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●1-7
僕は急いでヤミノの縄を解いた。彼女の体を起こしてやる。
「おい、大丈夫か」
「はあ、はあ、ははっ。あはははは!」
額に汗を浮かべたまま、顔をのけ反らすようにして笑うヤミノ。
「ヤミノ?」
「やはりお前は容易い頭よのう」
「あ、苦しんだ振りだったって事ね? そんな事だろうと思ったよ」
分かってましたよ。嘘っぽかったもの。
「何が聖縛縄だ、バカらしい! こんな物は、こうだ!」
彼女は縄の生えた二つの首輪をぐるぐる回してから、公園の反対側の茂みに向けて投げ捨てた。
「あ! 不法投棄!」
「うるせい! 説教なんか聞きたくない!」
彼女は鼻息荒く立ち上がり、腰に手を当ててふんぞり返った。偉そうなポーズ。
「お前なあ!」
僕は首輪を拾いに行ったが、探してもなぜか見つからなかった。あれ?
「土に還ったんじゃないの? バイオで分解する物質みたいなもんよ。気にすんない」
とヤミノ。本当かよ。都合の良い解釈しやがって。
「それはそうと、お前どうするんだよ。警察に行かないとな? それとも役所かな。お前、こっちの世界には身寄りがないんだろ? 未成年だよな? なんと説明すればいいか迷うけど、移民として登録してもらったりすべきなんじゃないのかな」
危険な奴だったら保護観察がつくだろうし……。
「へ?」
「へ、じゃなくてさ。これから困るだろ? 寝る所とか、食べ物。着る物なんかもさ」
そうだよ、こいつはこの黒い水着みたいな物を身に着けているだけだもの。年頃の娘がこんな恰好で外をウロウロなんてしちゃいかんでしょ。こんな……、改めて見ると凄い恰好だよ!?
「身寄りがないだあ? 未成年だあ? 優しい言葉のつもりかあ? ああん?」
「いや、そんなつもりじゃないけど……」
檻の付いた車を呼ぼうなんて考えてたくらいだし。
「アンタって奴ぁ、まったく。アタシは最凶の魔導衝撃士だぞ? それを、なんだ? 世話を焼こうってのか? あは! こりゃたまらん。あっはははは!」
哄笑するヤミノ。なんか勢いのある笑い方で、呆気に取られてしまう。
「さっきからその魔導衝撃士って何なんだよ」
「あはは……。はあ。そうだなあ、アンタには挨拶代わりに味わってもらおうかなあ。アタシを自由にしてくれた礼に、昇天させてやらにゃあならんしなあ」
「どういう事?」
「己の間抜けさを嘆きながら逝きゃあいいって事だよ! 魔導兵器ガルウ・ファング!」
突然。ヤミノの頭上数メートルに、数多くの、不規則な大きさの円柱や立方体が現れた。どこからか飛んできたのではない。ただ、出現したのだ。
それら大小様々なブロックが、組み合わさっていく。
そして、今。ヤミノの上に、全長十メートルは優に越す、一本の巨大な「剣」があった。
「嘘だろ……」
「嘘ではなーい。よく見てみい」
確かに、それは剣だ。剣といっても刀身は滑らかではない。様々な部品(?)が組み合わさったままに、あらゆる箇所が凸凹としているが、それはどう見ても剣なのだ。
いや、形が問題なのではない。こんな物が突然現れた、その事象こそが問題なのだ。
「魔法で……、作ったのか……?」
「作ったのではない。組み立てたのだ。血の出るような研究を通して書き上げた設計、それに沿うように、次元の壁の向こうからこの世ならざる物質を召喚し、これを組み上げる。これぞ魔導衝撃士の業なりよ! そして完成するのが魔導兵器!」
「魔導兵器……。これが……」
本当に、こいつは異世界の住人なんだ。
いや、女神スラーヌの言う事を疑っていたわけではないし、こいつがダークエルフだって事も納得していたつもりだったけど、こうして嘘みたいな事を目の前で示されると、迫力が半端じゃなくて……。
ファンタジー世界の人は「こういう事」が出来ちゃうんだな……。マジかよ……。
「そういう事。って、わけで」
ヤミノが人差し指を僕へと向けた。彼女の動きに連動するように、空中の巨大な剣、魔導兵器ガルウ・ファングの切っ先が、僕の顔へと向いた。
なんという、重量感……!
巨大な金属の構造物が、その重量を一点に集中させる為の切っ先が、僕へと向けられている。僕を貫く為に。いや、貫通なんてする前に、圧殺されるだろう。
……え? 殺すのか、僕を。
「さらば、間抜けな人間の小僧」
「や、やめてくれ……」
緊縛はとっくに解かれている。それなのに、体が動かない。逃げられない。竦んでしまっている。
「お人好しのガキが。ええと、なんだっけ、なんとか承一」
「恩田承一」
「そう、恩田承一。アタシの世話を焼こうなどと大それた事をぬかしおって。地獄で後悔するがいい」
魔導兵器ガルウ・ファングが、まるで助走をつけるかのように、少し後ろに引いた。
「せーえーのー」
「やめろおおお! 神様あ!」