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「あの、ちょっといいかしら」
会長が呆れた声を挟む。
「別に、私はハーレムなんぞ作ろうと思えば簡単に作れるの」
うわあ、凄い発言だ。でも、会長の人気ぶりを思えば説得力があり過ぎる。
「じゃあ何だ。何が欲しいんだ。承一の家はそれほど豊かではない」
余計なお世話だ。
「何もいらないわ。それよりも、ちょっと教えていただきたいのですが。こちらの世界にもおちゃめな神はいらっしゃるのでしょうか? ご存知ないかしら? 一度ご挨拶したいと思っているのです」
「こっちの神様、ですか」
「ええ。実は女神スラーヌが、私と糖獄さんと、二人も立て続けに別世界の人を連れてきた事を気になさっておいでで。私の方から一度ちゃんと挨拶しておくようにと、言い付かっているのです」
ああ、こっちの世界の神の事、恐れていたもんな。なら不法投棄なんてやめればいいのに……。
「ただし、神々の序列でもそこまで上位ではなく、なるべく話の分かる神がご所望なのです。でないと、私のような神でも何でもない異世界生まれの者がお目通り出来ないでしょうとの事で」
お目通り云々じゃなくて、パワーのあるこちらの神を恐れているだけなんじゃないかな、女神スラーヌ様は。
「ああ、いるよ。話のしやすい神が。こっちのも女の神だったよ」
口を拭いたナプキンを丸めてゴミ箱に投げ、外し、それを拾いに行きながら、ヤミノが言った。川の神、水漬女様の事だ。
でも、水漬女様に挨拶して、それで仁義を切った事になるのかな? まあ序列の低そうな神様をご所望なら仕方ないけど……。
「そう……。やっぱり女神なのね」と会長。
「でも全然優しくない、子供じみた神だ」
「それはあなたが菓子折り一つ持っていかなかったからじゃない?」
「菓子折り?」
「これだもの。神への応対マナーも知らないなら、機嫌を損ねても仕方ないでしょう。ねえ?」と、僕に。
「いやあ……、どうでしょう」
あの川の神水漬女様の問題点はそこなのかな?
まあ僕らの、神への応対の仕方がなってなかったのは確かだけど。
って言うか、そもそもヤミノは、川の神が自分を迷惑がって異世界に飛ばされるだろうと踏んでたんだもんな。ご機嫌取るつもりなんて最初からなかったよ。
「私からの条件は、私をその神に引き合わせる事。それで手を打ちましょう」
「そうですか! ありがとうございます!」
僕は頭を下げた。良かった! さすがは聖女様だ! これで一安心だよ。
「ま、礼を言うのは無事にこれが消えてからよ」
ヤミノが首の鍵穴型の痣を撫でる。
その時。入り口の二重扉がバシュッバシュッと音を立てて開いた。
「緑堂君!」
にこにこしながら入ってきたのは、校長先生だった。
「生徒会ご苦労様。あまり根を詰めるとお肌に毒ですよ。一緒にお茶でもいかが?」
レースの付いた可愛いバスケットを持って。フランスパンが飛び出している。
「お、はげちゃびん!」
「き、君達は、セルフ緊縛見せつけカップル? なぜここに?」
「な、なんだとテメエ! おうおうおう校長さんよお、アンタ、昨日の球転がしじゃあよくもアタシら相手にゲスな真似してくれたなあ」
「ひい!? なにが!? ちゃんと正々堂々と戦ったじゃないの……」
「子供のバトルに大人がしゃしゃり出てくるなんざ、下の下のやる事だぜ。しかもアンタぁ教育者の端くれだろうが。情けないねえ。お陰でこちとらペースを崩されて、負けちまったじゃないかよ!」
「え! でも、負けたのはきっと君の実力……」
「こんにゃろう! 歪んだ定規で若者の可能性を推し量りやがって! だから大人は汚いってんだ!」
「ひいい」
ヤミノの迫力に、ぺたんと尻餅をつく校長。
「ええい! アンタなんてこのやたら臭いチーズでこうだ!」
「やめて! 乱暴なのは性に合わないの! う、くさ! あ、でも、濃厚で美味しい……」
「騒々しいわね。あの娘らしいけれど」
ヤミノと校長の揉み合いを横目に、会長が言う。それから、少しトーンを落とした声で。
「恩田君。あなたは、本当にあの娘の拘束を解いても良いと思っているのかしら?」
ずっともやもやしていた胸の内に、さくっと切り込まれる。
「……………………」
不安。悩み。選択。罪の意識。
「あのダークエルフがどれほど危険な存在だったか、あなたも聞いているのでしょう?」
「はい」
ガルウ・ファングにメタリア・ティアズ、他にも様々な魔導兵器。ヤミノは、あの兵器で、いくつもの街を滅ぼしたと言っていた。
そして、例え拘束が、聖縛縄が解けても、ヤミノが元の世界に還れるわけではない。つまり、元の世界でやったのと同じ事を、こちらの世界でもやりかねないのだ。
ヤミノは自分が弱ると、咄嗟に、反射的に、魔導兵器を使おうとする。封印されている今の段階でもそうなのだ。封印が解除されたら、そりゃもう無制限に使い捲くるだろう。
あんな巨大な魔導兵器を発動させたら、どんな大惨事が引き起こされるのだろう。世界は無茶苦茶にされてしまうかもしれない。
「きっと会長へも復讐をするでしょう」
「そうね。間違いなく」
それだけじゃない。どんなに強力な凶器を持っても、人は幸せになれないんだ。強くはなれないんだ。チンピラがナイフをチラつかせて強くなったと勘違いするのと同じだ。本当の強さを、本当の幸せを手に入れる為には、凶器なんて必要ないはずなんだ。
ヤミノは言っていた。ダークエルフは、戦功を立てられない者には価値を置かない、力を持たない者は捨てられる、と。あいつは、敵をやっつけないと仲間から優しくされないと思っているんだ。
ふざけるな。そんな風に思っている間は、幸せになんてなれるもんか。そうだ。この世界にいる間は、ヤミノは幸せでいてもらわないといけないんだ。じゃないと、僕は、嫌だ。
「ですので」
息をつく。
「僕とヤミノの『繋がり』だけを切っていただけませんか」
「糖獄さんは封じたままに?」
僕は黙って頷いた。
会長も、何も言わず、ただ微笑を浮かべるだけ。
ヤミノを、裏切る。情けない行為。人から罵倒されるような行為。
でもこれこそが、ヤミノの為になるんだ。一番大切なのはそこだ。
例え赤い縄の繋がりがなくなっても、僕はヤミノを見捨てない。父さんにも約束したんだ。ヤミノの面倒は僕が見るって。それに、こんな臆病な奴を放ってはおけないしね。
その為には、赤い縄の繋がりは無い方がいいんだ。二人揃って動けなくなったら、いざという時にあいつを助ける事が出来ない。
ヤミノを見る。校長に馬乗りになっている。
僕は彼女を助ける。僕が守る。それは、彼女を、凶器を持った「相当なワル」に戻す事じゃないんだ。こちらの世界での幸せを見つけてやるんだ。あいつは、幸せにならなきゃいけないんだ。