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第十七話 渋柿のような王(後編)

 馬に乗って進む一行を見ると、どのゴブリンも整列する。

 ゴブリンは敬礼してキルアたちを見送った。陣中もゴブレットが指揮していた時より、適度な緊張感があり、規律が取れていた。


(前は野生動物に毛が生えた程度の集団だった。だが、今は規律が緩く錬度も低そうだが、いっぱしの軍隊だな。なるほど、上が変わると下がもろに影響を受けるのがゴブリン流か)

「前に来た時とは違うな。何か、こう、やる気が感じられるね。暑いのに、ご苦労なことだ」


 ボボンが満足そうに頷いて、背筋を伸ばして語る。

「戦いは最後の手段。できることなら、戦わずして街が欲しい。ジャジャ王の言葉です」


(人間側の使者に街が欲しいとか、平然と口にできるとこが、ゴブリン流だな。でも、戦わずして街を手に入れるつもりが本気なら、これは最後に大物が残った可能性がある。ゴブリンは上に最良の果実を置かず、下に最良の果実を隠すってか)


 馬鹿な指揮官を二人殺した結果、最良の指揮官が残ったとなると、厄介だった。

 陣中を進む。壁を登る道具の手入れをしているゴブリンが見えた。木を壁に見立てて登る訓練をするゴブリンの一団もいた。


(前にはなかった訓練をしてやがる。また、道具の整備もしている。規律が出たせいか、ゴブリンが随分と働き者に見えるぜ。まるで、蝿と蜂の違いだな)


