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「あー、まあ分かってくれればいいですって。ふふふ。こっちもさ、あなたの頭が固いんでちょっと驚いただけ。ほれ、お顔を上げなさいな」
僕は恐る恐る顔を上げる。
女神が金色の目を細め、光がこぼれる。
「ははー!」
もう一度、本能的に、頭を下げてしまう。なんてこった。
「もうここまで見られちゃったからあなたにも説明しとかないといけないわねえ。私は女神スラーヌ。と言ってもこちら側の神ではないわ。いわゆる、異世界の神よ」
「異世界!?」
それってあの、ああいう?
「異世界、便利な言葉よね。まあ仕方ないのよ。だって普通、この世界はナニナニだ、なんて特殊な名前なんて付けないじゃない。名前ってのは他の存在と区別する為のものでしょ。自分達の世界が全てだと思ってたら、他の世界と区別する必要なんてないし。私達の世界の人間だって、他の天体と区別する時は地球って言ってるんじゃないかな。でも、この世界と私達の世界は、天体が違うとかそういうレベルの話じゃないし」
「あの、じゃあ」
「おっと待って! 質問? やめて! 言っておきますけどね、神様が何でも分かりやすく答えてくれるなんて思わないでね! そういうの甘えだから! ゲームの設定じゃないんだから、世界の仕組みはこれこれこうです、みたいに単純には説明出来ないのよ、真理ってもんは。ま、面倒な事は言いっこなしよ。異世界、この言葉が全て」
「は、はあ」
「それでね、この娘が」
緊縛状態の褐色娘を指差す。
「ふごー! ふご! ふご!」
敵意むき出しの声を上げる緊縛娘。
「お、おい! 恐れ多いぞ!」
慌てる僕。
「いいっていいって。この娘はね、生贄なのよ」
「い、生贄!?」
「そ。私って、やっぱり神様オーラ凄いじゃない? 麗しき幸福の女神だけあってさ。もうさあ、付近の住人に慕われちゃって大変なのよ。でもね、私の仕事って、お産の応援をしたり、おっぱいの出ないママを癒したり、夜に元気が出ない男に活を入れたり、まあそういう類の事なの。だけど、私のオーラが半端じゃないもんだから、いつしか、生贄さえ投げ込めば何でも願いを聞いてくれる万能の女神だと思われるようになっちゃって。バカでしょ、人間」
「はあ……」
それって神社仏閣で、どんな神様が祀られているかも知らずにお賽銭投げ込んでお願いするのと同じだな。失礼な話だよね。そういう人、こっちの世界でも多い気がする。
「でねー、なんかさあ、あっちの世界では人間とダークエルフが喧嘩しててさ」
「ダークエルフ……!?」
すごく異世界ぽい!
「そうそう、こういう娘」
女神様が褐色娘に目を向ける。
言われてみれば、耳が、長くはないけど人間の耳よりも尖ってる。
ダークエルフか。ファンタジー世界の住人じゃないか……。
「人間の方がね、敵の大将を捕まえては、私の暮らす家にぽいぽい投げ入れてくるの。はあ……。そりゃ私だって昔から生贄は大歓迎でしたわよ?」
「大歓迎だったんだ」
「でもね、それは美少年オンリーなの。こんな」
褐色娘を顎で指す。
「女の生贄なんてありがたくも何ともない! 美少年が欲しかった! それなのにあの連中は私の好みなんて聞きもしないで、勝手な土産を投げ込んではああしろこうしろと要求してばかり! 図々しいったらないわよ! 魔女? 美女? 処女? あとはなんかやたらムキムキのおっさん! ありがた迷惑よ!」
「ひい!」
女神の怒りに合わせて、風がごうと起こった。こ、怖い。
「しかもさー、聞いてよ。人間どもったら私の住まいの事を『神の大口』とか勝手に呼んでるのよ。ひどいと思わない? もちろんあんな奴らの願いなんて聞いてやったためしはないわよ。でもねー、人間てバカだから、別に私が何をしたわけでもないのに、戦の経過から天気の移り変わりまで、神様の御心だーっててきとうに解釈しちゃうもんで、いちいち嘆いたり喜んだりしてたわ」
これはもう苦笑いするしかない。どこの世界でも人間て勝手な生き物なんだね……。
「てわけで、いらない生贄なんて投げ込まれても邪魔なだけだから、その度に適当な世界に遠出して捨ててたの」
「へ?」
「それが今回はたまたまこの世界だったのだ。で、あなたに出くわしちゃったってわけ」
「…………じゃあ、やっぱり不法投棄じゃないですか!」
しかも生きている女の人を! ペットを捨てる奴だって許せないのに、これはもう、とんでもないよ!
