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第九話 ゴブリン王の口約束

 キルアは誰も見ていない場所から、幽霊化の能力を使い、壁を擦り抜ける。

 ユウタは地中移動で、壁の下を移動した。

 キルアは悪魔の姿でゴブリンの本陣に歩いて行く。


 二十人以上からなるゴブリンの集団と出くわした。

 ゴブリンの身長は百六十㎝。灰色の肌をして、頭髪がなく、牙を生やした、角のない鬼のような種族である。ゴブリンは警戒感を剥き出しにしてキルアを囲む。


 キルアは大きく構えて発言した。

「俺は悪魔王の娘であるシャーロッテ様の使いだ。一番偉い奴に会いたい。街の人間には秘密の相談がある。悪い話じゃない。そう、誕生日に来店すると、ケーキを一切れサービスされたみたいな良い話だ」


 ゴブリンたちの一部が険しい顔で話し合う。

 ゴブリンの中にいた真っ黒いゴブリンが命令する。

「何か、人間の酒場で注文した時に出てくる、水同然に薄められた酒のように怪しい奴だが、話は通してやろう。武器を預けて、従いてこい」


「話のわかる奴で助かる。酒を水で薄める飲み屋は結局のところ損をする。馬鹿もいいところだ。俺たちはもっと賢くなって、お互いに得をしよう」


 武器を預けて、黒いゴブリンに従いて行く。

(幸先はいい。店に入ってポテト・サラダを注文する。胡椒がほどよく効いたポテト・サラダが出てきたような好スタートだ。だが、用心は必要だ。ポテト・サラダだけが美味い店ってのもたまにある)


 ゴブリンの陣営を見定める。陣内には丸太はあるが、攻城兵器は用意されてなかった。ただ、石壁を登る鍵爪や縄梯子は、ふんだんに用意されていた。


(門を壊さず、数に任せて壁を登る気か。ゴブリンも煽てりゃ、木に登るってか。でも、この数が一挙に昇ってきたら、対処するのは難しい。いきなり入ってきた団体客の全員に、バラバラの違う料理を注文された厨房(ちゅうぼう)のように混乱する。本当に一週間も()つのかが、疑問だ)


 直径十二mほどの天幕が見えてきた。

 天幕の周りには四十人ほどの灰色のゴブリンがいるが、気分はだらけきっていた。


(暗殺や襲撃がないものと思って、完全に気が緩んでいやがる。もう、勝った気でいるかもしれないが、それって、まずいだろう。戦争ってのは何が起きるかわからないんだぜ。「時価」としか書かれていない、ヴィンテージ・ワインを注文した会計の時に請求される金額のようにな)


「ここで待て」と命令して黒いゴブリンが天幕の中に入る。二分ほどで「中に入れ」と命じられた。

天幕の中に入ると、大きな椅子に座ったピンク色のゴブリンがいた。


 ピンク色のゴブリンは、身長が百九十㎝と、他のゴブリンよりも大きく、立派な体をしていた。見事な根飾りがある兜を被り、金糸の刺繍がある革鎧を着ていた。


 ピンクのゴブリンの横には、黒い肌のゴブリンの護衛が四人いた。

 入口にも二人、椅子の後ろにも二人いるので、護衛は合計八人だった。


(外には四十人いるけど、中には八人って、少ないと思うよ。暗殺とかあったら防げないね。悪魔の中には、戦闘タイプの暗殺デーモンとか、いるんだよ。でも、忠告はしない。わざわざ、十銀貨と一銀貨を間違えてチップとして渡してきた客に間違いを教える給仕がいないようにな)


 キルアを案内した黒いゴブリンが直立不動の姿勢で告げる。

「ここにおわすのが、ゴブリン王ボブレット様である」


 キルアは片膝を突いて恭しく挨拶をする。

「これは、ボブレット様。お会いできて嬉しゅうございます。私は悪魔王ゴーサンダイン様の娘であるシャーロッテ様の使いの者でございます」


 ボブレットが尊大な態度で訊く。

「それで、その使いが何の用だ。俺はこれでも忙しい身だ。また、身分の高いゴブリンでもある。用件は手短にな」

「街を攻める決断を、再考してほしくございます」


 ボブレットが不機嫌な顔をする。

「街道の封鎖を解けというのか」


「そこまでは、お願いいたしません。ただ、シャーロッテ様は、自分がいないところで全てが決まるのは嫌なのでございます。なので、申し訳ございませんが、このまましばらくお待ちください」


