9 「ええ-----!!!!」
翌朝、美穂が寝室から出てくると香ばしいコーヒーとバタートーストの香りがする。美香が先に起きて、朝食を準備してくれていたのだ。
「あ、コーヒー最高。ありがとう美香!」本当に美香は面倒見がいいな、と思いながら感謝する
「何でもないよー、これくらい。早く食べて用意しないとね、冷蔵庫に何もなかったから、これしかないわよ」
美香は寝る前に寝間着に着替えたようだが、美穂といえば相変わらず下着の上に、二回り大きいTシャツをかぶっている状態だ。
「美穂、ワンピの寝間着可愛いわね、そんなの持ってたんだ」
「うん、大分前に持ってきてあったよー」
「そうなんだ...それでさ、昨日のことなんだけど美香、本当に私と一緒に住んでよ」
「えー、いいのー?」
「うん、だって一人じゃ淋しい時もあるし、美香と一緒だといつも楽しいし」
「えー、昨日私のことを意地悪って言ったのはどこの誰だったかしら?」
「…だって、あの時は直樹さんのことで私をからかっていたし」と恥ずかしそうな美穂。
「あーうん、まあ、そうよね」
「美香と一緒だったら、絶対楽しいと思うわ」
「私も美穂とだったら、退屈しないわねー」『とくに直樹さんが絡んでくるとねー』とは言わないが、思っている美香。
「ええ?...とにかく、考えておいてね!」
「はーい」
何とかドタバタと支度を終え、仕事へとと向う二人。また忙しい平日が始まる…
『TOPIXとNIKKEI225をチェックしないと』と思いつつ駅でスマホをいじりながら、無意識にラインのほうに目が行きがちになっている美穂。『なんで気になるのよ!仕事仕事!今日の午後にモジュレートDNA社の新規公開株(IPO)に関する会議もあるし...』
オフィスにつき、仕事に没頭する美穂。しかし一息付ける時間があれば、またラインが気になってしまう。『私のほうからライン送った方がいいのかしら?ダメダメ!出来ない出来ない』
この調子でそわそわしながら仕事をこなす美穂。仕事はできているのだが、明らかに様子がおかしい。それは周りの部下たちにも伝わっていた。
「ねえ、坂無ダイレクター、今日ちょっと様子おかしくない?」
「そうね、私も思った。一日中そわそわしてるようだし」
「でしょでしょ??それにスマホをずっと気にしてたみたい」
「それに、メークアップだいぶ気合入ってない?」
「「「「......まさか!!!」」」」
美穂の男嫌いは会社でも有名だ。それに加えて、美穂は基本的にラインを美香と家族だけにか使用しない。社内の誰とも美穂はラインの交換をしていないのも、もはや全社員が知っている。急にラインを気にしだすなど、一度たりともあった事がないのだ。美穂の突然異変は瞬く間に社内中に噂として流れた。
しかしながら本人と言えば、周囲の微妙な雰囲気を全く把握していない様子。昼前に、ある男性社員が情報を得るためさりげなく聞き出そうとするが、その質問に対し美穂は「あなたには関係ないわね、そして他人のプライベートに首を突っ込むのはどうなのかしら......」と言い、その上にゴミを見るような目で見下られるという羽目に。
その哀れな社員の末路を見た皆は、さすがにその後この話題には誰も触れようとしなかった。
昼休み、美穂はお気に入りのカフェでランチタイム。コーヒーを飲みながら美香とラインの真っ最中。
― 美香どうしよう?
― そんなに気になるんだったらライン送ったら?
― でも私からするなんて
― じゃあ待っているしかないね
― えー?
― あんまりソワソワしてると気付かれるわよ!
― 何を?
― 美穂ねー...帰ったら話ししようね
『美香のばかー、ぜんぜんどうしていいか分からないよー』と、しばらく悩んでいるとまたメッセージが…
『なんなのよ、美香』と思いスマホを見ると「神海さん」と画面に名前が。
がばっとスマホをつかみ、ラインに目を通す。
― 美穂さん、昨夜は楽しいひと時を過ごせました。ありがとう
美穂は、神海さんからの短いラインを読み返しながら頬をほころばせる。しかし...
3回読み直した後、『え、これどう返せばいいのかしら?』と思考停止する美穂。
― 美香!助けて!
― 今度は何よ?
― 直樹さんからラインが来た!どうしよう?
― どうしようって…普通に返事するとか
― あーそうじゃなくって、どうゆう返事したらいいのかしら???
― えー?ただのラインでしょ?
― そうだけど、そうだけど!
― ちょっと落ち着いて。それで直樹さんはなんて言ってきたのよ?
― 昨夜のお礼と、楽しかったって。
― それだけでテンパらないでよ!
― うー
― 何ラインでうなっているのよ!
― だってー
― 直樹さんのラインをコピペしてこっちに送って
― う、うん 「― 美穂さん、昨夜は楽しいひと時を過ごせました。ありがとう」
― 成程、分かった。私の言うとおりにライン送ってね
― え?うん...
― 私も昨夜は直樹さんと一緒に過ごせて楽しかったわ。今度はいつ会えるの?
― え???
― いいから、少し強引だけどね。
― 本当に大丈夫なの?
― 大丈夫。この美香が保証する!
― うん、ありがとう美香
美香は、美穂とのラインが終わり次第、にまっと微笑んだ。ど天然の直樹さんがどういう返答をするかは大体想像がついていた。もし誰か美穂と直樹さんのラインを覗いて見てしまった矢先には、面白い事になるなー、と思う美香だった。
『よ、よし。ちょっと大胆な感じもするけど、美香も大丈夫だっていってたし』
― 私も昨夜は直樹さんと一緒に過ごせて楽しかったわ。今度はいつ会えるの?
『あああ!!送っちゃった!美香、本当に大丈夫なの???大丈夫よね!!!いけない、仕事に戻らないと!』
オーフィスに帰る美穂。バタバタとしながら3時の会議に出席。モジュレートDNA社のIPO会議。
このIPOは比較的規模も小さく120億円辺りだが、急成長する可能性がある会社だ。第1ラウンド、第2ラウンドのファイナンシングのこともIPO以前に行う予定だ。
会議室に入ると、副頭取が席についていた『え?どうして副頭取が』と一瞬ひるんだ美穂だが、やることは変わりない。
会議のプレゼントも、つつがなく終わり副頭取もおおむねプレゼンの内容に同意していた。
その頃...
『あれ?坂無ダイレクター、スマホをデスクに置きっぱなし、でもいま彼女は大事な会議中だし...どうしようかしら...』
部下の一人がデスクの上に置いてある美穂のスマホに気付く。丁度そこに通りかかったもう一人の部下。
「どうしたの?あれ?それってダイレクターのスマホじゃなくて?」
「そうみたいなのよ、坂無ダイレクター、置き忘れちゃったみたい」
「見てはダメよ。ちょっと引き出しに入れておきましょう」と、彼女が手を伸ばしたところで、丁度そこにラインが入ってくる。
その内容は...
神海さん
― 美穂さん、昨夜は楽しいひと時を過ごせました。ありがとう。
― 私も昨夜は直樹さんと一緒に過ごせて楽しかったわ。今度はいつ会えるの?
― ハハハ、またこの週末も一緒じゃないですか。
「「ええーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」
本来では美香さんがもっとおっとりとしたキャラのはずだったのですが、なぜか小悪魔的な感じの子になってしまいました。
ごめんなさい。




