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第二十三話 偽造された遺言

 キルアはユウタと別れると市長舎に出向いた。

 市長舎はすでに閉まっており正門は閉じられていた。『幽霊化』して、建物の門と壁を擦り抜けて市長舎に侵入する。


 巡回の警備の灯が見えたので、そっと物陰に隠れてやり過ごす。

『幽霊化』が切れたが忍び足で市長室まで行けた。少しの休憩を挟んでから再度、『幽霊化』して市長室のドアを擦り抜ける。


 市長室内で市長が書いた文書を探す。だが、それらしい文書を発見できなかった。

 隣にある秘書室に行って、壁面書庫から文書の束を調べる。まず、ヘンドリックのサインのある公文書から字の癖を覚える。後はそれらしい過去の文書の中にヘンドリックが書いた手紙がないかを探索した。


 すると、ヘンドリックから別の市議に宛てた手紙の控えを見つけた。

(まずまずの収穫だ。こいつを基に偽の手紙が作れる。俺の言葉を聞かないエルマでも、父親の言葉なら、受け入れるだろう。たとえそれが偽物でも、だ。今回は騙されたほうが幸せだからヘンドリックも感謝するだろうよ)


 手紙をそっと(ふところ)に忍ばせて、市長舎を出る。

 宿屋に帰ってユウタを待つ。二時間ほどでユウタが帰ってきた。


 ユウタが素っ気ない顔で、軽い調子で尋ねる。

「キルアが探していた技術を持つ悪魔を見つけてきた。ヘンドリックの筆跡がわかる文書は見つかったのか。これが見つからないと無駄足だぞ」


 キルアは手紙を取り出して、ユウタに差し出した。

「これだ。市議宛てに出され手紙だ。こいつを使って、エルマに宛てた偽の手紙を作ってくれ。あの世の市長もびっくりするぐらい、そっくりな奴を頼む」


 ユウタが真剣な顔で尋ねる。

「中身はどうする? 内容は大事だぞ」

「愛する娘へ、この手紙を読んでいる時には私はこの世にいないでしょう、とかの書き出しで始める。そんで、人間に殺されるから街を頼むとか何とか、書いてくれ。あまり詩的にならずにな。こういうところで、情緒を出すと逆にボロが出るものだ」


「わかった。いいだろう」とユウタが部屋を出て行こうとしたところで、引き止める。

「ちょいと待った。やはり手紙は二通、作成してくれ」


「いいが、もう一通は何に使う?」

「もう一通の文面は同じだが、『人間に殺される』を『ゴブリン軍に殺される』に変えた手紙を作ってくれ」


 ユウタは少しばかり怪訝(けげん)な顔をする。

「誰に殺されたかで、手紙の意味合いが変わってくるな」

「それでいい。両方の偽手紙を作って、違うルートでエルマに明日に届くように手配するんだ。エルマには多少混乱してもらおう」


「随分と面倒な仕事だな」

「意味が違う二種類の手紙が届けば、どちらかを偽物だとエルマは疑うはずだ」


「ありえる話だな」

「エルマに迷いが生じれば、エルマは思い悩んだ末に、自分が進みたい道に合致する内容の手紙を本物と信じるはずだ。人ってのは、真実ではなく信じたいものを信じる生き物だ」


 ユウタは気楽に質問する。

「なら、ゴブリン軍と敵対する道を選んだらどうする? エルマの哲学的素養は未知数だ。暗愚(あんぐ)な可能性もある」


私怨(しえん)に駆られて街を戦火に(さら)す道を歩むなら、俺がエルマを暗殺する。だが、もし、エルマが思い悩んだ末に判断を変えるなら何もしない」


 ユウタが意外そうな顔で訊く。

「お前にエルマが殺せるのか? 相手は武器を持たない素人の女性だぞ」

「だが、戦場に立つ覚悟をした人間だ。ならば、エルマは一人の女戦士だ。それならば問題ない。俺はやる時はやる悪魔だ。こうと決めたら、追い風を受けた船の如く突き進む」


「わかった。キルアの作戦通りにことを運ぼう」

 ユウタが部屋から出ていく。


 一眠りして夜を待ってから再びエルマの家に行く。

 エルマは昨日と同じ部屋で会ってくれた。

「どうですか? エルマさん、考えを変えてくれましたか?」


 エルマは困惑した顔で切り出した。

「実は、こんな手紙が届いたのです」

 エルマはポケットから手紙を取り出すと、キルアに見せた。

 手紙には「ゴブリン軍に殺される」と書いた手紙だった。


(なるほど、手紙を見せて反応を探ろうと考えたわけか。悪い手ではないが、良い手でもない。高い料理を売りたいがために、安くて不味い料理をメニューに並べるような、一般的な手だ。俺には通用しない)


