1日目 岩山の洞窟
断食ダイエット
「野菜モリモリダイエット!ダイエットエクササイズ!小麦ダイエットにドーナッツダイエット!カレーダイエット…世の中には様々なダイエットがありますね。皆さんも色々チャレンジしてきたことでしょう…しかし!」
山奥の古寺で細身の女性が演説をしている、美しく長い髪を後ろで束ね黄色い法衣を羽織る細目の女性…額に付けたルビー色のアクセサリーがナウでエレガントな美女である。
相対するのは美女とは真逆の人種、デブでブヨな醜悪な面々が…正座もままならず足を投げ出し、座る姿勢もままならず床に寝そべり、もしくは壁や柱に寄りかかりつつカレーをストローで吸っている。
「皆さんは数々の挑戦をし、そして失敗を重ねてきたのでしょう…それは何故か!甘いからです!世間に溢れるダイエットは甘い!甘すぎる!皆さんが悪いのではありません…ダイエット方法が間違えていたのです!!」
「そ…そうだったんだ!」
私、主人公…ターベル=ダイスキーは青い瞳と金色の髪を持つ美女であるのだが…この演説に深く感動を覚えていた。
そうだ、私が駄目だったんじゃない!やり方が間違えていただけなんだ!
「そこで今回皆さんに紹介するダイエットがこちら!“ダンジキ=ダイエット”…なんと成功率は100%!しかも効果は最速…一週間で結果が出ます!」
「す…すごふぃ!!」
私は感動した。100%はスゴイ…なんたる数字だ!なんかスゴイ!そして結果が出るのも一週間…うーん、三日以上続けられたことがないから不安だけど…他のダイエットよりは絶対に早い!
「ぶっちゃけ、開始の翌日には体重減ります。そういう意味では効果が出るまで1日です。」
「すげふぇぇええええええ!」
感動した、これはやるしかない…え?なんで帰る人達がいるの?みんなやらないの?
ダイスキーが感動してうんうんと頷く中、他の受講者達はのしのしと部屋を出ていった。残ったのはダイスキー一人、そんな彼女に…講師は優しく微笑みながら契約書にサインを求めて来た。
「頑張ってくださいね!」
「やります!私…やれば出来る子なんです!」
カキカキカキ…むつかしい字は読み飛ばして速攻でサインをして講師に渡す。大丈夫だ、金ならある。しかし一つだけ聞かねばならない事もある。
「ところで先生!ダンジキって何ですか?」
◆ ◇ ◆ ◇
翌日
案内されたのは更に更に山々奥の岩山だった。岩肌にソーラーパネルが取り付けられていて、小さな小屋があるので人が住んでいる感じはするが…一体ここで何をするのか?
気になるのは岩山の腹にぽっかりと穴が開いていて、痩せた人がギリギリ通れるほどの等間隔で岩の柱が入口に立っている。中をのぞくと洞窟の天井に穴が開いているらしく…畳一畳ほどの陽だまりが洞窟の中央を照らしていた。
「先生ここで何をするんですか?」
「ふふ…ついていらっしゃい」
そういうと先生は柱の間をするりと抜けて、洞窟内の陽だまりの場所で座禅を始めた。
私はあわてて入ろうとするが…どうにも全身の肉が邪魔をして入れない。
「裏に勝手口がありますから、そこから入っていらっしゃい。」
「は…はふぃい!」
疲れた…ぜぇぜぇと息が上がる、先生は気軽に裏とか言うが…この放漫バディを両足で支え、山道を行くのは無理がある…しかも途中で階段まであり、辿り着く時には日が暮れかかっていた。
ギィイイ
「ぜぇ…ぜんぜぇつぎまふぃたぁ…ふぅ…ふぅ…」
「フフフ、ではこちらに。」
既に洞窟内に日は差さず…しかし、真っ暗な闇の中…先生のルビーの宝石が輝いて当たりを照らす。
私はヨタヨタと光に近づき…、どかりと…座るというか仰向けに寝そべり空を見上げた。
洞窟の天井に空いた穴から…オレンジ色に染まる空が見える…綺麗だ、そして…ミートスパゲティが食べたくなった。
グゥウウ
「先生…晩御飯は何になるんですか?」
「……………」
グゥウウウ
先生は答えない、もう一度聞こうとする前に…代りに腹の音で質問をした。
「晩御飯は……ありませんよ?」
「…え!?」
世界が止まった…否、ダイスキーの脳が止まったのだ。
理解が出来ない…先生は…先生は一体何を…
先ほどまで綺麗だと思っていた夕空の色、それと同じ輝きを持つ先生の額の宝石が…美しさではなく、血濡れたおぞましさの印象で洞窟内を照らしている!
…受け入れるままにここまで来たが、受け入れられない事態を前にダイスキーの脳は再び活動を再開し…そして肥満気味な心臓がドクドクンと全身に緊急事態を伝え始める。
巡る血潮が脂汗に変わって全身に滲み出し…ようやく先生の言葉の意味を理解。
「わ…私帰ります!」
「わはははははははははははは!」
大人しい…と思っていた先生が突如爆笑!しながら座禅を解いて走り出す!するりと柱の間を抜けて…くるりと振り返って絶望を告げた。
「痩せるまで出られないよぉおおお?食事はぬきだよぉおおお?それが断食ダイエットだよぉおおお?ふはははははははは!」
「ひぃいい!」
逃げなくてはならない!恐ろしい!恐ろしい!
ダイスキーは自分が入って来た勝手口の存在を思い出し、慌てて起き上がり出口に向かう!
「ふはははははははは!」
「ひぃいいいい!」
先生が裏口から現れた、そんな…ダイスキーが数時間かかった道のりを、ほんの十数秒で駆け抜けたのか!?あの地獄の上り坂を…3段にも及ぶ果てしない階段を!?
「悪いがこっちは通行禁止だぁあああ!アハハハハハハハ!」
先生はそう言って扉を閉めて、ガチャガチャと外からカギをかけた。
ゴロゴロギギギズンズシンと重い物を動かす音がして…どんなに押しても扉は開かず…
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
デブは吠えた、泣いた。
太陽は完全に沈み、洞窟の中には闇が訪れる…恐ろしぃ、苦しい、空腹だ…
己の肩や膝を抱くこともままならぬので、己の腹を抱えて涙を流す。
暗い暗い洞窟の中…ぼんやりと、中央に気持ち明るい場所がある事に気が付いた。
「陽だまりの…場所だわ…」
ダイスキーは這いずるようにその場所へ移動し、疲れ切った体を横たえ空を見上げる。
「あぁ…あぁあ…」
泣き叫び、痛めた喉から感嘆が漏れる。
都会から離れ、本当の闇の中でこそ見えるありのままの星空…その美しさに、一瞬だけ…一瞬だけ世界が止まり、空腹を忘れた。
ぐぅううううう
「うぅ…うぅ…」
駄目だった。美しき星空は涙で霞…ついにダイスキーは瞳を閉じた。
投げ出した四肢は疲労で痺れ、体内は初めての空腹にぎゅんぎゅんと苦しい…目を閉じて、そんな苦悶の肉体を手放し、彼女は夢の世界へと逃げていった。
こうして、断食ダイエットは始まったのだ。