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私と5階のおじさま  作者: どんぐり山
10/24

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「「ええーーーーーーー!!」」


周囲にいた社員たちが驚いて二人のほうに振り向く。


「あ、すみません。書類のことで、ちょっと焦っただけなので。」


咄嗟に叫んだ理由を誤魔化そうとする社員。ほかの社員らに怪訝そうに見られている間に、彼女は自分が持っていた書類の束をスマホの上に置く。


「...それで、どの書類がどうしたのかしら?彩衣」と、突然背後から声をかけられる。


ビクッとし、二人が振り返ると、美穂が腕を組んで二人の答えを待っている。


「いえ、あの、その」どう返していいのか分からず戸惑っている彩衣。

彩衣は入社以来、美穂の部下として働いている。小柄でくっきりとした可愛い顔立ち、それにポニテという小動物的なかわいさをを漂わせせ、性格も明るく社内の人気者だ。


「その書類作成のことで質問があるので、少しお時間をいただけませんか?」もう一人の社員は、沙織。すらっとしたスタイルに長い髪を腰まで伸ばし、おしとやかな美人系でこちらも男性陣のあこがれの的と言っても過言ではない女性だ。


彩衣が素早く書類とその下に置いてあったスマホを拾い上げ胸に押さえつける。


「え?ええ。もう5時を回っているし会議室が空いてるから、そこを使いましょう。あれ?私のスマホどこに置いたかしら?」デスクの上をチェックしている美穂。


「とにかく会議室へ...」


「え?何?」彩衣と沙織が美穂の腕をがしっと片方ずつ掴み、三人で会議室に移動する。


会議室に入るなり沙織がドアをしめ、彩衣が書類とその下に隠してあるスマホをテーブルに置く。


「あら、それ私のスマホ?」


「つ、疲れた...」と彩衣が弱々しく一言こぼす。


「一体、何があったの?」


沙織がスマホを美穂に渡す「その、私たち二人がダイレクターの机の前にいた時、偶然にメッセージが届いて...とにかくラインを観てください」


『え、まさか』と思いながら、恐る恐るラインをチェックすると直樹さんからのラインが...

途端に美穂の顔が真っ赤になる。


『『え???嘘!本当に?』』と絶句する彩衣と沙織。


改めて読んでみるとこのラインの会話、経緯なしではとんでもない意味に受け取られるやり取りだった。


「ち、違うのよ!あなた達が考えてるようなことは何もないんだから!」とたじろぐ美穂。


沙織が「いえ、そうとしか受け取れないのですけど」と悶えている美穂へ、更に打撃を加える。


プルプル震えながら俯ている美穂を前に『『なにこれ、ダイレクターが乙女みたい???』』と、愕然する彩衣と沙織。


「だ...男性の方ですよね?」と一応確認を取る彩衣。美穂が何も言わずに、コクコクとうなずく。


「...信じられないですけど、男性をウジ虫のように嫌っていた坂無ダイレクターにもついに春が訪れたのですね」沙織もつい本音が出てしまう。


『確かに、以前ウジ虫って呼んだ男もいたけど!』半年ほど前、過激にしつこい社員をロビーで怒鳴りつけたことがあった。まあ、あの男はその後、人事部長が処分してくれたが...

「で、でも誤解なのよ!このラインの内容って、この人とただ夕食を一緒にしてまたこの週末に会うっていうだけの意味のラインだから!」と懸命に弁解する美穂。


「いいんですよ坂無ダイレクターが今、幸せでしたら」と微笑んで素直に喜ぶ彩衣。


「あああ!!!だからそうじゃなくって!...でも...お礼は言っておくわ。助かった。スマホのメッセージが他の人たちに読まれないようにしてくれたのね。」


美穂は、社内中の女性社員に慕われ、尊敬されている人物だった。普通に男性が何を思っているかを感じ取れると言う時点で、女性社員たちを利用しようとしたり付け込もうとする男性社員から守れる。よって大半の女性社員が何かしらのことで美穂に援助された。

