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私と5階のおじさま  作者: どんぐり山
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美香は、ご機嫌だった。


美香と美穂は、だいぶ前から一緒に同居することを検討していた。しかし二人とも仕事が忙しくなり、その上会社も通勤的に離れていたので、アパートを二人で借りるという選択肢がなかった。

だがその状況は、美穂が現在のマンションを購入したことによって突如に変わった。あのロケーションからは、最短距離の駅から3路線も利用できるので二人とも電車一線で通勤可能。駅周辺には、商店街が駅の両側にあり、スーパーなども多く買い物もしやすい。そして、何より美穂と同居できる。

『美穂も私たちが一緒に住める地域に買ってくれたのよね、きっと』

美穂がアパートを移ると相談されたときに、彼女が「一緒に住めるあたりを探すわね」と言ったのをおぼえている。

まさかマンションを買うとは思ってもいなかったが、美穂ぐらいの収入があれば問題ないなー、と思う美香だった。


仕事中でも妙にうきうきしている美香。早く仕事を終えていろいろと準備をしないと、と思いながら午前中の会議に出席。そしてまたしても会議後に、毎回しつこく誘ってくる男から昼食に誘われる。

「おいしい地中海風のレストラン見つけたんだ、今日一緒に行こうよ、ね?」と、馴れ馴れしく寄り添ってくる。美香も相変わらずバッサリと切り捨ててやろうかと思ったが、今回はもっと面白い断り方がひらめいた。

「いえ、今日は好きな人との同居の初日なので、いろいろと支度があるし昼食は遠慮しておきますわ」と大きな笑顔で返す。

まだ会議室に残っていた皆が一瞬、固まる。

「それでは、失礼しますねー」とにっこり微笑みながら会議室を後にする美香。彼女が廊下の角を曲がると、会議室方向から、「えーー!!」「嘘―――!!」「どうしてだーー!」など、皆の驚いた声が聞こえる。

『別に嘘言ってるわけじゃないし、勝手に妄想してなさいよ。これで面倒くさい男たちも諦めてくれないかなー』と思いながら自分のオフィスに帰る美香。

会議に出席した者たちによって、この情報は瞬く間に社内中へと広まった。

「そんな!まだフリーだと思っていたのに!」

「有山さん、やっぱり彼氏いたんだ」

「いや、あんな人に彼氏がいない方が寧ろおかしいだろ」

「あー、俺の夢は終わったー」

等々、勝手なことをわめいている男性たち。



そんなことになるとはは露知らず、仕事を終え帰宅する美香。仕事を早くかたずけようとしたが、結局のところ自宅の駅に着いたのは夜の7時過ぎだった。


『今晩までに美穂のマンションに行けるかなー?まあいいか、明日は土曜日だし!』

早足でアパートへと急ぐ美香。彼女のアパートは駅から徒歩12分ほど離れたところ。都心の近くにしては、豊かな緑に囲まれた静かな住宅地の中に位置する。2階建てで、合計4戸のアパート。彼女の部屋は2階の一部屋だ。


ドアを開け玄関に入ると、一枚の紙が落ちていた。『あれ??ドアポストから落ちたのかしら?』と思いながら紙を拾う。何かなー?と思いながら紙を裏返すと、美香の身の毛がよだった。



四日間もどこに行ってた

いつもお前を見ていた

お前の体は俺のものだ

今夜犯してやる

待っていろ



美香の後ろでガチャンとドアが閉まる音がする。咄嗟に「ひいっ」と小さい悲鳴を上げ、玄関前でしゃがみ込む。ここの住居人たちは毎日帰りが遅い。美香が帰宅する時間帯は、まだこのアパートビルには誰もいないのがほとんどだ。アパートの外に出ようかとも思ったが、外はもう暗い。逃げようにも、もし誰かが外で待ち伏せしていたら危ない状況になる。美香が素早く二つ目の鍵をかけ、震える手でスマホを取り出し110番へ電話をかける。


「緊急電話110番です。事件ですか?事故ですか?」

「誰かが脅迫状を私のアパートに投げ入れてあって。早く来てください!」

「場所はどこですか?」

美香が住所を伝える

「誰かにつけられていましたか?」

「分からないです!」

「今のところ身の危険がありますか?」

「ストーカーですよ!危険ですよ!」冷静さはもうとっくに失われている美香。

「分かりました、警察官を送りますのでスマホからでしたら電源を切らずにお待ちください」

「どのぐらいかかるんですか!?」

「今のところは安全なのですね。できるだけ早く向かわせますので。部屋の鍵をかけてお待ちください」

「わ、わかりました。早く来てください!」


110番の電話を切った後、誰かが表の階段をゆっくりと上がってくる足音が聞こえる。もしくは隣の住人かも?と期待したが、恐怖のために動けず玄関でしゃがみ込んで息を飲み潜む。