「ちょっとちょっと、不法って! なんか言い方が穏やかじゃないわよ? 別に私はこっちの世界の神に迷惑をかけるつもりはないの。それどころか」
女神が声をひそめる。
「あまり関わり合いになりたくないって言うか。ほら、こっちの神達って、なんかゴチャゴチャしてて分かりにくいし、たちが悪いっぽくない? 目を付けられたくないの」
「そんな! でもいらないものを捨てに来て、神様以前に僕ら自身が迷惑なんですよ! ちょっといい加減過ぎますよ!」
「だまらっしゃい! 喝!」
雲間から、またもバシッと光が差した。
「ひい!」
反射的にひれ伏す僕!
「神様ってものはね、いい加減なものなのよ!? だって考えてもみなさい。凄い力を持った存在が凄い細かい性格だったら、あなた達は何も自分で自由に出来なくなるのよ!? 自由行動自由恋愛全て禁止よ!? 超管理社会よ!? そんなの嫌でしょ? だからね、あなた達愚かな者どもの為を思って、神様はあえていい加減な風にしてんの。こう見えてもけっこう努力してるのよ?」
きっと嘘だ。でも言い返すのが怖い……。
「それに、こっちの神だって昔はよく私達の世界に変なのを捨てに来てたわよ? 魔女狩りでわんさか妙なのが送り込まれて困ったとか何とか言い訳して、私らには知ったこっちゃないってのよ。なんだっけ、ジャンヌ・ダルなんとかって気の強い娘を押し付けてきた時なんて、本当に迷惑だったんだから」
「それは……どうもすいません」
なぜか謝ってしまう僕。
「ね、分かったでしょ。オッケー? と言うわけでこれも何かの縁ね、あなたがこの娘の面倒を見るように」
「……へ?」
「この娘、相当なワルだったらしいけど、一応聖縛縄でオイタは出来ないようにしておいたので。でもね、目を離しちゃ駄目よ? もしこの娘が悪さをして、こっちの世界の神に目を付けられでもしたら……、私が連れてきたって事が知られでもしたら……、困りますので。私が」
「え、そんな事言われても、知りませんよ、僕!」
「知りませんなんて言えないのよ? もう、あなたとこの娘を結んじゃったからね。互いに助け合って、目立たぬように、はしゃがぬように、ひっそりと生きるように」
「勝手な事言わんで下さいよ!」
「頼みましたよ? 頼みましたからね?」
「そんな無茶な!」
「無茶をやるのは神様の専売特許です!」
女神スラーヌは銀色の鍵を指にかけてくるくると回す。あれは、この首輪の鍵のはずだ。
それを、両手でつまみ、なんと、ビキッと折った! 素手で! 空手家ですか!
「はーい、これでもう外せなーい」
「ひどい! 神のくせに鬼のような所業!?」
「これはあなたにあげますね」
女神は反対の手で僕の鼻をつまんできた。
「むぐぐ!? ぷふーっ」
堪らず口を大きく開けたところへ、鍵を投げ込まれた!
「おぐ!?」
ごくん!
「の、飲んじゃった……」
拘束具の鍵を壊して、その被害者に駄目押しのように飲み込ませるなんて。完全に悪役のやり方だよ!
「別にこの娘の事が嫌いってわけじゃないのよ。だって私は愛情いっぱいの心優しい女神ですもの。この娘の事だって心配よ。だからね、もしこの娘がピンチになったら、あなたが上手いことやってちょうだいね」
僕の肩をぽぽんと叩く。
「て事で、私はこれで。あとはよろしくやって下さいな。あ、くれぐれもこちらの神々には内密に」
女神の髪が金色に光った。ゆるやかに広がり、波打つ。
女神自身が光っていた。ふわり、と浮かび上がる。
「あ、ちょっと」
「バーイ」
風船のように、すうーっと昇っていく。穏やかに微笑み、手を振りながら。
女神は上昇を続け、薄雲の中へ入り、そうして金色の光も見えなくなった。