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「ふう...」
一息ついた後、美穂が席に戻る。
神海さんが美穂の顔色を除くように伺いながら、「美穂さん、大丈夫ですか?」と聞く。
「いえ、ちょっとせき込みそうになったので席を外しただけですわ。」
「そうですか…ほっとしました。少し頬が赤かったようなのでもしかしたら急に熱でも出たのかと」
「え、いえ、大丈夫ですわ、すみませんご心配かけてしまって」と小声で答える美穂。
「そうよねー、ある意味では熱出てたかもねー」と、すかさず美香が突っ込む
「み、美香は何を言ってるのよ!」
「よかったわねー、心配されていてー」ニマニマしながら美穂の湯飲みにお茶を注ぐ美香。
「べっ、別に心配されなくてもいいのよ!」
「あ…すみません、余計なお世話でしたね…」と申し訳なさそうに言う彼。
「あ、そんな、直樹さん、あやまらないでください。そうじゃなくって…」
「はい、直樹さんもお茶をどうぞ」
『い、いけない...この二人、面白すぎる。神海さんは超ど天然だし、美穂は美穂で盛大に空回りしてるし。めっちゃいじりたい!...いやいや、だめよ美香。私は美穂の唯一の友人なんだから。優しく見守ってあげないと…』と笑いを殺しながらうな重を箸でつつく。悲しいことに、美穂は女性の感情をくみ取ることはできない。もしできたのなら美香の感情に顔を引きつらせていただろう。
「む、むしろ心配していただいて、嬉しかったというか...」と言った直後に『あーー!!!私は何を言ってるのよ!!』と内心もだえる美穂。
「は、はあ…」と、戸惑う神海さん
『あ、駄目だ...耐えられない。いじっちゃおう』
「ところで直樹さんはー、今回はご家族でお引越しですか?」
美香の質問に、ぴくっと反応する美穂。
「あ、いえ、私はまだ独身なんです、お恥ずかしいことに」
またしてもびくっ!と震える美穂。
『フフッ、美穂ったらびくびくしちゃって、すごく可愛い。でも予想通りね、直樹さん、結婚指輪をしてなかったし』
「そうなんですかー、でも直樹さんって、すっっっごいもてそうですよねー!」
「え??そうですか?」
「だってー、美形だし、紳士的でやさしそうで、背も高いし...」
「いえいえ、全然あり得ませんよ。こんな風に女性の方々と一緒に食事とか、ほとんどないので」
『無自覚なのかー!』と思いつつ、「美穂、よかったわねー!神海さん独身だってー」と急に美穂に会話をふるう。
「な!なんでそれが私と関係あるのよ?」
「ハハハ、そうですよ美香さん。美穂さんのような美しい女性は、引く手あまたでしょう」
「あ、そういう意味じゃなくて、えっと...」と弁解しようとする美穂。彼女には彼が素直に思っていることを正直に言葉にしていることがわかる。美しい女性と呼ばれ、美穂はまた頬が熱くなるのを感じた。『あー、ちょっと、どうにかしてよ!本当に私の心臓が持たないわよ!』
「それに、もう私もだいぶ年ですからね。結婚には縁がないと思います」
「えー?直樹さんって、何歳なんですかー?」
「今年でもう43歳ですよ」
「でも、直樹さん私から見ても素敵だから、30代の女の私たちから見ても魅力的な方ですよー」
「そう思っていただけて、栄光です」と言いながら、ハハハ、と笑う神海さん。
「美穂もそう思うでしょー???」と、また、意地悪そうなニマっとした笑顔で美穂を見る。
「え、えー...そ、そうですね」と美穂がそっぽを向きながらなんとか返答する。
「因みに、私は今年30歳で、美穂は31歳になるんですよー」
「お二人ともお若いですね」と微笑みながら言う神海さん。
『美香ー、あとでおぼえておきなさいよ!』
「それとー、あともう一つ気になることがあるんですけど、あの護衛のような方たちは?」
「あー。おっしゃる通り、私の護衛ですね。私の会社が個人的な護衛として付けた方達なので」
「え?会社が護衛を?」と驚き、つい声に出してしまう美穂。
「あ、ご心配なく、彼らは警察とも連携を取っていますので。独断では法律的にかかわるようなことは致しません。あくまでも正当防衛とゆう意味の護衛なので。」
「護衛が必要なほど重要な方なのですね。直樹さんは」好奇心に駆られる美穂。
「すみません。詳しいことは言えませんが、コンピューターのハードウェアとそれに伴うソフトウェア最前線の仕事で、意外と企業秘密が絡んでいるので」
神海さんは、さらに驚愕することを伝える。
「実は、護衛が10人ほど常に周囲を警戒してますので、このマンションを中心としたあたりは犯罪が皆無になるでしょうね」と笑いながら言う。
「え、すごい。でも、それは私たちとしては嬉しい限りですわ。実は私、ここに引っ越してきたのは、治安の良さのためだったので」
「そうですか、美穂さんのような方は、治安の良さは最も重要なポイントでしょうね」
「ねー、直樹さん、私はー?」
「え?ええ、もちろん美香さんもですよ。お二人とも魅力的な女性なので…」
『うわーー。真顔で言えるセリフなのか!!』と思う美香。
美穂は美穂で、顔を真っ赤にして俯いている。
