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「速報です。衆議院議員総選挙、長野県2区の当選結果が決まりました。当選したのは主民党の新人、深志真琴氏です。繰り返します。長野県2区、主民党の新人深志真琴氏が当選致しました」
薄いディスプレイ越しに、先程までゆったりと話していた女性アナウンサーが突然慌ただしいテンポで台本読み上げていた。この日は衆議院議員総選挙の投開票日だったのだ。
「深志議員、おめでとうございます!」
長身で細身、髪色は黒で短髪の男性記者が黒いスーツを着ている男性へマイクを傾けた。
「ありがとうございます。早速、議員ですか。初めて言われましたし、何より実感がわかなくて……照れちゃいますね」
深志はお礼を言うと左の掌で顔を覆う。
「25歳という若さで議員になる訳ですが、議員になろうと思ったきっかけはあるのでしょうか?」
「そうですね、国会議員になれる年齢なれば、年齢は関係ないとは思いますが。きっかけですか?きっかけは前首相の父の影響かもしれませんね。」
「やはり、お父様の影響が強かったのですね。お父様の公康氏は史上最年少の41歳という若さで首相になられましたが、真琴議員も首相の座を狙っているのでしょうか?」
男性記者の問いに、困惑気味な笑みを浮かべてから数秒間を空けてから口を開く。
「そうですね……そう簡単に首相という大きな椅子を座ることは出来ませんし、今、当選したばかりですので、まずは皆様の信頼、支持を得て、しっかりと実績を積み上げたりですね。それらを得てから皆様からやってみないか、と言われてから考え始めるものですので今はコメントを差し控えさせて頂きます」
「へえ……若いのにちゃんと周りに配慮してリスク回避しながら完全に否定しないことで期待を募らせる。しっかりしてそうね、あの議員さん」
男性記者と深志のやり取りを部屋の隅で見ていた茶髪で腰まであるロングヘアーで170ぐらいあるだろう長身の女性が、黒髪ボブの未だに幼なが残る低身長の女性に話しかける。
「そうですね……なかなかのやり手そうですよね!いやはや、女性慣れもしてそうですね!手が早そう!私気をつけなきゃ!」
両手共に拳を作り、自分の胸の高さまであげたまま真顔で答える低身長の女性。
「なーに、言ってんのよ。村井。あんたなんかあの瞳にすら入らないわよ」
呆れた表情で溜息を吐き捨てる長身女性。
「もう……酷いなあ。岡田さんは。」
村井もふん、と岡田から顔を背けた。
「あら、終わったみたいね。私達も帰るわよ。村井。」
岡田は会見は終わっていることに気付くと、村井に声をかけ、出口へ向かう。
「深志議員、お疲れ様です。本日はありがとうございました。今後とも宜しくお願い致します。」
深志に話しかけるのは、先程の会見で深志とやり取りをしていた男性記者だった。
「嗚呼、波田さん。お疲れ様です。こちらこそありがとうございました。宜しくお願い致します……って、そんな肩苦しくしないでくださいよ。ちょっと寂しいじゃないですか」
「そりゃ、悪かったね。そっかあ、公康の息子もとうとう議員になる歳なんだなあ」
波田はうんうんと頷きながら思うものがあるのか浸りながら話す。
「真琴ちゃんさあ、お父さんみたいに倒れないでよ。あそこまで追い詰められる前に引く時は引いてくれよ。これはお父さんの親友からのお願いだ」
真琴の両肩に手を載せて、真剣な表情を浮かべる。
「波田さん、ありがとう。その時は大人しく引き下がるさ」
波田の手を優しく払い除けると、何処か悲しげな笑みを浮かべた。
「うん、そうしなさい。じゃあ、俺はもう行くからね。無理せずに頑張れよ。じゃあね。」
柔らかな笑みを浮かべると波田は深志の頭を撫で、出口へと足を向けた。
「ありがとう、波田さん……」
波田に聞こえるかどうかの声でそっと呟いた。