13 ー お.に.い.ちゃ.ん???
翌朝。
美香が目を覚ます。『あれ?ここはどこ?』
ぼんやりとあたりを見回す。大きな明るい部屋、窓から朝日が差し込んでいる。『ここは、病院?』と頭によぎった瞬間に昨夜の恐怖が突然、彼女をまた襲う。
がばっ!と起き上がる美香、その拍子に誰かが彼女の手を握っていることに気が付く。見るとそこには美穂が椅子に座ったままベッドにうつぶせになり、眠っていた。美香の手を握ったまま寝てしまったのだろう。
心臓の激しい動悸が収まるのを待つ美香。『私は助かったんだ』と自分をなだめる。
美穂の寝顔を見つめながら『美穂、ありがとう』と、心の底から感謝する美香。美穂と直樹さんの手助けがなかったら本当に危なかった。
彼女の頭をなでながら、「美穂。美穂」と小さな声で呼びかける。「ううんん......」とまだ眠そうな声の美穂。「み―ほ―」ともう少し大きいな声で彼女を起こそうとする。
すると美穂がパチッと目を覚まし、ベッドに座っている美香をジッと観る。
「美香...」
「うん。おはよう、美穂」ニコッと笑う美香。
「美香!!よかった、美香!」と言いながら、急に美香に抱きついたまま泣き始める美穂。
「もうー、美穂は本当に泣き虫さんなんだから。私は平気だよ。ありがとう美穂」
「だってー!!」と言いつつ抱きついたまま、なかなか泣き止まない美穂。
しばらくの間、美穂を泣き止むまで抱いている美香。「もー、美人が台無しだよ、美穂」
「うん、でも美香に何かあったらと思ったら、本当に怖くて...」
「もう、大丈夫だよ。早く顔洗ってきなさいよ。それにー、喉も乾いたし、お腹も空いたし...」
涙をぬぐいながら、美香から離れる「うん、ちょっと待ってね」美穂が部屋にある冷蔵庫からウォーターボトルを美香に渡し、そのあとすぐに部屋のドアを開け外にいた護衛に美香が起きたことを知らせる。
美香が、水を飲みながら部屋を見回す。「ねー、美穂、これって病院のプライベートルーム?
どこの病院なの?」
「えっとね、直樹さんが全部お世話してくれたみたい。ここは東大病院のプライベートルームね」
「え?」
「うん。私もびっくりした。でも、直樹さんがいつもこの病院をを使用してるからって」
「そうなの...直樹さんにも本当に感謝してる」
「そうね、美香のところにも直樹さんの人たちが警察より早くたどり着いたって聞いたし」
コンコン、とドアをノック後、黒沢先生と直樹さんが部屋に入ってくる。二人とも美香がベッドに座り美穂と話をしているのを見て、明らかにホッとしたようだ。
「あ、直樹さん、本当にご迷惑をおかけしました、そして色々として頂き、ありがとうございます」とお礼を言う美香。
「いえ、美香さんに何事もなくよかったです。具合はどうですか?」
「ええ、おかげさまで、何とか大丈夫なようです」
「そうですか。でも無理はしないで下さい」
「はいはい、ちょっと有山さんの検査をしますので、男性方は部屋を出てくださいね」と蹴りだされる彼。
黒沢医師が身体検査の後「まあ、体に異常はないようですね。ですが精神的負担が尋常ではなかったようですね」
「...はい、今朝も目を覚ました時、少し恐怖感が。それと心臓の鼓動が激しかったような」
「今のところ、どういった感じですか?」
「え?今は、うーん、普通だと思います」
「そうですか。すれは何よりです。人によって、あのような経験をした後、部屋から出れなくなるような患者さんもいるので。有山さんは精神的に柔軟性が大分あるようですね。美穂さんによると、有山さんは美穂さんと同居生活を始める予定とお聞きしましたが」
「はい。美香は私の家に移動させ私と同居してもらいます」美香が一緒に暮らすことを肯定する美穂。
「出来ればそれが最善な対応ですね。美香さんも何かあったら周りの人たちを頼ってくださいね。神海さんにも甘えちゃいなさい」と、くすくす笑いながら言う先生。
美香が美穂のほうを向き「直樹さんに甘えていいのー?」と聞き糺す
「わ、私に聞かないでよ!いいんじゃない?」
「そっか、甘えてもいいんだ」
『黒沢先生、絶対に妹さんのことを知っているわ!』
そこに直樹さんが部屋に頭を突っ込んでくる。「あの、もうよろしいでしょうか?」
「神海さん、もし、まだ検査中でドアを開けてたらどうなったと思います?」と言われ先生に睨まれる。
「あ、す、すみません。ただ心配だったので」
「全く...いいですよ、入ってきても。美香さんも精神的に障害はないようなので、退院手続きを終えてきますね」と言いながら、彼女が美香のカルテを持って部屋から出ていく。
彼がベッド際の椅子に座り「それで、美香さんはこの後、どうするのでしょうか?アパートに帰るのは、お勧めしません」と二人に問う。
「あの、直樹さん。今から美香は私のところで同居することになるのですが、美香もいろいろとアパートに残っているものを取りにいかないと...」
「え?それは良かった!」パーッ!っと笑顔になる彼。「アパートに行く際は護衛二人を同行させます。美穂さんもご一緒に?」
「ええ、美香も手伝いが必要と思うので」
「それでは、いつ頃アパートに戻ることに?」
「今日はちょっと無理かな」ベッドから出て立ち上がろうとする美香。
咄嗟に彼が立ち上がり、彼女を支える「駄目ですよ美香さん、そんな急に立っては」
美香が、直樹さんに甘え始める。「でもー、わたしお腹がペコペコなの」
美穂がぎょっとする。『えー?!確かに黒沢先生は甘えちゃいなさいって言ったけど、今、実行するのー?!』
「え?それは大変ですね。何か食べたい物はあるのかな?」
「んー、直樹さんの好きな物が食べたい」
「ちょ...!美香、直樹さんも色々と忙しいでしょうから...」
「いえ、今日は大丈夫です。明日も必要であれば美香さんと美穂さんに付き添えますよ」
「すみません直樹さん、美香が急にこんな事を言い出して」
「いえ、私もちょうど何か食べないといけないと思っていたので」彼がスマホを取り出して、何処かのレストランに予約を取っている。
「美香、着替え持ってきたからこれに着替えていらっしゃい」
「あっ、ありがとう美穂!」と着替えを持って洗面室にはいる美香。
美香が着替え中に、「あの、美香は意外と甘えん坊なので、優しくし過ぎると本当に我儘ばかり言われてしまいますよ」
「ですが、今は美香さんが安心して過ごせる環境を築くことが一番大事かと思います」
「それは、そうですけど...」又しても、心の中でもやもやし始める美穂。
「暫くは、美香さんに優しくしてあげましょう」とニコニコしている彼。
美穂は、悟ってしまった。よく言えば彼は妹思いの兄だった。だが、それを裏返すと...