「ですが、確か美香さんはの住まいは別のところでしたね」
「んー、いっそのこと美穂と一緒に住んじゃおうかなー」
「一緒に住みたいのなら。わ、私は別にいいわよ...」何とか我に返った美穂。
「本当に美穂さんと美香さんは仲がよろしいのですね」
「でしょー?直樹さんもそう思う?」
「ちょっと失礼しますわ」と立ち上がる美穂。キッチンへ行き、麦茶のコップを2杯、それにクッキーの皿を玄関のほうに持っていく。
「あー、護衛さんたちの差し入れね、美穂は優しいね」
「あ、お気を使わせてしまってすみません」
美香は、今が動くときと判断する。
「直樹さん、凄く唐突ですけど、これは今はっきり言わないといけないので」
「何でしょうか?」
「美穂ね、直樹さんに気があるみたいよー」
「.........」
「.........」
「えええーーーー!!!!」
「ちょっ、声大きすぎる!」
「あ、すみません、びっくりしたので」オロオロとしながら小声で美香に話しかける神海さん。
『やっぱりこの人、危なっかしいわ。絶対に恋愛経験ないでしょう!一人なんかにさせておいたら、一瞬で飢えた女どもの餌食になっちゃうわよ!』
「美穂には内緒ねー、あたしが今言ったこと。でも私の予想は当たってると思うわ。だって、小さい時からずっと一緒だったからー」
「いや、ええー、勘違いでは......今日あったっばかりですし」
「いえ、今日は美穂ったら少し前に直樹さんと会った時点からそわそわしてたしー、それにぼーっとしてたし、完全に動揺してたわ。あ、だからうな重の注文間違えちゃったのかなー?」
「そ、そうなんですか?」
「もしかして、一目惚れかしらー」
『よし、彼に美穂のことを意識してもらえれば、一安心かな?直樹さんにはせめて美穂とこれから親しくなってもらわないと...美穂がこんなに自然と接することが出来る男性なんて、この人が最初で最後になるかもしれないし』
そこに美穂が玄関先から戻ってくる。
「すみませんね、直樹さん。玄関前で待っている方たちにちょっと飲み物など差し上げたかったので」
「あ、ああ...そうですか。どうも...」
美穂も何か察したのか、静かに席に着き、そわそわしながら食べ始める。
神海さんは、と言うと美穂をちらちらと目で追いながら、無言で黙々と残ったうな重を食べている。
『あー、このギクシャクな感じ超懐かしい...って中学生レベルのやり取りしてるよー、この二人!』
「あーおいしかった、ごちそうさまでした」美香が食べ終え次第、大きな声で言う。
「あ、私も、ご馳走様」
「ご馳走様でした、美穂さん」
「あ、いえいえ、お口に合ったでしょうか?」
「ええ、久しぶりだったので、おいしかったです」
「そうですか、それはよかったですわ」
「あの。もう遅いので、お暇します。長い間お邪魔してしまって、すみません」
「あ、いえ...あの、楽しかったですわ。」
「そ...そうですか...」
少しの間、沈黙がつずく。
『うわー、何これ、こっちが恥ずかしくなっちゃうわー』
「ねー直樹さん、ラインとかやってるー?」
「あ、はい。してますよ、主に仕事のためですが」
「私とライン交換してー」
「あ、そうですね。しましょうか?」
「ホラー、美穂も早く」
「あ、そ、そうですね。はい、どうぞ」
ライン交換後、神海さんは玄関へと向かう。
「それでは、夕食から何から、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ長い間、引取めてしまってすみませんでしたわ」
「それでは、また後程」
「ねー、直樹さん。来週の週末空いてますか?」
「はい、今のところは何も」
「そうなんだー。また週末に、一緒に行動しましょうよ。この周辺案内してあげる―」
「ええ、もし時間が空いていたら、お願いします。それでは、失礼します」
護衛二人を引き連れて変える神海さん。美穂は、その後姿を見送ったのち、ドアを閉める。
美香とともにリビングルームに戻り、ソファーに座る。
「ところで、美香......」
「ん?なにー??」
「美香の意地悪―!」とプーッと頬を膨らませる美穂。
「あー、うん。ごめんねー、でも美穂がいじらしくてさー」
「でもあれは酷いよー」
「うーん、でも直樹さんのこと色々聞けたし、よかったでしょう?」
「う、それはそうだけど」
「それにー、また来週の週末一緒に遊べるかもねー」
「うん。それは感謝してる」
「素直でよろしい」
「うん、あんなふうに男の人と話せるとは、思わなかったわ」
「まあ、直樹さんが特別なんでしょうねー」
「べ!別に特別じゃないし…」
「ふーん、そうなの?」
「......嘘よ、直樹さん、すごい心の綺麗な人だった。私にはわかる」
「うんうん、よかったねー、いい人と出会えて」
「出会えてって…、まだ何も始まってないし......」
「うん、いいんじゃない?べつにさ。一緒にいる時間を楽しもうよ、ね?」
「そ、そうね」と言い、ため息をつく美穂。
「何?どうしたの?」
「うん、あのさー、今日ね」
「なに??」
「餡蜜、食べ損ねたなーって」
「えー!!!この期に及んで餡蜜のことなのーー!!!」と突っ込む美香であった。




