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「……なーんてね。ま、アンタは後回しでいいか。別に小僧っ子一人をやっつけても面白くもなんともないし」
巨大な切っ先が上を向いた。
助かった、のか?
「は、はあ……」
力が抜ける。ぺたんと尻餅をついてしまう。こ、この野郎~! 脅かしやがってー!
「アタシはね、アタシをあんな女神の生贄にした奴らに復讐したいの。当然よね? 分かるでしょ、この怒り。でもさ、向こうの世界へ戻りたくても、どうやって戻ればいいか分からない。あの変な女神は自分だけで帰っちゃったし。今のところ何のヒントもないんでどうにもならないよね。悔しいけど仕方ないよ。ま、おいおい考える事にするわ」
女神様はこいつが厄介だから、こっちの世界に捨てに来たんだもんな。そりゃあ簡単には戻れないだろう。と言うか、自力では戻れないんじゃないか?
「そこでだよ、承一。こっちの世界に飛ばされたのも何かの縁だ。しかも邪魔な女神も既に消え失せたと来た。よかろう、今度はこの世界に破壊と混乱を振りまいてやるわ! って感じなんだけど」
「は?」
「いいかな?」
「よ、よくない! 何考えてんだ!」
「アタシの魔導兵器の威力をさ、この世界の人間どもに知らしめたいわけよ。軍隊はあるんでしょ? そいつらをぶちのめしてやりたいんだよね。あと街も壊したい」
「ふざけんなよ! そんなの絶対ダメだよ!」
「大丈夫大丈夫。アタシの魔導兵器のパワーは半端じゃないから」
「お前の心配なんてしてない! ここは僕らの街だよ! と言うか僕らの世界だよ! お前のやろうとしている事は、侵略じゃないか!」
「そういうこと。ギッタンギッタンにのしてやるわい」
空中で、魔導兵器ガルウ・ファングがぐるんぐるん回る。やる気満々て感じだ。
「やめてくれ! そういうの本当にやめてくれよ!」
こいつ、本物のワルだ! 僕はとんでもない野獣を解き放ってしまったのか! 縄を解く前に、先に父さんに連絡しておけば……!
「だってさー、向こうで聖女と聖騎士に捕まってからこの方、女神には縛られるわ知らない世界に捨てられるわ、踏んだり蹴ったりでストレスが限界にきてんの。ここらでぶわっと発散させないと、体に毒じゃん?」
ストレスを理由に侵略されちゃたまらないよ!
「ストレス発散なら他の方法がいくらでもあるだろ! 例えば、ええと、ええと……、スポーツとか!」
「体動かすの嫌い。アタシは魔導のエキスパートよ? なんで肉体を酷使しなくちゃならんのよ」
「じゃあ、そうだな。えーと、恋愛に精を出すとか」
自分でも何を言っているのか分からないが、何に食いついてくるか見当つかないので、いろいろ提案してみる。
「はあ? 恋愛って、こっちの世界にもイケてるダークエルフがいるの?」
「ダークエルフは、いない……」
「じゃあ駄目じゃん。はい、却下」
「でも人間の良い男がいるかも」
「アンタ舐めてんでしょ! ふざけんじゃないよ!」
怒らせてしまった!? あ、そうだよ、だってこいつの世界では、人間とダークエルフが争ってたんだもの。しまった!
「人型知的生命体は人間しかいないって事ね! ドワーフとかネズミ野郎とかはいても数に入れないからどうでもいい。もうね、こうなったら、心置きなく魔導兵器をぶっ放してやるわい! 見境なしに! 遠慮なく! 考えなく! そんで人間どもを全員泣かせる! そんでもって奴らの上にアタシが君臨してやるよ! ……まあ、でも」
なぜかヤミノはわざとらしく咳払いをし、
「承一、アンタは特別に、大きな葉っぱの団扇でアタシをゆっくりと仰ぐ役に任命してやらん事もない」
「そんな役、やりたくない!」
「遠慮するなって。あっはははは! 振り撒くぞ~、恐怖と絶望を! ええと、しかしこの公園、誰もおらんな」
そりゃそうだ。通勤通学の時間帯だし、この公園自体、寂れて、ゴミの不法投棄の場所にされてるぐらいだし。いや、人がいなくて良かったよ。最初の犠牲者にされてしまう。
「ここで何をしてもつまらん。もっと人のいる所は……」
その時、どこかでキンコンカンコンのチャイムが鳴った。
「なんだこの音?」とヤミノ。
僕はハッとして腕時計を見た。午前九時。入学式が始まる時間じゃないか! これでは遅刻……、とかそういう問題じゃない!
「ん? 承一、アンタこの音にそわそわしているな?」
「う……」
「と言う事は、この音の先にこそ、何か重要なものがあるのだな? アンタのような小僧どもが集まっているとか?」
こいつ! 感づきやがって!
「ふふふ。取りあえずこれは一旦戻して……」
空中で回転していた大剣ガルウ・ファングが、バラバラになった。組み上がる前の、部品の状態に戻ったのだ。それがまた、出現した時と逆に、すうっと溶けるように、消えた。あれだけの存在感を放っていた剣が、跡形もなく消えてしまった。
「て事で、いざ!」
ヤミノは走って公園を飛び出した。
「あ、ちょ、待って!」
慌てて追いかける。僕は、彼女がまた魔導の力で何かとてつもない移動装置でも出すのかと思ったもので、反応が遅れてしまった。まさかここに来て自分の足で走り出すとは。
「待てーー!」
すぐにヤミノの背中が見える。距離は十メートルもない。だけども、追い付きそうで追い付けない!
さっき緊縛されていたせいで、微妙に血行が悪くなっていたようだ。縛られたまま正座しちゃったりもしたし。どうしてもヒョコヒョコした走り方になってしまう。
前を走るヤミノも同じだ。ヒョコヒョコした格好悪い走り方で、後ろを振り向き振り向き走って行く。
「待てー!」
「やー!」
ヒョコヒョコ、ヒョコヒョコ。高校は、近くて遠い。