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第八話 ゴブリン軍の布陣

 キルアは金を手にすると、街の正門がある場所に歩いて行った。

 高さ十二m幅八mの正門は、固く閉じられていた。


 正門から左右に高さ二十mの石壁が伸びている。厚い石壁の上には、警戒の兵士が多数いた。

壁も門も、また無傷だった。血の臭いもしない。

ゴブリン軍は街道を閉鎖するだけで、まだ街に攻撃は仕掛けていなかった。


(まだ、戦は始まっていないか。始まった戦を止めるのは、神経質なパン屋のパン籠からパンをくすねるように難しい。だが、まだ始まっていないなら、打てる手はある。とはいっても、ユウタの哲学しだいだけどな)


 街で一番高い建物は教会の鐘楼(しょうろう)だった。

 キルアは鐘楼の近くで羽を広げる。教会の鐘楼の影から上に移動した。

 平野に陣を張るゴブリン軍が確認できた。ざっと数えるが、ゴブリンは一万以上いた。


(これは、思ったより大勢いるね。番頭が嘆くのが、わかるね。この数のゴブリンが街に入ってきたら、街なんて一溜(ひとた)まりもない。船酔いで外洋にぶち撒けたゲロが、群がって来る魚によってすぐに消えるのと同じ。海賊なんて、ゴブリン軍に比べたら、お姫様に毒林檎を箱単位でプレゼントする優しい老婆のようだ)


 兵士や傭兵に見つからないうちに、鐘楼台から下りる。

 街をぶらつくと、悪魔の姿をした傭兵の姿を、よく見かけた。

 商店を覗くと、品切れで棚が空になっている品物は多少ある。だが、まだ物資が欠乏している状態には、なっていなかった。


(市民が戦争前の買いだめに走った、ってところか。消費者の気持ちは、わかる。俺だって、食卓から塩が消えると知ったら、買いだめする。塩のない料理は、味気ないからな。塩の代用にハバネラを使う気には、なれねえ。俺はユウタとは違うからな)


 街の人々の顔には、不安な色が、ありありと出ていた。時間になったので、《海鳥亭》に向かう。

《海鳥亭》は船乗り向けの酒場だが、今は船乗りより傭兵の姿が多かった。


 ユウタが先に来て、一杯やっていた。

 向かいの席に着いて、オレンジ・ジュースを注文する。

「街の外を一望したが、ゴブリンが凄い数だ。街の人間より多く見えたぜ。米櫃(こめびつ)に湧いた穀象虫(こくぞうむし)のようだ。このままだと、全て駄目にされるぜ」


 ユウタが澄ました顔で教えてくれた。

「当りだ。ノーズルデスの人口は一万人。対するゴブリン軍は、一万五千だ。米より虫のほうが多い現状だ」


(そこまで戦力差があるなら、二百や三百の傭兵では、対処しきれないな。せっかく来たけど、ノーズルデスは終わりか。次の料理を期待したら、コーヒー出されてもう終わり、みたいで、がっかりだ)


「よく、正確な数がわかるな。それも哲学の力か? それで、哲学は、俺たちがどっちに進むべきだと示している。できれば、分かり易く教えてほしい、偉ぶった藪医者の説明みたいなのは、御免だぜ」


 ユウタは自慢顔で当然の如く語る。

「哲学を利用すれば、多くの情報がわかる。進むべき道もわかる。学問とは、そういうものだ」

「学問ね。俺には縁がない言葉だ。医学の世話になる状況はある。だが、医者は嫌いだ。高い料金を請求するのに、効かない薬を売りつけられたりする」


「医学は学問だが。医者が請求する医療費は医者の匙加減だ。同じ治療でも請求額が違うことがある」

「それで、その学問の王道の哲学は、戦争すればどうなるって言っているわけ? もう、手遅れです、葬儀屋を呼びましょう、とか、命じるのか?」


 ユウタは困った様子もなく、分析結果を話す。

「葬儀費用の見積もりを取る時間はあるぞ。悪魔の傭兵が街を守っている。()って一週間だがな。元気だった老人が明日にはぽっくり死んでも、一週間より早く街が陥落する展開はない」


「なるほど。そりゃ、街の人間は、悪魔王様のケツにキスしてでも、援助を請うわけだ。余命一週間と教えられりゃ、何を喰っても、不味いだろうな。それで、医者が匙を投げる状況で、余命いくばくもない街に、哲学は何ができる?」


 ユウタが冷静に現状を説明する。

「ゴブリン皇帝は人間と敵対しても、悪魔王様と敵対する気は、今のところはない。ゴブリンにしては、賢明な判断だろう。ここに活路がある。これは哲学を使わなくても、わかる」


 街が生き延びられる可能性が見えてきた。

「なら、お姫様が到着すれば、街は、しばらく悪魔王様の庇護の元で守られるわけか」


 ユウタが厳しい顔で見解を述べる。

「裏を返せば、お姫様の軍勢が来るまでが危険だ。ここを乗り越えないとノーズルデスに未来がない。卵を割らないとオムレツができないのと一緒だ」


「お姫様の到着は、いつだ? 着ていくドレスを選ぶのに、血飛沫(ちしぶき)で汚れないように撥水(はっすい)性がある材質じゃないと駄目とか、ほざいて、三十日も掛かるとかは、勘弁してほしいね。いや、お姫様だったら、草木染めならぬ血染めが似合う服を選ぶか? 気が長い俺でも、忍耐には限度がある」


「お姫様の船はでかく、キルアの船のように速くはない。今頃ナンバルデスを出た頃だ。だから、三十日はないが、十五日なら、有り得るぞ」

(どうやら、俺たちは決戦前夜に飛び込んだな。でも、朝が来るのは延ばせないが、開戦は延期できる)


「で、どうすんの? 俺たちは、ゴブリンの襲撃に怯えて、十五日間も船で寝起きするわけ? 俺はそういう態度は嫌だぜ。俺は、寝られるなら、ぐっすり寝たい派だ」


 ユウタが鼻で笑った。

「ゴブリンを怖れるなど、心にもない嘘臭い言葉を吐くなよ。熟成チーズも、裸足で逃げ出すぞ。俺は熟成チーズが嫌いだけどな」


「なら、どうしろと? ゴブリンに眠り薬入りの餌でも与えて、時間を稼ぐか。餌の調達と餌のやり方は、哲学とやらで教えてもらうしかないがな」


 ユウタが幾分むっとした顔で告げる。

「哲学は使わなくていい。話はもっと簡単だ。軍を指揮しているゴブリン王に、お姫様が到着するまでは街を攻めないように進言する」


「話のわかるゴブリン王なら、いい。だけど、そんな話がわかる奴なら、街道を閉鎖なんて、しないと思うけどな。ゴブリン王にしてみれば、ノーズルデスは落ちたココナッツも同然。後は、割って食べるだけだ」


「そこは、詐術と話術と血と暴力で、どうにかする。キルアの行動力がものをいう分野だ」

「哲学のご神託かい。怖いね、哲学」

 キルアとユウタは食事を摂ると、《海鳥亭》を後にする。


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