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第二十一話 悪魔の選挙工作

 何事もなく立候補受付期間の五日目になる。

(金も名誉もある人間は利口だ。選挙に勝った場合でも、負けた場合でも、失う物が多すぎる実情を理解している。誰も立候補しやがらない。いい傾向だが、そう、何ごとも上手くいかないのが人生だ。犬だって人間に捕まって喰われることがある)


 キルアはやる仕事がないので、宿屋の食堂で食後の茶を楽しんでいた。

 うんざりした顔をしたシャーロッテがやって来た。

(おっと、お姫様はあまり機嫌がよさそうじゃないね。余計な飛ばっちりが来ないように軽く注意が必要だな)


 キルアは上品な態度を心掛けて話す。

「どうしました、お姫様。少々、お疲れのようですね。よろしければ腕の良いマッサージ師でも紹介しましょうか。それとも、首を刎ねてもよい罪人を斬って憂さ晴らしでもしますか?」


 シャーロッテが向かいの席に腰掛ける。

「人間に肩入れするものじゃないわね。私たちが街の防衛に手を貸すとなった途端に強気になったわ。もっと増援を寄越せ、ですって。しかも、増援はタダだと思っているわ」

「それは強気だ。他人の武力に頼った防衛が危険だってわからないのかね。俺なら怖くてできないね。他人に自分の家を任せるなんて。船はあれど、家はないけど」


 給仕がシャーロッテの前にティーカップを置く。

 シャーロッテはむすっとした顔で告げる。

「そうよね、ここでこうしている間に街の命運を決めるゴブリン王からの書簡が何十通と行ったり来たりしていないとも限らないのにね」


(何十通はないけど、シャーロッテや悪魔王宛のが、十通くらいはあるな。ジャジャめ、意外と筆まめなのか。侮り難い屋ゴブリン王だ)

「何だ、悪魔王様はやっぱりゴブリン皇帝と組んで人間を滅ぼす気になったのか。だったら、早めに教えてくれ。無駄な仕事と無駄な行列待ちはしたくない」


 シャーロッテが目を細めて、悪意のある笑みを浮かべる。

「何十通は冗談だけど、私宛てには、四通が来たわね。中々に面白い内容が書いてあったわ。聞きたい。人間が聞いたら顔色が茄子のように変わるわよ」


 シャーロッテの近くにいた給仕の顔色が険しくなる。だが、シャーロッテは全く気にしない。

(シャーロッテにとって面白いなら、人間にとっては腐ったキャベツを投げつけられるのに近い対応だ。人間が滅べば街の価値は下がるが、シャーロッテなら好き嫌いで街の生命線を止めかねない)


「事細かに人の手紙の内容を聞きたいと思わないね。だが、俺とユウタでゴブリン市長を誕生させて、街の支配権を奪う作戦を立てている」

 シャーロッテは素っ気ない態度で応じた。

「そうね、知っているわ。人間を串刺しにして炙り焼きにするが如く、上手くいくといいわね」

「作戦は、このまま進めていいんだな」


 シャーロッテが澄ました顔で、釘を刺す。

「いいわよ。ただ、私はだらだらとした戦いが続くのは嫌。できれば、選挙戦なしでスマートに決めてほしいわ。豚は豚らしく、人間は人間らしく、分を(わきま)えてもらわないと」

「選挙戦なしにしてほしいって話は人間に伝えたのか」


 シャーロッテがさばさばした態度で心情を語る。

「いいえ、もし、この期に及んで私たちの手を借りて自由を享受したいなら、人間との付き合いを考えるわ。ジャジャとの付き合いは続くかもしれないけど」

(これは、危険な兆候だね。状況が悪いほうに変わったぞ。選挙戦が始まると武力衝突も起きかねない。そうなれば、俺が行きつけにしている料理屋も吹き飛ぶな)


「わかった。知らせてくれて助かった。俺は街を救いたいわけでも人間を救いたいわけでもない。シャーロッテや悪魔王様の邪魔をしたいわけでもない」

 シャーロッテが表情を和らげて立ち上がった。

「なら、いいわ。私は働く悪魔には報いる悪魔です。余計な手間を掛けずに街が無事なら、それに越したことはないわ。上手く行ったら、美味しい料理でも食べに行きましょう」


「だったら、美味い料理屋行きは確定だ。俺はしくじったりしない」

 シャーロッテが帰って行くと、入れ違いで不機嫌な顔をしたユウタがやってきた。

(おっと、こっちも良くない知らせが来たね。だいたい、何が起きたかはわかる。人間側の立候補者が出やがったな)


 キルアはユウタを誘って自分の部屋に移動してから、尋ねる

「どうした、ユウタ、そんな(しか)め面して。せっかくの男前が台無しだぞ」

 ユウタが冴えない顔でキルアの向かいに座る。

「ここに来て、アーブンの対立候補が出た。ヘンドリックの娘のエルマだ」


(やはり、立候補者が出てきたか。でも、ヘンドリックの娘か。これは誰かに(そそのか)されたたな)

 キルアは正直に愚痴った。

「何で、ここで話をややこしくするかね。今、シャーロッテが来て選挙戦になしで決めてくれって、帰っていったばかりだ。ここで、選挙戦が始まれば、街は子豚のように丸焼きにされてお姫様とジャジャに美味しく喰われちまうって、わからないかね」


 ユウタは面白くなさそうな顔をした。

「お姫様が来たのか。それは不味いな。他の悪魔なら言いくるめや取引が可能だが、お姫様には道理や理屈は通じない。お姫様は哲学書を枕にするような悪魔だからな」


 キルアは立ち上がる。

「止むを得ない。立候補届を出したエルマには悪いが、立候補を取り下げる決断をしてもらおう。ヘンドリックの娘ってのが、気になる。だが、親父さんよりは頭がいいことを願う」


「立候補の取り下げは賢明だが、果たして上手くいくかな。古来、賢人も言っている。感情に流さされる人間は盲目よりも見えていない。また、別の賢人もかく語る。愚かな決断をする者ほど、正しい道を示せば間違って道に行くと」

「俺は賢人ではないから、言葉で説得しようとは思わない。だが、話してわかる情報も、ある」


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