現に彩衣と沙織も美穂のことをたいへん慕っている部下たちであった。二人は美穂が好きになれる男性と出会えたことを、本当に喜んでる様子だ。


「幸い私たちだけったので、フォローしただけですわ。ほかの社員には読まれていません。ご心配なく」沙織の言葉に美穂はホッとする。


「でも私、ダイレクターの恋バナ聞きたいな」と足し加える彩衣。


「ほんとうに何もないのよ!」


「ただ、話しを聞きたいだけよ。ねえ彩衣」


「うん、すごい興味ある!」


少し落ち着いてきた美穂。「そ、そう?それなら明日か明後日、助けてもらったお礼に夕食をおごってあげるから。その時にね」


「やったー!ダイレクター最高!ちょっと気になっていたイタリアンのレストランがあったんだ」彩衣はもう上司の恋バナが聞けることでワクワクしている。


「はいはい、それじゃ好きなところに予約を入れておいてね」と言いながらつい微笑んでしまう美穂。彼女自信も恋バナと言われ、少しうれしい自分がいたことに気が付く。



何とか今日の仕事を終え、自分の駅に着いた美穂。今は、まだ夜の8時ごろだ。

『今日は、色々とあり過ぎて疲れた。夕飯どうしよう...もうコンビニでいいわ』

コンビニによって、弁当を買って帰る美穂。帰り道の途中で神海さんに付き添っていた護衛の一人がこちらに歩いてくる。


「こんばんは」


「こんばんは、坂無様」


「まあ、そんなに畏まらないでく下さい」


「いえ、神海様からそう指示されていますので」


「え?そうなんですの?...恐れ入ります」


「いえいえ。今この付近を巡回中なので、これで失礼します」


「あ、ご苦労様です。あの、神海さんによろしくお伝えください」


「はい、それでは」と言い、去っていく


『うわー、本当にこの辺りを警備しているんだ』すごいなーと思い、更に安心した美穂であった。このマンションにうつった動機が治安の良さのためだったので、マンションの周りが今まで以上に安全になるのは有り難い。『でも、神海さんって本当に、いったい何者なの?凄い人だったら、私なんか相手にされないんじゃ...』と不安な考えも募る美穂であった。



部屋に帰り、弁当を食べているとドアフォンのチャイムが鳴る。『誰?』と急いでチェックすると、美香が画面に写っている。


「開けてー!」


「はいはいどうぞ」


玄関で美香と会い、美香が美穂の表情を見るなり「直樹さんじゃなくてごめんねー」と美穂をからかう。


「そ、そんな事、考えてもいないわよ!」


「そう?ふーん…」


「それより美香、今夜は自分のアパートに帰るんじゃなかったの?」


「美穂のところに金曜日まで泊まろうと思って」


「え?」


「だって、一緒に暮らすんだったら、ちょっとお試ししないとね?」


「そうなんだ!うん、私もそれに賛成!」と喜ぶ美穂。


「それに明日の朝ごはんの素材も買ってきたから」


「やった!久しぶりに朝ごはんが食べれる!」


「美穂は相変わらずねー」くすっと笑う美香。


部屋に入るなり、食べかけのコンビニ弁当を見て美香がため息を漏らしながらお茶を淹れる。


「ありがとう、美香」


「いいえ、ちゃんと水分を取らなきゃだめよ、特にコンビニ弁当なんて塩分いっぱいだし、体にもよくないし」


「うーん、でも自炊するの面倒くさい」


「駄目よー、直樹さんに手作り料理とか、食べさせてあげたいでしょう?」


「えー!無理よ、私には」


「じゃあ、練習しましょう?」にっこりと笑う美香。


「...直樹さんが食中毒で病院送りになる未来しか見えないわよ!」


「そのための練習なのよ」お茶を飲みながら美穂に言い聞かせる。



「そういえば今日ね、部下に直樹さんとのラインを見られたわ...」


ぶふぉおーっと盛大にお茶を吹き出す美香。


「ううぇ!汚いー!!」


「げほげほっ...ごめん、盛大に誤解されなかった?」笑いながらテーブルを拭く美香。


「されたわよ!あれって、ただラインの会話読んだら凄い事になってるみたいじゃないのよ!」


「そうなのねー、遅かれ早かれ漏れると思っていたけど、即漏れちゃったのねー」


「えー!どうしてあんなライン送れって言ったのよー、もしかして漏れるのを狙っていたの?」


「うん、まあ、少しは神海さんに意識されたいでしょう?だから少し強引な言葉送らないといけないかなーって。それにねー、ほかの人たちにも美穂と神海さんのことが認識されるって、意外と大切なのよ」


「意味わからないわよ!」ぷんぷんと怒っている美穂。


「うん、後でわかるよ、きっと」と美穂を宥める美香。


この様にして、美穂と美香のお試し同居生活が始まった。


美香が当然のように家事をしてくれた。朝食に夜食と、主に美香の手作り料理。家の掃除も仕事から帰ってきた後でも素早く行ってくれる。美穂はお買い物のために美香にお金を渡すだけ。

美香いわく、「一人分でも二人分でも、料理する手間は同じだからねー。それに美穂のマンションさー、本当に寝るために帰ってくるだけでしょ?ちらかってもいないしねー」と、余裕な様子の美香。


日にちはあっという間に過ぎ、二人とも一緒に住んでみて分かったことがあった。それは家に帰るのが楽しくなったという事。一人暮らしがどのくらい寂しかったものだったかということを実感した二人だった。


金曜日の朝...美香の朝食献立は、たらの粕漬け焼き、なめこと豆腐の味噌汁、それにわかめの酢の物の上にショウガの千切りを少々、そしてもちろんホカホカのご飯。『駄目だわ、美香と同居したら、私はもう美香なしでは生きていけなくなっちゃう!もうこうなったら…美香をお嫁に!』完全に胃袋をつかまれた美穂であった。


そして出勤時刻。


「美穂、今日はアパートに帰ってこっちに持ってくるもの纏めて来るからー」


「わかったわ、今夜待ってるわね!」


「オーケー!」と言いながら出勤する二人。




しかしこの夜、美香がアパートで事件に巻き込まれるとは誰も思ってもいなかった。








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