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第二十六話 ブッシュの砦

 全周が二㎞の石造りの砦がある。名をブッシュの砦という。ブッシュの砦はカールザルツに続く街道を防衛するために造られたものだった。

 ブッシュの砦に迫る悪魔の軍団があった。

 悪魔の数はおよそ二千。主に傭兵として経験を積んできた猛者である。悪魔を率いるのはシャーロッテだった。キルアとユウタはシャーロッテの側に控えていた。


「全軍前進」シャーロッテの威勢のよい合図でラッパが鳴り、部隊が進んでいく。

 敵の砲撃範囲内に入ったのか、魔道砲が撃ち出される。魔道砲は精度がよくないのか、シャーロッテの軍には着弾しない。


 そのうち、シャーロッテ側の四・五インチ魔道砲も射程に入ったので、砲撃戦が始まる。

 両軍の砲撃戦のさなか、空を飛べる悪魔は空から、飛べない者は陸から砦に近づく。

 矢に、魔法に、魔法弾が戦場を入り乱れる。


 ユウタが背中から大きな蝙蝠(こうもり)の羽を生やす。キルアはユウタにおぶさる。

「お姫様、ちょっくら手柄を立てに行ってきますよ」

 シャーロッテが明るい顔で送り出す。

「期待しているわ」


 ユウタに掴まってキルアは空から戦場を見る。

 戦場の動きをつぶさに観察していたユウタが声を上げる。

「よし、敵の武器庫の位置がわかった。敵は武器庫から、魔道砲のカートリッジを取り出している。武器庫を破壊してやれば、敵の砲撃は止むだろう」

「なら、上空まで案内してくれ。そこから俺が、武器庫までダイビングを決める」


「上手くやれよ。炸裂弾が破裂した時に近くにいたら、キルアでもあの世行きだ」

「任せとけ。ユウタが落とす場所を間違わなければ、俺は失敗しない。それに、この先は軍事施設だ。一階の床と城壁くらいは、通り抜け防止措置がしてあるだろう」


 ユウタがキルアを運んで行く。

「今だ」の合図でキルアは『幽霊化』のギフトを使い、ユウタの背から飛び降りた。幽霊状態となったキルアの体が、下に向かって落下していく。

(ひょー、気持ちがいいね)


 キルアの体が建物の天井から下に向かって擦り抜ける。何でも擦り抜けられる幽霊状態は、時に気をつけないと、行き過ぎて地面を通過する状況もある。

 だが、予想通りに一階に通り抜け防止用の魔法が掛かっていたので、キルアの体は一階で、ぴたり停まった。


 停まった場所はユウタの見立て通りに、魔道砲を撃ち出すためのカートリッジの保管庫だった。人間が気付かない場所にユウタが作った炸裂弾を置く。

 幽霊状態の炸裂弾をこのまま爆発させても、誘爆は期待できない。一度、『幽霊化』を解除しないといけなかった。


 だが、幽霊状態でなければ、敵に見つかった時が危険だった。床に擦り抜け防止の細工があるので、下へは逃げられない。

「さて、上に逃げるか、横に逃げるか、どっちにする?」


 羽を広げて上に逃げても良さそうだが、横に逃げても良さそうだった。

「上は応酬が激しい気がする。味方の流れ弾に当るのは馬鹿らしいから、横か」

 キルアは走って壁を突き抜けていく。途中で兵士にぶつかりそうになったが、すぐ壁から壁へと擦り抜ける。


 城壁の近くまで出たが、運が悪く敵兵に囲まれた。敵兵はキルアを銃で撃ち、槍で刺す。

 幽霊状態なので攻撃は通らない。だが、キルアはあと十秒足らずで幽霊化が終わる。

(くそ、もう時間がない。しかたない、やりたくなかったが、背に腹は代えられない)

「サモン・シップ!」


 キルアが魔法を唱えると、城壁と建物間に三十五m級の幽霊帆船が現れる。

 キルアは急ぎ、船の側面にある縄梯子を上がる。兵隊もキルアを追いかけようとする。

 されど、実体を持つ人間には、縄梯子を掴めなかった。また、キルアを引きずり下ろす対応もできなかった。


 キルアが甲板に上がった状況で、『幽霊化』が切れた。幽霊化していた船も実体を持つ。

 人間の魔法と魔道銃の弾がキルアに向かって飛んでくる。キルアは攻撃を避けながら、マストに掴まってよじ登っていく。


 マストを半分ほど上がったところで、城壁の上に飛び乗った。

 ドン! と激しい爆発音がした。衝撃でキルアの船が押され、城壁を崩す。

 キルアはそのまま城壁から飛び降りて、シャーロッテの元まで走った。

「船を犠牲にするような戦いは、あまりやりたくなかったんだけどねえ」


 武器庫を吹き飛ばされて、城壁の一部が破れた。

 戦いの流れはシャーロッテ側に有利になった。

 キルアはシャーロッテに報告する

「お姫様。敵の武器庫を吹き飛ばしてきたぜ」


 シャーロッテは凛々(りり)しい顔で褒める。

「素敵な行動力ね。だから、キルアって好きよ。もちろん、ユウタもだけど」

 シャーロッテが副官に命令する。

「人間側はもうじき砲撃ができなくなるはずよ。砲撃戦で片をつけるわ」


 副官は伝令を呼ぶと、すぐにシャーロッテの命令を実行に移させた。

 陸と空との囲みを解いて、ひたすら砲撃を続ける。

 やがて、人間側から砲弾が飛んでこなくなった。いいだけ、悪魔側から砲撃を浴びせると、砦の人間は門を開いて、王都側に敗走を開始した。


 シャーロッテが厳しい顔で指令を下す。

「残っている人間は、掃討しなさい。兵士を生かして帰す必要はないわ。掃討が終わったら、すぐに砦を掃除して、しばらくは砦を宿営地に使うわよ」

 シャーロッテは命令を下すと、武器になる魔楽器を担ぐ。シャーロッテは率先して残党狩りに出て行った。


(やる気満々だね、お姫様。こういう残党狩りって、普通は部下に任せっきりってのが多いんだけどね。好きだからやってるって気配が、こう、びんびん伝わって来るわ)


 空からユウタが降りてきて、軽い調子で意見する。

「今日は、天井がある場所で寝られそうだな」

「そうだな。だいぶ人間の血で生臭いかもしれないがな」


 ユウタは素っ気ない態度で訊いてくる。

「僕たちが落としたのは小さな砦一つだ。だが、これを機に、戦況は動き出すぞ」

「だろうね。砦の最上階からは、王都が見える。いつでも王都を攻撃できる場所に俺たちは、いる。人間側が取り返しに来る展開は、ありそうか」


 ユウタが気楽な表情で首を横に振る。

「ゴブリン軍の大軍が正面にいる。僕が指揮官ならこんな小さな砦に固執して、いたずらに兵を消耗させたりは、しないな」

「そうか、なら、俺は砦の酒蔵でも覗いて、指揮官用の酒でもくすねてくるか」

 こうして、王都へと続くブッシュの砦は陥落して、悪魔側のものになった。


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