 ボブレットはあっさりした態度で了承した

「わかった。街の明け渡しを要求するにしても、シャーロッテ殿が来てから要求しよう」


(これは、嘘だな。俺は嘘を吐かれるのが大嫌いだ。だが、お姫様の名前を出した以上、問答無用で『ソウル・ガン』で頭を撃ち抜くのもできない。ボブレットを不快にさせてもいいが、お姫様を不快にさせて、見境なしの皆殺しに走らせたくはない)


 キルアは苦い感情を飲み込み、殊勝な態度を装って頭を下げる。

「ありがとうございます。お約束いただけて、シャーロッテ様もお喜びになるでしょう」


 ボブレットは興味がない顔で、ついでだとばかりに聞く。

「それで、シャーロッテ殿は、いつ到着されるのかな」


「十五日以内には到着します。到着時には、またお知らせします」

 ボブレットは簡単に命じる。

「わかった。下がってよいぞ」


(嘘を、お姫様の使者に()いて、追い返したら、後が怖いぜ、ゴブレットさんよ。酒代を踏み倒そうとした時に出てくる怖いお兄さんも小便を漏らすほど、びっくりだぜ。もっとも、その恐ろしさを知る時には、冥府に渡っているかもしれないがな)


 キルアはゴブリン軍の陣地を後にして《海鳥亭》に戻ってユウタを待つ。だが、ユウタが戻ってこなかった。


(ユウタの姿は見えない。どこかで俺とボブレットの話を聞いていたな。ユウタもボブレットの嘘に気が付いたはずだ。敏腕料理人が手に入れた猪をどう料理するか考えるように、ボブレットの猪野郎どう料理するか、考えているはずだ)


 その日は適当に宿を取り、ゆっくりと休む。

 翌日の昼過ぎに《海鳥亭》で待っていると、ユウタが戻ってきた。


 ユウタが冴えない顔で酒場の隅を指差す。

「向こうで、話そう。さっそく儲け話になりそうな新鮮で良いネタを仕入れてきた」


 移動して密談する。ユウタが難しい顔をして、説明した。

「ボブレットの方針がわかった。ボブレットは今日の晩にも街を落とすために動くぞ」


(やっぱり、仕事のできる哲学者は違うね。すぐに、相手の作戦行動をそっくり手に入れてきた。肉屋が解体する猪のモツを取り出すような手際のよさだ。あとは、きちんとこちらで処理してやれば、美味しくいただける)


「ボブレットの猪野郎は俺に嘘を吐いていやがったか。嘘がわからないほど間抜けだと見縊(みくび)られたのが癪だな。それで、どんな作戦で来るんだ。どっかのお姫様みたく『総員突撃せよ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』とか、命じるのか?」


 ユウタが馬鹿にした態度でゴブレットの策をくさした。

「ボブレットは馬鹿だが、馬鹿なりに頭を使いたいようだ。街に潜入しているゴブリンがいる。そいつらが街の裏門を開けて、ゴブリン軍を街中に入れる手引きをする」


「馬鹿正直に正面から数で挑まれたほうが脅威なんだけどね。策を(ろう)したがほうが賢いと思っているんだろうな。やたら()った調理法で素材を駄目にするシェフみたいだ」


 ユウタが知的な顔で同意する。

「俺も同じ意見だな。知恵なき者は、無理に頭を使うべきではない。汗を流すか、哲学の素養のある知恵者に意見を請うべきだ」

「それで、どうする? 街の人間に教えて、浮浪児みたくお駄賃でもせびるか?」


 ユウタが明るい顔で気軽に話す。

「もっと良い儲け話に進展している。安い黒海老のフリッターから縞海老の揚げ物に食材がアップ・グレードされたみたいに、いい話だ」


「それは、いい。黒海老より、縞海老のほうが俺は好きだね。値段もいいがな。それで、どんな状況なんだ」


 ユウタが、さばさばした態度で語る。

「街を守っている知り合いの傭兵団長にゴブリン軍の奇襲を教えた。そうしたら、手伝いを頼まれた。もちろん、褒美が出る。海老が籠一杯、食えるくらいは、出るぞ」


「なら、俺と水夫スケルトンが傭兵団の代わりに、裏口の警備に就く。そこをゴブリンに襲わせて、隠れていた傭兵団に捕まえさせるって作戦はどうだ」


「実は俺も、キルアと同じ作戦を考えたので、頼もうと思っていた。引き受けてくれるか? 成功すれば金貨二十枚が支払われる」


「一人当たり金貨十枚ね。いいぜ。やろう。ゴブリン軍の企みを潰して、ボブレットの顔を、茹で上がった海老みたく、真っ赤にしてやろうぜ」


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