『駄目だー、直樹さんは極度なシスコンなんだわー!!』それに輪をかけるように、美香と彼の距離が、昨夜の事件のことでなおさら縮んでいる。彼にとって美香は今は亡き妹が10年の時を超えて彼の前に現れたような女性。美穂は彼が美香を溺愛するのが確実に分かる。
そこへ美香が着替えを終えて洗面室から出て来き、二人の前に立つ。
「うん、ありがとう美穂!これ私のお気に入りなんだ」美穂の持ってきた着替えは、水色のボートトップブラウスにカーキのスカート。何の変哲もない洋服だが...直樹さんが横でプルプル震えている。
『えーー!!ウソ、あの写真の妹さんの衣装とほぼ同じじゃないのよ!あ―!私何やってるのよーー!!』いくら偶然でしょうがないとしても、彼には刺激が強すぎたらしい。
美穂が何とかこの状況を紛らすように、「美香、ほらブラウスの首筋が少し曲がってるわよ、ちょっと動かないでね」と言いながら美香のブラウスを治す。
「ありがとう、美穂って本当に私のお姉ちゃんみたいね」と美穂に甘える。
「何馬鹿なことを言っているのよ、まったく美香ったら」と言いながら、美香の両肩をポンとたたき、彼女の身だしなみが整っているのを確認する。
「うふふ、そうだね、ありがとうお姉ちゃん!」とふざけながら言う美香。
美穂がはっと気が付く『いけない!この会話の流れは!!』
「そーれーでー...」そして今度は、指を髪の毛に通し耳にかけながら、キュルンと上目づかいで直樹さんのことを見つめる。美香の可愛さを120%引き立てる仕草だった。
『あー美香!それを言っちゃ駄目よ!!』と心の中で叫ぶ美穂だが、手遅れだった。
「直樹さんは美香の...お.に.い.ちゃ.ん???」
ものすごく激しい感情が、彼から美穂に爆風のように伝わってくる。
彼がよろめき、美穂の肩に手をかけ何とか倒れるのを防いでいる。
「え?大変!大丈夫?」美香が反対側の腕にギュッと絡みつき、倒れないようにするが...まさに逆効果。彼の膝から力が抜け、片膝を床につけてしまう。その後なんとか美穂と美香が彼を椅子に座らせ、落ち着くのを待つ。
「ごめん...ちょっと、軽い目眩が...」頭を両手に抱えて座っている彼。
『すごい破壊力だったわ、美香のあれは』彼につられ、自分の胸もドキドキしている美穂。
暫くして美香が彼の前にしゃがみ、彼の顔をのぞき込む。「あの、本当に大丈夫ですか?」
「いえ、いや、何でもないです」
「もしかして...ごめんなさい直樹さん。私がお兄ちゃん...て呼んだの、いやでした?」
「いや、そんな事はない。美香さんにそう呼ばれて、すごく嬉しいよ」となんとか声を絞り出す。
「そう、よかった!!それじゃあ、甘えたいときに、直樹お兄ちゃん、って呼ぶからね!」
彼は震えながら座ったまま顔を両手で隠し、こくこくと頭を上下に振る。
『美香、もう許してやって!直樹さんが再起不能になっちゃう!』
「ねー、そろそろお食事、行こうね?直樹お兄ちゃん」
よろっと、立ち上がる彼。「そうですね、いきましょうか?」
「あの、歩けますか?」美穂が彼の腕をつかみ、支える。
「ええ、すみません美穂さん。行きましょう」
何とか自力で部屋を出れた彼であった。
読者の皆様、この作品を読んでいただいて誠にありがとうございます。
初めてのチャレンジなので暗闇の中を手探りで書いているような次第ですが、もし少しでも面白い、もしや次の話が待ち遠しいと思われましたら、是非ブックマーク登録または☆評価をつけていただければ、嬉しく思います。
読んでいただき、ありがとうございました。