足音は、美香の部屋の方へと近付いてくる。


『電話のすぐ後にどうして!聞かれていた?』と上を見ると、ドアの上に付いている細い換気用の天窓が開いていた。今ではもう閉めることもできない。


ドアポストが開けられる音が聞こえた。手を入れようとしているのだろうか?ガチャガチャと音がする。


美香がドアから後ずさりすると、突然、バン!!と外からドアが激しく蹴られた。


美香は口を手で覆い、悲鳴を殺す。


二回、三回とドアをけるが、ドアは持ちこたえた。しばらくして足音が遠ざかっていく。


『警察は当てにできない。いつ来るかわからない!』彼女は美穂に電話をする。


「美香、これから来るの?」

「美穂!助けて!」声を殺しながらほとんど泣き声の美香。

「どうしたの!!美香!!」

「誰かがアパートに脅迫状を入れて、今も誰かがドアを蹴って壊そうと!」

美穂は美香の言葉を聞き、背筋が凍り付いた。

「警察は?110番したの?!」

「したけど、いつ来るかわからない...」と弱い声で答える。

「そこから動いては絶対だめよ。誰かが侵入してこない限りアパートの中で静かにしていて」

「うん。美穂......怖いよ」

「直樹さんに今電話する。彼ならなんとかしてくれるかも!待ってて」


電話を切り次第、彼のスマホに電話をかける。

電話が二回ほどなったところで「もしもし?美穂さんですか?」と彼の声が。

「直樹さん、美香が危険な目に!」

「え!?ロビーにすぐ来てください!美香さんがどうかしたのですか」

「彼女のアパート。彼女に脅迫状が送られて、いま彼女はアパートに立てこもっているけど、誰かがドアを蹴って入ろうとしたみたい!」


ロビーで神海さんの感情を察した美穂は、正直言って恐ろしかった。顔にはさほど出ていないが、彼は激怒していた。美香への懸念も大分伺えたが、美香を脅している犯人に対する怒りは尋常なものではなかった。殺気立っていた、という言葉が当てはまっていた。

「美穂さん、美香さんの住所を送って下さい」直ぐにラインで送る美穂。

彼は、ついてきた二人の護衛に指示する。

「緊急事態です。美香さんの安全を第一に。3人チームで対応。美香さんと接触するときは面識のある貴方たち二人で。美香さんの近くにいる者たちはすべてホスタイルとみなす。それと警察にも連絡を」

「はっ、承知しました。」2人がロビーから駆出て、車が猛スピードで去っていくのが聞こえた。


彼が美香に電話をかけると、すぐに出る美香。

「直樹さん!」

「美香さん、私の護衛たちが今そちらに向かっています」

「たすけて、おねがい!」

「玄関で待機していて。「神海からのものです」と言わない限り、絶対にドアを開けないで。警察と言っても絶対に開けないで」

「はい...はい!」美香の声が震えているのが分かる。

「電話を切らないで。美穂さんも私とここにいるから」

「美香、大丈夫だよ。きっと護衛さんたちが助けてくれるからね!」

「う...うん。うん!」泣きそうな声で答える美香。


小声でスマホの向こうにいる美穂と直樹さんに励まされ何とかパニック状態を免れようとしている美香にとっては、信じられないほどに長く感じられた8分間だった。

車が急ブレーキで止まり、複数の足音が階段を駆け上がってくるのが聞こえる。

「有山さん、神海からのものです!」

ドアを開けると、そこには美穂のマンションで会った護衛の二人が立っていた。

『助かった...』と思った同時に急激な脱力感で倒れそうになる美香。

「もう大丈夫です。警察もすぐに着くでしょう。」まだ震えている美香を支えながら階段を降り車に乗せる。遠くからサイレン音が聞こえた。精神的に疲労し過ぎていた美香は、目を閉じ、気を失った。



美香を励ましている最中に、美香のスマホから騒がしい音が聞こえ向こうから美香は安全に保護されたと連絡が入った。念のために病院へ連れて医者に検査をしてもらうのこと。

美穂は、弱々しくロビーのベンチに座り込む。神海さんが隣に座り「良かった」と一言。

「私が今日も美香をここに泊めていたらこんなことには...」

「これは美穂さんのせいではありません。自分を責めないで」

「でも。でも!」

「美香さんは大丈夫だった。今大事なことは美香さんをサポートすることです。これから私たちも病院に向かいましょう」

「...そうですね。支度をしてきますので待ってくださいね」

美穂が支度を整えまたロビーに戻りつつ、二人は病院に向かった。




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