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02 おまえさんのかわりにニコモンをそだててあげるよ

 大人とは最高である。


 なんと言っても、カルピスを濃いめに作っても、誰にも怒られないのだ。





 レースカーテンがふわりと揺れる。その向こうでは青い空に入道雲が広がり、蝉が鳴き喚いている。

 まごう事なき夏であった。


 梨帆はキャミソールに短パンというラフないでだちで、台所に立っていた。

 二年前に買ったもこもこのルームウェアは大のお気に入りで、ずっと大事に手洗いを続けている。柔軟剤に溶いた水にしばらく漬けておくとふわふわが長持ちするとショップのお姉さんに聞いてから、梨帆はこのふわふわを手放さないために毎度そうしていた。


 短パンから、梨帆のすらりと白い足が伸びている。肌の表面にじっとりと汗をかいた足は、足首のところで緩やかに交差されていた。


「夏。カルピスの夏」


 白くとろとろとしたカルピスを、ガラスコップに注ぐ。


――トプットポポッ…


 カルピスを注ぐ音を、夏の季語にすべきである。

 梨帆は真剣にそう思っている。


 近年、カルピスを飲むと口の中に発生していたあのドロドロは、随分減少している。企業努力というやつらしい。カルピスはすごいやつだ。梨帆はお礼がわりにもう少しグラスに注いだ。

 グラスの中のカルピスが、より濃くなる。


 満足げに濃いめのカルピスを片手に持ち、もう片手に魚肉ソーセージを携える。


 魚肉ソーセージのビニール袋はうまく開けられた試しがないため、いつも包丁で切り取っている。指が汚れない程度に残したビニールをつかみ、齧り付く。


 大人とは最高だ。昼食を自由に選ぶ権利がある。


 テーブルに座る前に魚肉ソーセージは無くなってしまった。ビニールの残骸をゴミ箱に捨てると、梨帆は席に着き、小さな携帯ゲーム機を握る。


「……さぁて、お仕事始めますか」

 

 梨帆はカルピスを喉に流した。




***




「最高だ……梨帆ちゃん貴方は女神……」

「ほほほ! もっと言ってもよろしくってよ!」


 仕事から帰ってきた馨が、携帯ゲーム機を覗き込みながら涙している。どうやらお目当の個体が生まれていたらしい。


 梨帆は昼、馨に頼まれていたゲームをしていた。

 ニコモンの卵を抱えて延々と走り続けるという、梨帆にとっては全く意味のわからない作業だ。もうゲームでは無い。仕事である。


 だが現実世界を歩くニコモンGOとは違い、ゲームの中で全て完結するのがいいところである。


 同じニコモンでも、個体によって強かったり弱かったりするという。

 強いニコモンが欲しい馨は卵を何個も何個も何個も何個も――日がな一日飽きもせずにずっと孵化させていたのだが、強いニコモンが生まれるのは途方も無く低い確率らしい。

 日中にも卵の孵化作業を進めたいと頼まれ、梨帆は快く承諾してやった。


 任されていたニコモンの動作はさほど難しくなく、条件をクリアしたら延々と十字キーを右と左に動かすだけの仕事だったが、梨帆は真面目に頑張った。

 それもこれも、馨が喜ぶかなと思えばこそだ。


「いいの出てた? 出てた?」

「これがほしかった。欲を言えば、これとこれを足した個体がよかったんだけど」

「欲をかきすぎでは??」

「いや、でもこれで十分だよ。ありがとう」


 馨はにこにことして顔を上げたが、梨帆は非常に不満だった。

 なんだ。これが最上のものではないのか。


 梨帆は馨から携帯ゲーム機を取り上げる。


「見てろ! 明日にはその尽きることの無いお前の欲を満たしてやる!」

「梨帆さん……かっこいい!」


 自ら残業を申し出た梨帆は、まんざらでもない顔で賞賛を受けながら、フンと鼻を鳴らした。




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