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「はぁ…」とため息をつく美穂
花火大会の終了後、ちょっと気まずい感じになりながらも二人並んで歩んだ帰り道。彼は別れ際に「ありがとう」と少しぎこちなく言い残し、部屋へと戻った。
それからもう3週間たつが、いまだに彼からはその後音沙汰なし。護衛たちに事情を聴いてみると仕事に没頭しているようだ。
『ほとんど毎日私たちと夕飯をとっていたのに、急に閉じこもって仕事なんて』
美穂も彼と顔を合わせるのが当たり前になっていたのが、突然それもなくなり彼と一緒の時間がどれだけ美穂に大切なものだったのかこの3週間で思い知った。
それに、あの花火に照らされた彼の涙、あの時彼から感じた感情も気がかりだった。静かな悲しみとあきらめ。やっと家族を失ったことを乗り越えられたのだろうか。
それに対して彼自身にたいする怒り、後悔などの感情は薄れていた。いい方向に向かっているといって良いのだろうか、美穂はそのことでもいろいろと悩んでいた。
「直樹さん、何をしているのかしらね」と夕飯を料理している美香から聞かれる。
「わからないわよ、護衛さんたちに聞いてもただ仕事に集中していると一点張りだし」
「そっか、やっぱり直樹さんがいないのは寂しいよね」
「さ、さみしいわけがないでしょ!むしろ今みたいに美香と二人きりのほうが普通なのよ」
美穂の表情を見て、ちっちっと舌打ちをする美香。
「駄目だよー、素直になろうね、直樹さんがいないと寂しいでしょ?」
食器をテーブルに並べながら、何と答えていいのかわからない美穂。『それは、寂しいけど。だからって気楽にお誘いもできないし』
「美穂がちょっとお誘いしてきてよ、直樹さんも息抜きが必要でしょ?」
「え?駄目よ、お仕事の邪魔になるでしょ?」
「直樹さんがいると楽しいんだけどなー」
「まあ、そうだけど」
その時、ドアのチャイムが鳴った。
まさか、と思いながらインターフォンで確認すると彼がドア前で待っている。相変わらず護衛さんと一緒に
「美香、直樹さんだ」
「え?本当?」と美香が振り向いた時にはすでに美穂は玄関へと走っていた。
玄関で息を整え、ドアを開ける。
「お久しぶりです、美穂さん」そこには笑顔の彼がいた。
「直樹さん、本当に、お仕事で忙しかったと聞きましたけど」
「ああ、まあ何とか終えたのでその知らせに伺おうと」
『うん、なんだろう?』彼から焦りのような、緊張感のような感情が読み取られた。
「あの、立ち話もなんですから中へお入りになって」
「いや、美香さんもいることでしょうし、急にお邪魔するのは…」
「遠慮なさらないで、それに私たちも直樹さんとだいぶ会えなくて…ちょっと心配していたんですよ?」と少し意地悪げにそっぽを向きながら言い放った。
「す、すみません、色々と仕事のほうで終わらせたいことがありましたので」
背後からパタパタと足音がする。
「本当だ、直樹さんだ~、美穂がさみしがっていたんですよ」美香が早々に爆弾を落とす。
「ちょっ!美香!」
「だって元気なかったじゃん」
「普通でしょ!」
「直樹さん、お願いだから夕飯一緒に食べて行って」と上目使いでねだる美香。
片手で目を覆う彼。
『はい、お食事ご一緒決定』と思いながらにっこりと笑顔を彼に向ける。
久しぶりに3人で囲む食卓。以前のように彼がいると話も弾む。それにもちろん、最終的に会話は自然と彼の仕事へと向く。
「それで、直樹さんは3週間も何に没頭していたの?」美穂が食後のお茶を飲みながら、ちらっと彼の様子をうかがう。
「たいしたことでは無いのですが、私のソフトウェアにAI機能をプログラムし、性能を向上させることに成功したのですよ」
美香が「え?よくわからないけど直樹さんすごいっぽい!」とはしゃいでいる横で、美穂が頭を抱える。
「ちょっと、ちょっと待ってください。クォンタムコンピューターにAIを足し合わせてプログラムしたの?ちょっと意味がわからないのですが」
美穂が把握している範囲で、彼の量子コンピューターはAI無しでも驚異的なスピードで利益を出したシステムだった。それに彼が開発したAIに補助をさせるとか、恐ろしい結果が出ることだけは予想できた。
「いえ、その通りですが?」彼がきょとんとした表情をしている。
「いえ、意味が分からないというのはそこではなくて、もしかして使用しました?」
「ああ、実際に完成したのは1週間ほど前なので後は日経、DAX、NASDAQ/NYSEそれに仮想通貨で試運転をしていましたね、24時間運用ですよ」
「あの、怖いのですけど、利益は出ましたでしょうか?」と恐る恐る聞いてみる
「ここだけの話ですが、そうですね。だいぶ利益が出ました」
『うん、金額は聞きたくない。正直怖い』と思っているさなか、美香が「気になる!直樹さん絶対に秘密は守るから教えて!」と何やらテンション高めの美香が聞いてしまう。
「絶対に他言無用ですよ」と彼に釘を刺され、「あー、何ですか。七日間で200億の利益が確認されました」
しばらくの間続く沈黙
そして、「…へ?」と間抜けな声が美香の口から漏れた。
「あの、もう一回確認したいのですが、利益を」美穂がひきつった表情で聞き直す。
「ですから、200億円ですね、だいたい」と涼しい顔で言う彼「あ、いまだにオートで作動していますから、現時点ではさらに増えたかもしれませんね」
『駄目よ、直樹さんもう完全に金銭的感覚がマヒしているわ』危なっかしいとしか言えない。
美香がやっと我に返り、「直樹さん、ちょっとやりすぎだと思うんですけど」と冗談気味に言う。
「いや、確かに予想外でしたね」と涼しい顔で返している。
「直樹さん!予想外でしたねって、なんでそんなに落ち着いているんですか!」美穂ももう限界だった。これは異常。非常識と言っていい。「毎日40億も利益を出し続けると、とんでもないことになりますけど!」
少し考えるそぶりを見せる彼だが、「まあ、いいのでは?利益が出るには越したことがありませんので」と彼女らの思いは彼に届かなかった。
「ああ、それと美穂さん、もしかしたら会社のほうで何か連絡がいくと思うので、その時は対応をお願いします」
「え?会社で?」なぜ?と思ってしまう。
「いや、たいしたことはないのですが、その時はお願いします」と謎の笑みで頼まれた美穂だが、明日になってとんでもない事に巻き込まれていくことはまだ知らない。