 キルアは首を軽く振って、残念そうな態度を装う。

「これは偽物だ。ヘンドリック市長はこんな手紙を残すはずない」

 エルマが渋い顔で問い(ただ)す。

「なぜ、そう断言できるのですか?」


「勘としか言いようがありません。ですが、ヘンドリック市長は、街の将来を常に案じていた聡明(そうめい)な政治家でした。街を危険に曝すような手紙を送るような人じゃない」


 エルマは迷ったが、沈んだ顔で告げた。

「実はこの手紙が届く前に、別の手紙が届きました。内容は、そっくりでしたが、もう一方の手紙では『人間に殺される』となっていました」


 キルアは驚きを装い都合の良いほうに誘導しようとした。

「何だって? それじゃあ、市長は人間に殺されたんでしょうね」


 エルマは沈痛(ちんつう)な面持ちで語る。

「わかりません。父をよく知る人からは『ゴブリン軍』に殺されると書いた手紙は偽物だと言い切っていました」


 キルアは一旦(いったん)、考え込む振りをする。

「果たして、どちらが本物なのか?」

「わかりません。どちらが本物なのか。あるいは、両方とも偽物なのか。真実はどこにあるか、わからなくなりました」


(予想通りの混乱振りだ。さて、ここからが正念場だ。形よく切った肉も、(あぶ)り加減によっては、味が格段に落ちる肉へと変わる。俺に限っては、そんなヘマはしないだろうけど)


 キルアは優しい言葉を掛ける。

「私の言葉だから信用できないかもしれません。ですが、エルマさんは、やはり選挙戦を下りるべきだ」


 エルマが弱った顔で尋ねる。

「どうしてですか?」


 キルアは紳士たる態度で、穏やかな口調で語り掛ける。

「これは街の人間の命が懸かった決断になります。エルマさんの判断で、何千人の人間が死ぬ展開になる。そんな重い判断を、迷える心で決定すべきではない」


 エルマは冴えない顔で否定する。

「でも、ここで私が戦わないと街がゴブリン軍の手に渡る」


「それは違う。アーブンはノーズルデスの市民です。ゴブリン軍ではない。アーブンが市長になっても、人間を奴隷として売り渡すわけではない。市長にそこまで大きな権限はありません。ゴブリン軍に渡るのは金貨だけです」


 エルマは渋った。

「ですが、本当にそうでしょうか? 市長はもっと市民のためにならなない決定をするかもしれない」


 キルアは流れるように、アーブンが市長になる利益を説いた。

「考えてみてください。ゴブリン軍に支配された街なら、解放には多大な犠牲を払う必要がある。だが、市長は議員の総意があれば解職できる。これは街の市長だからです」


「しかし、市長の権限は大きいんです。市長がゴブリンならゴブリン軍に言いなりになるかもしれない」


 キルアはエルマを強く見据えて意見する。

「三度です」とキルアは指を立てて、エマに表示した。


 エルマは、わからない顔をした。

「でも、ですが、しかし、とエルマさんは不安を述べた。以前のエルマさんならきっぱり拒絶した。今のエルマさんには迷いが生じている。信念がない。そんな、人間なら市長になるべきではない。エルマさんはアーブンと話した過去がありますか」


 エルマは、力のない顔で答える。

「いいえ、ありませんが」

「アーブンは市長になる覚悟を決めた市民です。市長になれば、人間に暗殺されるかもしれない。それでもアーブンは街のためにと立ち上がった」


 エルマは懐疑的(かいぎてき)な顔で、キルアの言葉を疑った。

「本当にそうでしょうか? アーブン氏は誰かに(かつ)ぎ出されただけのお飾りだと聞いています」


「そう仰るのなら、私は貴女を軽蔑(けいべつ)します。貴女こそアーブンを知らず、誰かに口車に乗せられて立候補しただけの人間に見えますね。まだ、時間はある。貴女はアーブンに会って、自分の頭で考えて結論を出すべきだ」


エルマが渋い顔をしたが、決断した。

「わかりました。明日、アーブン氏に会ってきます」


 キルアはヘンドリックの家を出ると、アーブンの家に行こうとした。すると、何者かが尾行してくるのに気が付いた。

(誰の差し金かは知らないが、見張られているね。ここで、アーブンの家に行かないほうが、いいかもしれないな)


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