!
倒れた訳ではない、彼女は自ら身を投げ出し…そしてゴロリと上を向いて口を空けた!
ピチャリ
鉄か土の味なのか…僅かに苦みのある水が彼女の乾いた舌先に滴り落ちた。
ピチャリ
潤した舌先から、僅かに奥に水滴が届く…しかし…まだまだ、乾いた喉には届かない!
「あぅあ…あぁああああ!!」
ピチャリ
もどかしい、おいしい、もどかしい…彼女は身をよじり、熱い喉の奥へと潤いを待つ。
ピチャリ
ピチャリ
「あっ…あっ…あぁ…!」
もどかしく、切なく…彼女は貴重な水分を消費して涙を流した。
あぁ…日々当たり前に飲んでいたコップ一杯の水、ガブリガブリとただの水を飲む贅沢が…今は天国に居た記憶に感じる。
瞼の裏で水どころかコーラやカレーをグビグビの飲む自分を罵倒しても、現実には乾きに身をよじり…体を横たえ水滴を待ち続ける他には無い。
ピチャリ…
潤いを取り戻した舌先を伸ばし
ピチャリ…
受け止めた水滴が、舌の上をすべる。
…
……
………ジュワ
乾きに苦しむ喉奥の手前、水滴はひり付く舌の根を僅かに潤すにとどまり…そしてついに…
ピチョン
「……………………ファぁあ!!!」
体の奥、もっとも求めていた場所が濡れる。もどかしさではなく…あまりの心地よさに涙が流れた。
脳を痺れさせる多幸感…しかしそれも一瞬の事で…無い!
ピチャリ
ピチャリ
ピチャリ
ピチャリ
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
心臓の鼓動のような水滴の甘やかな滴りを、乾きが癒される幸福感に…ダイスキーは思わず声を上げた。
絶望に泣き叫び痛めた喉からの乾いた叫びとは一味違う、幸福に満たされた艶やかなしめやかな叫びである。
ピチャリ
ピチャリ
ピチャリ
「ファァアアアアアアアアアアア!」
洞窟内で反響するその美声は、そっと彼女を外から見守る人物…断食ダイエット講師の耳にも届いていた。
「フフフ…そうよ、水の一滴…お米の一粒にも喜びがある。…それを知る事が、このダイエットの意味でもあるのよ。」
ファァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
チュンチュンと小鳥が囀り、岩山の東面…洞窟の正面、岩の柱から朝日が差し込む。
朝霧により穏やかに緩やかに弱まった光が、闇の中で過ごしたダイスキーにはとても鮮烈に…美しく見えた。
ダイエット2日目の朝である。