 大きな四角い天幕が見えてきた。

 天幕は一辺が十二m、天井以外は開けられており。四方を十人ずつのゴブリンが囲んでいた。天幕の中央には、大きな長方形のテーブルがある。


 テーブルの横には、子供が入れるくらいの大きな桶があった。テーブルの前後に椅子が三つある。

 椅子の下には板が敷かれていた。後方の椅子の一つには、ユウタが座っていた。


 キルアはユウタの横の席に座る。ユウタは複雑そうな顔をしていた。

「どうしたの、ユウタ? こんな、ゴブリン軍の陣地の真ん中で座っていて」

「ジャジャに西瓜をご馳走したいと拝まれて、困っている」


「え、西瓜?」

 屈強なゴブリン兵士が大きな団扇を持ってやってくる。ゴブリン兵士はユウタとキルアを団扇で扇いで、そよ風を送る。


 ゴブリンの兵士が近くの手桶で手を洗う。次いで、大きな桶から西瓜を取り出して八等分して、綺麗な白い皿に盛り付ける。

 西瓜をキルアとユウタの前に置くと、白い手拭いも目の前に置かれた。


「会談に来て西瓜で出された対応は初めてだな」

「ジャジャと話をしたが、キルアが果物を好きだと教えたら、急遽(きゅうきょ)、用意した」


 西瓜を(かじ)ると、西瓜は水でよく冷やされており、甘かった。

「なかなか美味(うま)い西瓜だな。今年の夏は暑いから、西瓜が美味いのかもしれない。にしても()せない。俺たちはゴブリン王を殺している敵みたいもんだぜ」


 キルアが西瓜に手を付けると、ユウタも西瓜に手を付ける。

 西瓜を食べていると、身長が二mのピンク色のゴブリンが入ってくる。ピンク色のゴブリンは立派な体をしていた。

 ピンク色のゴブリンは四十代くらい。緑色の刺繍(ししゅう)がある、真っ赤な、ゆったりした服を着ていた。鎧姿ではないので、礼服のようだった。


 ピンクのゴブリンの両脇には杖を持った、黄色いゴブリンを二人従えていた。侍従と思わしき、白い髪と髭を持つ黒い肌の悪魔も従えていた。


 ユウタが立って挨拶しようとする。ピンクのゴブリンは顔を綻ばせて、掌を下に向ける。

「いやいやいや、そのままで結構。食事中ゆえ、礼は無用。是非そのまま西瓜を食べていてくだされ」


「ジャジャだ」とユウタが、そっとキルアに教える。

 ジャジャがキルアの向かいの席に座って両手を広げる。

 侍従が紐で(たすき)を掛けて西瓜を食べ易いようにする。ジャジャはにこにこした顔で軽く頭を下げる。

「では私も、一つ貰おうかな」と西瓜に手を伸ばし、美味そうに西瓜を食べる。


 ジャジャは明るい顔で意見する。

「やはり、夏は冷たい西瓜に限りますなあ。この甘さがいいですな」


(敵を呼んで、陣中で西瓜を振舞うゴブリン王か。しかも、一緒の西瓜を食べて毒が入っていない状況をアピールする。これは今までにないタイプのゴブリン王だな。まさに渋柿だ。簡単には喰えない)


 ジャジャは豪快に西瓜を食べる。西瓜を三人で平らげると、ジャジャは話を進める。

「西瓜はまだあります。よろしければ、まだ切りまずか」


 キルアは皿を横に置いて切り出した。

「いやあ、もう結構(けっこう)。もう少し食べたいところで停めておくのが、美味しく食べるコツです。それで、今日、俺を呼んだ理由は西瓜を食べさせるためではないでしょう」


 ジャジャは侍従から手拭いを受け取ると口の周りを拭き、素っ気ない態度で発言した。

「そう、ノーズルデスの街のことです。街の包囲も解いてもいい」

(おっと、回り道はなしか。直球で来たね)


「それは、有り難いが条件があるんでしょう? 条件は何ですか? 金貨百万枚ですか? だとしたら、欲を掻きすぎだ」


 ジャジャは元気の良い顔で頼んだ。

「欲の掻きすぎは良くない。下手に欲張ると手を失い、大きく欲張ると首を失う。金貨は要らない。ただ、我々が勝った証が欲しい」

「それは、市長の首が欲しい、と?」


 ジャジャは、にこにこした顔で首を横に振る。

「そうではありません。ゴブリン軍がノーズルデスを包囲して我らが勝った証です」

(金でもなく、首でもなく、街でもないのか。ジャジャの狙いは何だ?)


「遠廻しに(おっしゃ)ってもわかりません。正直に言ってください。何が欲しいのです。ノーズルデスは陥落寸前の街。市長はぶるぶると震えている。大概(たいがい)の要求は呑むでしょう」


 ジャジャは真剣な顔で要求した。

「街にゴブリン軍の代官を置かせて、徴税させて欲しい」

(戦争の勝者らしい要求だ。代官の職権がどの程度になるか、にもよる。だが、街の人間が皆殺しにされかねない現状を考えると、それほど無茶な要求とも思えない)


「なるほど、街の支配権が条件ですか。それなら勝った証になる。それで、税金を四頭立ての馬車にでも載せて、がっぽり持っていくつもりですか」


 ジャジャは明るい顔で、持論を述べる。

「税については、それほど重くなくていい。街に代官が入って徴税をしている事実が大事なのです。代官には、街の統治に関しては口を出さないようにさせます」

「断れば戦争ですか」


 ジャジャは、拝むようにして依頼してきた。

「戦争はできれば避けたい。戦争になれば私は暗殺されかねない。でも、勝った証なくして皇帝陛下の御前に戻れば、私が処刑されかねない。だから、私を助けて欲しい」


「確認ですが、ジャジャ王が欲しいものは、町でも金貨でもなく、勝った証。勝った証としてゴブリン皇帝に認められるのであれば、別に代官の派遣でなくてもいい。そうですか?」


 ジャジャは頭を下げてお願いしてきた

「その通りです。私としては、ゴブリン皇帝に対して格好がつけば、兵を引ける」

(結構、面倒な問題を持ってきたな。西瓜の一個や二個では割に合わない。だが、ここで申し出も拒否すれば即、戦争になりかねない)


「わかりました。街の人間には、条件を伝えて、検討しましょう」

 ジャジャは明るい顔で手を合わせて懇願した。

「よろしくお願いします」


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